第三目標「いじめられっ子を救い出す」

18話「己の財布が軽くなるほど、人の心は重くなる」

 翌朝。時刻は午前の九時を過ぎて十五分。


 アルストフィア村は既に陽光で全体を覆われ、ジメッとした空気の温度はみるみる上がっていっている。


 多湿高温な地域だからだろうが、道行く人々は額に汗を滲ませていた。


 ユーダンク同様、この村では薄着の者が目立つ。


 日差しを遮るために、露出の少ない服装をしている者とも時々すれ違ったけれど、彼らはあくまで少数派だ。


 そんな、快晴を通り越して、むしろ鬱陶しさすら感じる天気の下。


 勇者一行は宿屋の外で、日陰の中に集合していた。


「今日も今日とて、丸一日を贅沢に使ってのエル捜索を行うぞ~」


 建前上のリーダーであるヴィーレは、イズとカズヤの前に立ち、本日の目的を再確認する。


 続いて彼は、崩れた口調で補足した。


「ちなみに、情報収集における人手をギルド辺りで募ろうかとも考えたんだけど、依頼料と報酬が高くつくのでやめました」


「ケチくさ」


「おい、そこの貴族イズ。倹約家と言え、倹約家と。懐の財布が軽くなるほど俺の心は重くなるんだ」


 大貧民特有の凄みを利かせて注意するヴィーレ。


 イズからは憐憫れんびんの眼差しを返されたけれど、彼は敢えて強硬に無視を押し通した。


 近くの掲示板に貼っている村の地図を指して、本筋に話を引き戻す。


「イズが村の南側、カズヤが北側で村人を中心に聞き込みを頼む。俺が村全体を走り回って、診療所や宿屋関係、衛兵達を念入りに当たる。詳しい時間の指定はしないが、空が暗くなる頃には部屋に帰っておいてくれよ」


「はいはい」


「イエッサー!」


 片手を挙げたイズが気だるげに返事をした。カズヤは対照的に、隊長に従う部下を気取って、ビシッと敬礼している。


 二人のやる気にはかなりの大差があるようだ。


 ところで、遅れての説明になるけれど、彼らは手分けしてエルの手がかりを探すことにした。


 ヴィーレがイズ達に隠している『個人的な目的』を達成するためでもあるが、そこにはもう一つ秘められた理由がある。


(できるだけこの村では二人と行動を共にしない方がいいだろう。ユーダンクとアルストフィアでは、特に俺に対する人々の当たりが強い)


 そう。ヴィーレの考えているとおりだ。


 昨日出会った村人の態度を鑑みるに、ここでは必要以上に仲間を側に置かない方が良い。


 ヴィーレと違ってイズとカズヤは露骨な敵意に慣れていない。


 嫌がらせに打ちのめされることは無いとしても、何かしらのハプニングは起こしてしまうかもしれないのだ。例えば、酒場での言い争いのように。


(ある程度の知名度があるイズは被害に遭わないだろうが、カズヤまで嫌がらせに遭ったら申し訳ないからな……)


 そこまで考えたところで、まだ少し眠たそうにしているカズヤを盗み見る。


 ヴィーレは彼の扱いをどうするか、未だに決めかねていた。


 今まで何度同じ時間を繰り返しても現れなかった『怪しい存在イレギュラー』であると同時に、本当に何も知らない『異世界人』であるようにも思える。


(ひとまずは警戒しておくか。どう見ても人間だから、敵の可能性は低いけれど、何か悪い影響をもたらさないとも限らない)


 ヴィーレがそう結論付けている間にも、イズとカズヤによって会話は進む。


「それにしてもこの村、人口は大したことないくせに、どうしてここまで無駄な広さを誇っているのかしらね」


「本当だ。三人で手分けしても、一日では全体を回れるか不安なくらい。僕達のような引きこもりには色々と辛い仕事だね……」


 地図を眺めながらカズヤが驚愕する。


 どうやら彼もイズと同じで引きこもり族らしい。不得手な役回りに端正な顔立ちがちょっぴり歪む。


(家から出ていない奴の体にしては、筋肉がついているように感じられたがな)


 昨夜、体を持ち上げた感想をヴィーレが心の内で漏らす。


 カズヤはイズとあまり変わらぬ体型に見えたけれど、中性的な容姿に反して、ずっと男らしい肉体を持っているみたいだった。


 それでもやはり、服を着ている上からでは少女らしさが勝ってしまうが。


(察するに、歩くのがどうというよりは、赤の他人に話しかけるのが苦手なんだろう。人見知りには向いていない仕事だし)


 二人の辟易とした雰囲気を感じて、ヴィーレは今更ながらに「コイツらに任せといて大丈夫だろうか」と不安になってきた。


 無駄だと分かっていても忠告が口を突いて出てしまう。


「頼むから迷子になったりしないでくれよ」


「ふんっ。子ども扱いしないでちょうだい。いくらあまり出かけないからって、道順を忘れるほど抜けていないわ」


 プイッとそっぽを向いて後ろ髪をかきあげると、イズはそのまま先に行ってしまった。


 大人のレディーとして接されることが少女の所望するところだったようだ。そこが彼女の最も子どもっぽいところなのだけど。


 イズの去っていく様子を、困ったような表情と仕草で見送る男二人。


 彼女の背中が建物の陰に消えた頃、カズヤは一旦仕切り直して、ヴィーレへ笑顔を向けてきた。


「地形には強い方だから僕は大丈夫だよ! じゃあ、イズさんも行動開始したことだし、異世界見学も兼ねて行ってくるね!」


「おう。……あ、ちょっと待ってくれ」


 カズヤが数歩進んだところで、とある疑問を思い出し、引き止めるヴィーレ。


「どうかした?」


 相手が顔だけでこちらを振り返るや、ヴィーレは難しい表情で質問を投げかけた。


「ずっと気になっていたんだが、お前は一体どうやってイズを説得したんだ?」


 昨夜から聞きたかった事だった。


 頑固で人見知りな大賢者様だが、カズヤに対しては何故か冷たく当たらない。


 彼女と仲良くなるために毎回苦労しているヴィーレからすれば、イズを言いくるめるのにカズヤがどういう手段をとったのか、それを純粋に知りたかったのだ。


「あれ、言ってなかったっけ?」


「そうだな。聞きそびれていた。成功するだなんて夢にも思っていなかったから、正直今もカズヤが仲間になったという実感が湧いていない」


「ちょっと待って? ヴィーレ、もしかして君は、僕を信じていなかったの?」


「まさか。お前がしくじると信じていたのさ」


「ハハハ……。君って意外とジョーク好きだよね……」


 首から上をこちらへ向けていたカズヤは、乾いた笑いを漏らしながら、今度は全身でヴィーレの方を振り返った。


「頼む。教えてくれ。このままじゃ気になって夜しか眠れない」


「至って健康じゃないか!」


 ヴィーレがおふざけで食い下がると、今度は遠慮のないツッコミが帰ってきた。


 模索していた距離感が遂に掴めてきたみたいだ。


「はぁ……」


 気持ちを落ち着けるために深く息を吐くカズヤ。


 続けて、彼は何でもないように、質問に対する答えを寄越してきた。


「昨日たくさん話しているうちに、イズさんが僕の元いた世界の話に興味を持ってくれたんだ。それで、その世界のことを色々教える代わりに、仲間に入れてもらうように説得したんだよ」


 カズヤの元々いた世界。


 つまり、地球と呼ばれる惑星の、日本という国についての話だろう。


 カズヤは自身のみが知る文化、教養、技術、言語、そして創作物に関する全ての情報をイズに明け渡すと約束したらしい。


 相手がヴィーレ等であったら通用しなさそうな交換条件だ。


(なるほど。賢者と言われているだけあって、イズは好奇心が人一倍大きいみたいだ。それが無かったら、置いていかれてたかもしれないが……。運に助けられたな)


 顎に手を当て、得心するヴィーレ。


(だけど、そうは言っても、用心深いイズの事だ。きちんと戦力になると判断したからこそ、同行を許可したんだろう)


 自分に言い聞かせるようにしてそう付け加えた。


(この男は怪しいが、悪い奴かどうか分からない以上、無下に扱うこともできない。慎重に探りを入れつつも、信頼は得ていかないとな)


 ヴィーレに長く見つめられていたカズヤは可愛らしく無垢な微笑をこちらへ返してくる。


 その反応は、『勇者がこれから出会おうとしている人物』によく似ていた。目を合わせたら無条件で助けたくなってしまうような、天然でズルい憎めなさを宿している者だ。


 純粋そうなカズヤの態度に好感を覚えつつも、ヴィーレはやっと返事を渡す。


「使えるものを上手く利用したな。実のところ、俺もお前のいた世界には少し興味があるんだ。時間が空いたらぜひ話を聞かせてくれ」


「うん! どうやらこの世界は、魔物がいるってこと以外は僕のいた世界とあまり変わらないみたいだから、機会があったら、あっちの料理や歌も紹介するよ」


「ああ、楽しみにしている。……そうだ、これを持っていけ」


 ヴィーレは思い立ったように背負っていた自分の荷物を探りだす。


 そして、硬貨入れの中から金貨を一枚だけ取り出すと、相手の方へと歩み寄り、大切そうに手渡した。


 カズヤは困惑した様子でそれを受け取る。


 呆気に取られて金貨を観察していた彼だったが、ふと顔を上げると、八の字眉を作って問いかけてきた。


「えっと~……これは?」


「この世界の通貨だ。お前が今着ているヘンテコな服装じゃ、歩くだけでも目立って仕方がないだろ。それで適当なもん買ってこい。金貨一枚だけでも上下一式は揃えられるはずだ」


「えっ……? そんな、いいよ! 旅のための大事な資金を僕なんかのために削らなくても……!」


「これでいいんだよ。これがいいんだ。金は必要だが、重要ではない。俺が貯めた金なんだ。俺が使いたいように使うさ」


 カズヤは遠慮して金貨を返そうとしてきた。


 けれど、それでもヴィーレが頑として受け取らないだろうことを悟ると、やむを得ずといった様子で大人しくそれを懐に収める。


「……ありがとう。いつか借りは返すよ」


 短く礼を述べて、カズヤもやっと情報収集へ出かけていった。


 こちらへ元気一杯に手を振りながら、イズが消えていったのとは逆の方向へ駆けていく。ヴィーレもそれに応えて先と同じように見送った。


 やがてカズヤの背中は見えなくなる。


 そこで、ヴィーレは思い立ったように硬貨入れの袋をもう一度開いてみた。


(いかん……。見栄を張ったがために、所持金が底をつきそうだ。イズに泣きつくことになる前にどうにかしなければ……!)


 自身の経済力の無さに肩を落とす。


 諦めたように額へ手を当てて、ヴィーレは宿屋の陰からトボトボと立ち去った。


 この村で待ち受ける最後の目標を達成するために。

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