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 この四人で遊ぶとき、一番衣服も含めて見てくれの悪いのは、ニッキーだった。

 しかし、年齢は微妙だがニッキーが四人のリーダーだった。

 行動力も決断力もあったし、ユーモアの感覚も一番だった。

 が、ニッキーとが私二人はニュー・スウォンジーにある唯一の小学校に通わせてもらえなかった。

 両家の厳格な方針のせいである。その方針への施行に対しては暴力さえ付随してくる可能性があった。六年間も働くことなく朝から昼過ぎまですごした上で三食にありつこうなどとは兄のロルでさえ許しそうになかった。

 クルツ家にある書物と言えば、北軍蔵書目録がついた聖書が一冊きりだった。

 私自身は学校にはそれほど行きたいと思わなかったが、地面に棒切でアルファベットを書き字を覚えた部類の本好きで教会の日曜学校、小学校の教室の壁に並ぶ学級文庫には大変興味があった。

 リッチー・スウェイガーとジャノス・ぺティボーンはクルツ家やオハラハン家に比べ多少余裕があり小学校に通っていた。

 しかし、私とニッキーのからかい半分”いじり”半分の相手で鋭いとか抜け目ないとか出し抜かれるとか、思ったことはなかった。

 リッチーのスウェイガー家はまずこのカンザス州、いやその準州のころから乗り込んできた農夫兼牧場主でフルタイムでガンガン働いており、まともに家族を養っていた。土地や家畜の所有並びに生産量、収穫高はもしかするとニュー・スウォンジー一番だったかもしれない。

 いわゆる西部の女性たちがよく言う。ディーセント・マン(まともな男)である。

 日曜日の礼拝も欠かさない。したがってスウェイガー家は人並みに満ち足りていた。

 満ち足りていたのは、生活だけではなかった。スウェイガー家は子沢山でも有名だった。

 私自身もスウェイガー家の全子供の名前とかを識別できていない。

 何度も書くが、カンザス州は土地だけは余っていた、四人が集まるだけで小一時間もかかり隣まで歩けば二時間を要する場合がある。

 リッチーはその丁度真ん中あたりに位置していた。

 私が知っている限り、

 ジェイマス。男。

 ジェニア。女。

 ジェイソニアン。男。

 ジャクゥィーア。女。

 ジェイソンJr。男。

 ジェイム・スウェイガーはここらあたりでJの付く名前を諦める。

 私は、自動織機のように硬いカンザスの荒野を耕しつづけるジェイムスウェイガーしかみたことがないが、思いつかなかくなったのが正しいのではないか。

 そして私のよく知るリッチー。正確にはリッチモンド

 ルキア。女。

 ロバート。男。、、、、、などなど。 

 ジェイム・スウェイガーはJの次は嫁の頭文字であるRに標的を見定めたらしい。 

 口の悪いニュー・スウォンジーの人など、スウェイガー家のことをコーン・ファミリーと呼んでいた。

 リッチーは父親のジェイム・スワェイガーに似て背は高いが顔は吹き出物とにきびだらけでそうとう油の濃いベーコンを毎朝食べてるに違いないと私の妹のアリサがよく言っていた。未就学の五歳の女の子に容姿を揶揄されては肩なしである。


 ジャノス・ペティボーンはニュー・スウォンジーの何でも揃う雑貨屋の息子でジャノスは本当に街一番ではないがほぼ満ち足りていた。

 私とニッキーはよく、ジャノスが持ってくるこの雑貨屋の賞味期限切れのお菓子にありついていたし、いつも楽しみにしていた。

 ジャノスがよく持ってくる、雑貨屋に並ぶくるくる回るスタンドで売られているダイム・ブック暇つぶしの五セントで買えるウェスタン小説やSF小説がジェリー・ビーンズやスィート・コーン以上に私の好物だった。

 ウェスタン小説が私の人生観を決めたとはいえないが19世紀に書かれたかなり荒唐無稽のSF小説が私の科学の知識の全てだ。

 そしてこのジャノスの裕福さが私達四人の力関係の間柄を微妙に歪めていた。

 ジャノスはどちらかというと、穏やかな性格で動きも鈍く私やニッキーにバカにされていたが、極度に貧しくジャノスが持ちこむものにそれこそアリやハエのように目の色を変えてたかる私やニッキーをジャノス自身は馬鹿にしていた。

 ジャノスは背は私よりちょっと低いぐらいで、紙は短めのクルーカット母の好みだったらしい。この豆料理以外なにもないカンザスと呼ぶことに偉い人たちが決めたばかりの荒野でどうすれば太れるんだというぐらいでっぷり太っていた。


 そろそろ、ニッキー・オハラハンの最初の凶行について書かなければいけない。

 本音を言えば、書きたくない。それぐらい辛い出来事だったからだ。

 この凶行に関しては、今もって尚、完全に隠蔽されている。

 前書した四冊の本にももちろん描かれていない。ただニュー・スウォンジーの保安官の行方不明の記録がコーヒーのシミとバターの脂とともにちょこっとだけと残っているかもしれない。

 誰も見たものがいなければ、その事実は起きたことにすらならない。人の世はげに恐ろしい。

 私達四人は只々の荒野の崖である二瘤の丘でよく遊んでいたが、概ねウェスタンごっこをしていた。

 四人がバラバラに隠れたりして互いを探し合い、見つけると、

「バーン」と叫ぶ。

 叫ばれたら、そいつは死亡だ。


「バーン」

「バーン」


 この場合先に叫んだほうが勝ちなのだが、当然勝敗に異常に固執する子供にとって、先に撃っても外れたんじゃないかという考えが浮かんでくるまで時間はそれほどかからない。

 もともと、仮想で撃ち合っているので当たった、外れたと激しく言い合っても埒が明かないのは当然である。

 先に撃っても外れたかどうか分からなくなりだしたところで、西部劇ごっこは石やつぶての投げ合いに変化しだす。

 これは如実に当たり外れるので、言い合いにはならない。が、かなり痛いし、<二瘤の丘>では流血の惨事となる。

 投石合戦は西部劇ごっこの本来の趣旨、早撃ちから次第に目的と趣旨そのものが反れだす。

 もう早く撃つ必要がない。素直に当てれば良いのだ。

 単純に運動神経の良いものが勝者となるのだ。

 それは当初より概ねわかっていたがウィナーはニッキー・オハラハンである。ニッキーは家風の暴力への寛容さから石の打擲の痛みにも強いこともあり<二瘤の丘>の領主か王となった。

 しかし、どんな王の統治も永遠に続くことは決してない。

 別にニッキーが死んだりしたわけではないが、謀反と反乱と革命の息吹は<二瘤の丘>に吹き荒れていた。

 弱者の中でもやや資本と権力をもったものが革命のリーダーとなり反旗を翻す。

 それはリッチー・スウェイガーである。


 ある、秋のまっ昼間、リッチーはコルト・ドラグーン2ndと呼ばれる。南北戦争以前の拳銃をどこからか(家に決まっているが)持ち出してきた。

 1840年代の拳銃で私達がよく知っているコルト・ピース・メーカーなどに比べるとシリンダーの前に大きな仕掛けがついていていかにも古めかしい。フリントロック式でないのがまだマシに見えるくらいだ。

 今まで石を投げあっていた子供の間に拳銃が現れると、突然立ちあがった猿や炎を扱いだした猿人みたいなもので、あっという間にリッチーはヒーローになった。


「見せてくれよ」

「チョット貸してくれよ」

「重いなぁ」

「いや、これでも軽いほうだろ」

「鉄って感じだな」

「これで二人は死んでるな」


 我々のコルト・ドラグーン2ndに対する感想を表現する語彙は著しく乏しかった。

 法はシカゴまで神はダッジ・シティまでと言われた開拓地の西部である。

 野蛮と非文明の極地にいる私達でも拳銃を混ぜて石の投合いをするほど無慈悲ではなかった。


 しかし、現実は私達四人よりはるかに無慈悲だった。


 私に言わせるとこれは、ほんのかけらもない法の精神と乏しいキリスト教精神に鑑みてもこれは事故だった。

 コルト・ドラグーン2ndを持ってきたのは、リッチーだったが、いつもニッキーの投石でこっぴどい目にあっていたのは、動きも鈍く投石能力もひどく低いジャノス・ペティボーンだった。

 ジャノスがリッチーから拳銃を手渡された瞬間、ジャノスの目つきが変わった。

 銃口はニッキー・オハラハンに確実に向いていた。


「おい、ニッキー、跪きな」


 ジャノスは両手で拳銃を持つと半分ガンスリンガーになった気で、そしてもう半分普段の報復が入り混じった表情で言いはなった。


「やめとけよ、ジャノス」


 意外にも、最初に止めたのは拳銃を持ち込んだリッチーだった。当事者として責任を感じたのであろう、さすが永遠にコチコチのカンザスの大地を耕し続けるジェイム・スウェイガーの息子だ。

 もう秋の日は傾きつつあった。ちなみに中西部は昼熱く、日が陰ると恐ろしく冷える。

 背の低いジャノスの本来短いはずの伸びた影は正対するニッキーの煮沸しすぎた図ズボンからむき出しのスネまで伸びていた。

 

「いつも石をゴンゴン当てやがって、、」


 ニッキーはコルト・ドラグーン2ndを向けられても表情が変わらなかった。

 銃を向けているジャノスのほうがどこのあたりまで統治しているのかしらないがこの世界の王にでもなったような狂信的な表情をしていた。

 私は生きてきて今まで一度も感じたことのない本物の生命を脅かす恐怖に駆られてほんの少しだけ、ジャノスとニッキーからにじり下がった。

 リッチーも一緒だった。 

 石でさえまともに投げられないジャノスが拳銃のリコシェに耐えられる気がしなかったし、なにせ20年近く前の拳銃だ暴発する恐れもあった。


「ニッキー、謝れ!」


 ジャノスが叫んだ。


「やめとけよ、ジャノス」


 リッチーがさっきより小さいが心の底から言っていることが伝わる口調でもう一度言った。


「俺が撃てないと思っているんだろぉ!」


 ジャノスの声が<二瘤の丘>にこだました。

 ニッキーは只々、一頭最初と同じ無表情のままジャノスとコルト・ドラグーン2ndの銃口を見つめていた。


 どこどこの戦いとか、どこそこの決闘と呼ばれるものと同じで、決着は一瞬でついた。

 ジャノスの手首にほんのちょっとだけ力がはいる兆候を見せた時。

 ニッキーはジャノスの方にすばやく踏み込むと、ニッキーはいつの間に持っていいたのかわからない礫でジャノスの側頭部を思いっきり打ち付けた。

 あのときの音を私は今でも覚えているが、ジャノスが引き金を引いたカチッという音とゴンというジャノスの頭に礫があたった音が同時にした。

 私はおそらくリッチーもだが半分目をつぶり首をすくめていた。

 ジャノスは拳銃なんかそっちのけで落とし、もう既に側頭部からは大量の血を吹き出しながらその逆に板切れが直角に倒れるように倒れた。

 そしてジャノスの倒れた先にこれまた大きな<二瘤の丘>の腰の高さまであるような岩があった。

 ジャノスはそこに受け身も取らないままにその岩に逆の側頭部を重力と自身の頭の重さによって打ち付けた。

 もう一度、ゴンという音がした。二度目のこの音のほうが同じゴンでもめちゃくちゃ悲しかった。

 ジャノスは手と足が煮沸されすぎたニッキーの衣服より不自然によじれた感じで倒れていた。あっという間に血の海ができつつあったが、乾いたカンザスの大地がそれを同じ流血と同じ速度で吸収していった。

 カンザスの大地は瀕死で大量に血を流すものにも過酷だった。


 ジャノス・ペティボーンは死んだ。


 ジャノスはもう悪夢をみて怯えることも、納屋で火遊びをして怒られることも、学校で遅刻することも、腐ったラズベリーを食って吐くことも、年頃の女の子の胸の膨らみを見ることも、お皿を割って怒られることもない。

 ただ死んだ。


 ニッキー・オハラハンの最初の殺人である。


 私とリッチーは案山子のように立ったままだったが、ニッキーはずーっと同じ表情のまましゃがみ込むと先にジャノスが落とした拳銃を拾った。


「弾が入っていない。あはははは」


 ニッキーが言った。

 誰も続いて笑わなかった。

 それに一人減っていた。

 ものすごい長い時間が経ったような気がしていたが実際はそうでもなかった。

 私は銃の装弾の有無を言わなかったリッチーを睨みつけた。

 リッチーは顔をくしゃくしゃにしてジャノスの血まみれの頭を持ち上げると


「ジャノスゥゥゥ、、、、」


 と声を出して泣いていた。しかし、リッチーは自分の服と手がジャノスのちで汚れないように気をつけて持ち上げていた。

 秋のはカンザスよりもっと西部に落ちようとしていた。丁度ジャノスの命のように。


 私達は誰彼ともなく、そこらにある岩を使って、必死に穴を掘った。ジャノスの墓穴を掘った。ジャノスの死体を隠すために掘った。死体が見つからないようにするために掘った。人殺しになりたくないがために掘った。

 ニッキーは無表情だったが、リッチーも私も泣きながら掘った。カンザスの大地は硬かった。とりわけ<二瘤の丘>の大地は硬かった。

 三人とも、岩を使っているのにもかかわらず爪が割れ血が滲んだが、皮膚が避けているのか爪が駄目になっているのかすらわからなかった。

 とにかく猛烈に掘った。掘って、掘って、掘った。

 そしてジャノスだった<もの>を埋めた。

 猛烈に埋めた。埋めるほうが掘るより時間がかからなかった。

 棺桶は死の概念からいってもやはり必要だった。ジャノスの顔に土塊をかける時が一番つらかった。

 ジャノスが寝ているだけのように幸せそうな顔しているの辛かった。

 ジャノスが息ができなくなるじゃないかと何度も思いながら、喉元にかけ、顎にかけ、口にかけ、鼻にかけ、ジャノスの全身に土塊をかけた。

 ニッキー一人、くっちゃべっていた。


「やっぱり棺桶がいるな」

「うつ伏せは可愛そうな気がするな」

 

 やっぱりこの男はどこかぶっ飛んでいた。

 私達は、秋の陽が落ちて真っ暗になるまでに全てを済ませた。こっちもニッキーの早業なみの偉業だった。

 ジャノスが死んで埋められられようがカンザスの周りの風景は変わらなかった。これも辛かった。

 お祈りの言葉を誰も知らなかった。これも辛かった。

 一人減った全員で言った。


「アーメン」


 ジャノス・ペティボーンは未だに<二瘤の丘>に埋まっている。

 筈である。

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