14話「男に二言は無い」

 アルストフィア村での防衛戦。


 その勝敗は、深夜になってからようやく決した。襲撃してきた魔物の大群を全て倒しきったのだ。


 幾人かの負傷者と死亡者は出てしまったが、被害は最小限に抑えられた。周辺の町から応援に駆けつけた戦力のおかげだろう。


 言わずもがな、そこには勇者と賢者も含まれる。


 戦闘の後、ヴィーレは怪我人と戦死者の確認や、村で起きていた火事の鎮火を手伝った。


 そこで散々こき使われたらしい。彼が村で宿をとり、自分の部屋へ入る頃には、もう夜が明けようとしていた。


 現在はヴィーレの借りた部屋へ、別部屋をとったイズが来ているところだ。


 なかなかに広く、綺麗で、高級な宿を借りることができたので、窮屈などの不便は一切無かった。


 イズはヴィーレが使用する予定のベッドに腰掛けている。


 体を洗ってきたのか部屋着に着替えており、離れているヴィーレの所にも、湿気を含んだ柔らかい香りが届いてきた。


 ちなみに、宿をとった後から先ほどまで延々と村人たちの手伝いをさせられていた勇者は、まだ風呂に入れていないことは勿論、食べ物もずっと口にしていない。


 ヴィーレが戦闘後も村人の手伝いをすると告げた時、イズは「私だって手伝うわ!」と身を乗り出してきたが、かなり魔力を消耗してたようだったので、半ば無理やりに休ませた。


 全てが一段落して勇者が帰宅した後。


 イズは部屋で本を読んで待っていた。すっかり寝ているかと思いきや、「話があるから」と我慢していたらしい。


「色々聞きたいことはあるんだけど――――」


 イズは偉そうに腕を組み、もう一つのベッドに寝かせている少年を指差して問うてくる。


「まず、なんでこの人を連れてきちゃったのよ」


「しょうがないだろ。森で拾った後から全然目を覚まさないんだ。避難所はどこもかしこも飽和状態だし、見たところコイツには怪我が無いから、起きたら自分で家に帰らせればいいさ」


 部屋の椅子に腰掛けてヴィーレは答える。連戦の後にもかかわらず、その表情に疲れはない。


 彼の話しているとおり、少年は未だに気絶から覚醒していなかった。


 そうは言っても、グーグー寝息を立てているのを見るに、心配するような事態ではないのだろうけれど。


「なら私は口を挟まないわ。この件の判断はあんたに任せるから、しっかり頼むわよ」


「ああ。もし危なそうだったら、俺が責任をもって、彼を家まで送り届けるさ」


 イズに渡されたアイスコーヒーを飲みながら応えるヴィーレ。


 宿が提供しているサービスを利用したのだろう。一応は労ってくれているらしく、彼女がわざわざ頼んでおいてくれたのだ。ホットドッグとバナナのパイまである。


 酒場でヴィーレが注文したメニューから、こちらの大まかな好みが相手に割れてしまっていた。


「で、本題だけど、もう一人の仲間……エルだっけ? 彼の処遇はどうするつもり?」


 イズの方も黒髪少年の件については特に異論がないのか、別の質問を投げ掛けてくる。


 そう、エルだ。エル・パトラー。


 かの戦闘に参加していると報告されていた、勇者達の仲間である。


 念のため、ヴィーレも戦いながら探してみたのだが、戦闘中に彼の姿は発見できなかった。


 それどころか、イズが軽く村人達に尋ねてまわってみたところ、誰一人としてあの時エルを見たという者はいなかったのだ。


「実力は国王のお墨付きであるはずだ。魔物相手とはいえ、簡単に消されるとは考えにくい。彼の行方と目的を突き止めてから、この村を出発しよう」


「だけど、掴み所が無さすぎるわ。『エルの死亡』を可能性に含めようが、含めなかろうが、現状では漠然とした予想しか描けない」


「手当たり次第に行動してる余裕がない以上、まずは情報を集めるしかないだろうな」


「そうね。まったく、魔王討伐がさらに遠く感じられるわ……」


 イズは貴族らしくピシッと伸ばしていた背筋をダランと曲げてみせる。肩を落とした彼女の顔は、昨日の朝よりもゲッソリしていた。


 疲弊が限界まで来ているのだろう。放っておいたらそのまま溶けてしまいそうだ。


(完全に同意だな。そろそろ旅立たせて欲しいものだ)


 そこまで考えたヴィーレはハッとして、軽く頭を振った。


(いや、微塵も魔王討伐になんて行きたくはないんだけど。できればずっと家で畑を耕してたい)


 心の中で即座に訂正する。


 彼にも疲れが出ているようだ。イズのものとは違って、ヴィーレのそれは慢性的な症状なのだろうけれど。


「あまり休んでる暇はないわね……。もう朝だもの」


 窓から白みだす空を覗き見て、イズが辛そうに独りごちる。空色の瞳は薄く細められていた。


(そんな事を欠伸あくびしながら言われてもな……)


 ヴィーレはイズの強がりに懐かしさを覚える。


 彼女は『貴族であること』を印籠の如く頻繁に振りかざすし、権力や財力は惜しまず行使するような性格だ。


 だけど同時に、「身分を理由に自分だけが楽をしているのではないか」と疑われるのを、この世のどんな偏見より忌み嫌う性質タチなのであった。


 だから彼女は決して弱みを表に出さない。


 もしもプライドのヴェールを脱がせたいのなら、固い信頼を得るほかないだろう。


 しかしながら、以上の願望とは別の事情で、ヴィーレは齢十六の賢者を純粋に案じていた。


(旅の途中でぶっ倒れられたら困る。俺がブレーキ役になっておかないと。『無茶』を『努力』と勘違いしてる奴は、すぐに壊れてしまうからな)


 戦いに駆り出されてはいるものの、イズ・ローウェルはまだ若い。


 任務に旅立つ前まで、規則正しい生活をしていたのが逆に祟ったのか、目の下には大きなくまもつくっている。


 これからもっと辛い場面があるはずだ。


 最初からあまり無理はさせない方がいいだろう。橋の時やら森の中やらで、疲労もかなり溜まっているはずである。


 ヴィーレは言い聞かせるような声色でイズに話しかけた。


「体力が持たないだろ。聞き込みは俺がやってくるから、お前はゆっくり寝ておけよ」


「あんたならそう言うと思ったわ。嫌よ」


「即答……。無理はするなって」


「していないわよ」


「いいや、嘘だね。お前がしているのは『腐心』だ。『粉骨』だ。『砕身』だ。文字通りの意味でな」


「……でも、そうだとしても、私だけが働かずに休んでいるなんて不服だわ。いくらあんたが体力しか取り柄のない男でも! 雑務専門の要員で、泥臭い元農民の無能勇者だとしても!」


「おい、こんな時までけなしてくんのやめろ。俺にだって涙はあるんだぞ」


「ま、まあ……気遣いは有り難いと思っているわよ……? だけどね! 私達には時間がないの。モタモタなんてしていられないわ!」


 断言した後、強い意志の込められた空色の瞳が真っ直ぐこちらへ向けられる。


 ヴィーレは一瞬言葉を詰まらせた。この顔をしたときの賢者は、普段の彼女に輪をかけて、さらに頑固になるからだ。


 だから、正面から頼むのは早々に諦めることにする。


 しかし、さっきも憂慮していたとおり、この調子で限界を迎えられては堪らない。ヴィーレは別の方向から食い下がることにした。


「分かった。だが、せめて少しは眠っておいてくれ。この少年が目を覚ました頃にでも、俺が起こしに行くから」


「……もう。あんた、結構しつこいのね」


 彼女はあからさまに狼狽うろたえていた。


 偽悪ぶったり、突き放したりするイズに効果的なのは、それに負けないほど頑とした継続的かつ情熱的な好意である。


 これは徐々に彼女の中で罪悪感を育むだろう。


 そして最終的に、少女は己の武器であったはずの過激な意思を『良心の呵責』に変えられ、屈してしまうのだ。


「仕方ないわね……」


 イズは唇を尖らせ、拗ねたような声で「甘えさせてもらうわ」と小さく呟いた。庶民に礼を述べるのは難しいらしく、むず痒い顔をしている。


 ともあれ、ヴィーレの出した条件で妥協くれたようだ。説得は成功である。


(まあ、起こしに行くわけないんだけどな)


 裏で紡がれるヴィーレの思惑など知るよしもなく、ベッドから立ち上がり、部屋の出口前まで移るイズ。


 そのまま出ていくかと思われた彼女だったが、扉を開け、廊下へと一歩足を踏み出したところで、ヴィーレの方をパッと振り返る。


「ねえ。そういえば、もう一つ気になっていたことがあるんだけど――――」


 彼女はそこで一旦言葉を止めると、ベッドの側に無造作に置かれてあるヴィーレの荷物を横目で見る。


「あんた、これから先ずっとあれで戦うつもり?」


 ヴィーレも彼女の視線の先を追ってみる。


 イズの言う『あれ』とは、彼が自宅から持ってきた『武器』のことを指しているのだろうか。


(そういえば戦いの最中、俺が意気揚々と愛用のくわを装備したら、通りがかったコイツに二度見されたような……)


 珍しく不思議そうに口元を押さえるヴィーレ。


 どうやら彼の中では農具で戦闘することは普通の出来事であったらしい。一切合切に疑問を抱いていないみたいだ。


 ヴィーレは漏れかけた欠伸をごまかすようにして、肩をすくめながら応答する。


「そこらに剣でも売っていれば、つまらない用事に俺の相棒を使う必要も無いんだろうがな」


「はぁ……。勇者なんだから、支給品くらいあると思っていたわ……。このままだと色んな意味で一緒に戦いたくないから、装備品は早いうちにどうにかしてちょうだい」


「あいよ。いいから早く休んでこい」


「……本当に頼むわよ。初代の勇者様のように、後世に語り継がれるかもしれないんだから、魔王を倒す武器にくわを使うのだけはやめて」


「了解だ。約束しよう」


「『男に』?」


「二言なし二言なし」


「もう二回言ってる……」


 ジト目で睨まれてしまった。せっかく稼いだ信頼度が下がっていく音がする。


 やはり疲れていると粗さが目立ってしまう。


 話は終わりだという意を込めて、ヴィーレは「シッシッ」と手振りする。


 緊張感のない勇者の対応を受けたイズは、苦悩を抑え込むように眉間へ手を当てながら、ヨロヨロと部屋を出ていったのだった。


「うぅ……」


 その時、小さく呻いた声が部屋の一角からこぼれる。


 声の主は少年だ。森から運ばれてきた彼は、ようやく意識を取り戻したのだ。


 だけれど、少年がまぶたを薄く開いたことには気付かぬままに、ヴィーレは着替えを小脇に抱えて、汗を流すため部屋から出て行ってしまった。


「…………」


 黒髪少年は横になったまま、キョロキョロと周りを見回している。保護された猫のように好奇心丸出しの態度だった。


 歪な存在、イレギュラーは人知れず動き出す。


 彼の着用している前衛的な服。その上着には、控えめなワンポイントで『JPN』の文字が印刷されていた。

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