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 ジャノスの母、タリア・ペティボーンは怒りたけり狂った。

 そして嘆き悲しんだ。

 夕食時になってもジャノスが帰宅しないことに気付くとの一番でニュー・スウォンジーの保安官事務所になかばいやがる夫のマット・ペティボーンの右肘を掴むやむりやり連れて乗り込んだ。


 残念ながら、この章の大部分は伝聞情報からなる二次情報によることを最初に断っておきたい。


 そのころのニュー・スウォンジーの保安官事務所というか法の執行ならびに治安保安体制は、ジェラルド・ダラムという、七十いくつになろうかという(町民、誰も正確な年齢は知らない)豊かな白髭を蓄えた保安官とウォルダー・バーニーというジェラルド・ダラムの娘婿の甥が保安官補デピュティーを務めていた。

 ジェラルド・ダラムは善人、もしくは西部で言うところのディーセント・マンきっちりした人で知られていたがなにせ毛という毛が全て白い西部にしては超高齢である。報告書から連邦から通達される手配書の文字すら虫眼鏡なしには一切読めない有様で西部の荒くれ者相手に到底銃がきっちり撃てるとはニュー・スウォンジーの町民誰一人思っていなかった。

 只々衆目の一致する善人だということで任期の度に当選していただけである。

 保安官補である娘婿の甥のウォルダー・バーニーが高齢の保安官に変わって荒事を引き受けていたわけだが、この男も日がな一日、事務所の前でウィンチェスター・ライフルを構えたままロッキングチェアに揺られながら眠っているのが仕事だと町民全員に知られていた。やたら引き金を引かないだけマシだと認識されていた。

 中西部より西にある田舎の街の何パターンかある保安官事務所の典型的な一つのパターンがこのニュー・スウォンジーの保安官事務所だった。

 荒くれ者が素通りするようなあまりにも田舎の街はこのニュー・スウォンジー・スタイルが一番適しており町の寄り合い所帯みたいな感じで治安が守られていた。

 もちろん、この手の街には巡回判事が月に一度程度やってくるぐらいである。

 それより少し大きな街になるとさすがにある程度の実行力を伴った法の執行官が必要となり大体ギリギリの倫理観をもった荒くれ者か、もう馬に乗ってさすらうのが辛くなってきた元荒くれ者が、堂々と胸に銀のバッチをつけて逮捕したり射殺したり手足を撃ち抜いて不具にしたりしていた。

 概ね元いた悪いやつ悪いやつといってもピンからキリまであるがそれを実力で追っ払ったあと町民に泣きすがれ、そのまま居座って街の大物とともにその町を牛耳るというのが常である。


 ダラム保安官のこの夕刻の主な仕事はタリア・ペティボーンをなだめることである。

 

「子供は腹が空いたら帰ってきますから」

「あの子が夕食時にいないなんてことは私の腹から生まれてから一度もないんだよ!」


 ダラム保安官はタリア・ペティボーンの勢いに押されてバーニー保安官補を現場近くに馬でやることにした。

 まぁ妥当な線である。


 バーニー保安官補が老齢の黒馬にまたがる寸前にタリア・ペティボーンは怒鳴りながら付け加えた。


「あのクソ貧しいオハラハン家のクソガキがいつもうちの子を連れ回しているんだよ」


 女の直感は鋭く、概ね常に正しい。連れ回しているだけでなく、クソガキはジャノスを殺していた。


 このタリア・ペティボーンの主張をどれくらいバーニー保安官補が重要視したかは定かでない。

 もう日が落ち夕闇が迫る中、バーニー保安官補が出発した。

 タリア・ペティボーンが主張する概ねの方角に向かって。方角というのが重要なポイントである。最初に進む方角が五度ずれると四マイル先では何マイルずれるのだったろうか?

 何度も書いているが西部はあまりにも広く広大である。一人の子供を夕闇の中探すのなど砂漠で針を探すのとほぼ同じである。

 捜索地点まで騎行でほぼ一時間半。

 この日がな一日保安官事務所の前のサン・ルーフでライフルを抱いたまま揺り椅子に揺られ居眠りしている保安官補がどれくらい真剣にジャノスを捜索をしたかは誰にもわからない。

 なにせ一人で探したのだから。

 <二瘤の丘>に行ったかどうかすら怪しい。

 ただ、のちにニッキーから訊いたところによると、その日の夜更けにオハラハン家にバーニー保安官補は現れたそうである。

 どんなやり取りがあり、どの程度しつこく保安官補がニッキーを問い詰めたかは、私に話すニッキーのいつもの死んだ目からは想像するのは非常に難しい。

 また、おそらくニュー・スウォンジー、一どころか西部一ぐらい貧しく過酷な生活を送っているオハラハン家が毎日居眠りしているだけの法の執行官にどれほど協力的に接したかも想像するのにそれほどかたくない。

 いつの世も警察が概ね逮捕するのは社会的弱者か貧困者である。

 弱者を相手にするのはどこの組織も容易だ。

 貧困は全ての犯罪の理由になりうる。貧しいから奪う。貧しいから殺す。貧しいから盗む。

 『金持ち喧嘩せず』で裕福なものには上記の理由が一切存在しない。

 たぶんオハラハン家は嫌悪感を越えた殺意にも似た敵意丸出しでバーニー保安官補に接したに違いない。


 夜分遅く砂埃と、疲れと空腹状態のバーニー保安官補が事務所に戻った。

 さぞかし保安官補の明日の居眠りは深いものになったであろう。


「残念ながら、コヨーテか、クマ、狼に襲われたのかもしれません」


 タリア・ペティボーンは慟哭した。

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