11話「アルストフィアへ急行せよ」
大通りを抜け、二十分ほど南へ歩き続けると、巨大な橋に差し掛かる。
徒歩で渡るには少々時間がかかるが、その先へ行き着けば目的地である王城だ。
ここ、王都ユーダンクは『魔王城』があると報告されている場所から最も遠く、人間国の最奥に位置している。
その先は断崖絶壁と広大な海原が広がるのみであり、海を越えた向こう側に何があるのかはまだ判明していない。魔王城の奥にある領地についても同様だ。
「ちょ、ちょっと……ひと休みしない?」
橋の途中まで渡ったところで、「ぜぇ、はぁ」と息を切らせながらイズが足を止める。
汗だくの仲間に休憩を提案されたヴィーレは、溜め息まじりに停止した。返ってくる答えは知っているけれど、初見のふりをして尋ねておく。
「なんでそんなに疲れているんだよ。酒場を出てから、まだ三十分しか歩いていないぞ」
「い、いや、十分すぎるほど歩いているじゃない……。普段は家で本ばかり読んでいて、滅多に外へ出ないのに……。このペースじゃ干からびてしまいそうだわ……」
「なるほど。引きこもりだったか。どうりで、性格が後戻り不可能なレベルに
「うるさい、死ね」
「口が悪いと教養を疑われるぞ」
「大層賑やかな様子でいらっしゃいますところ、誠に恐縮ではございますが、ご逝去して頂ければ幸甚の至りに存じます」
「わざわざ丁寧に言い直してくれてありがとう」
口の減らない賢者へ一礼して返事をするヴィーレ。
そういえばイズは酒屋から出た後、照りつける日光に目を細めて、ウンザリした顔をしていたな。と、ヴィーレはそこで思い出した。
(だけど、冗談は置いとくにしても、ここでへばられたら非常に困る。彼女にはもう少し気力を保っていてもらわないと)
イズの手首にある腕時計に視線をやりながら、ヴィーレは彼女のもとまで一旦引き返した。
そこでわずかに腰を曲げると、イズの視界に入るよう、ぶっきらぼうに右手を差し出してみせる。
「荷物、持ってやるから。あとちょっとだけ頑張ってくれ」
「た、助かるわ……」
「キツいならお前ごと担いで行ってやるぞ」
「打撃加えるわよ」
「すみません。ジョークです」
「分かってるわよ。本気でほざいていたのなら、無言で切り刻んでいたわ」
「自然と仲間を恐れさせるのは止めてくれ。しかも、思いきり『斬撃』じゃないか」
野暮なツッコミをしながら、ヴィーレは相手の荷物を片手で受け取ると、気持ち歩みを遅めにして、城への道を進み始めた。
そしてまたしばらく歩き、やっとの思いで長い長い橋を渡りきる。
すると、無駄に大きい門と門番二名が勇者一行のお出迎えをしてくれた。
彼らは事前連絡も無しに突然現れたヴィーレ達を不審そうに見つめてきたが、こちらが王から授けられていた『勇者の証』をかざしてみせると、すぐに得心したようで警戒を解いた。
「勇者ヴィーレか。今日は旅立ちの日だろう。一体どうした」
「ちょうどその旅立ちの件で来たんだ。いきなりで申し訳ないんだが、デンガル陛下にお伺いしたいことがある。今、大丈夫そうか?」
「国王陛下は現在外出中だ。今回はお帰り願う」
淡々と、無機質にそう返される。
「やっぱりいらっしゃらなかったわね……」
「そうみたいだな。王様という仕事の中身は皆目見当もつかないが、俺達の想像が及ばないくらいには忙しいものなんだろう」
「当たり前でしょう。彼は代々由緒ある血脈を継いできた国王陛下よ? 遊ぶ金欲しさに労働へ手を染めている下界の住民とは違うんだから」
「どうしてお前が誇らしげなんだ」
ヴィーレはそう応えつつ、背後から誰かに呼ばれたかのような自然さで、迷いなく踵を返す。
そろそろ次のイベントが起こる頃だ。時計を確認せずとも、体が次に起こる出来事を覚えてしまっていた。
ヴィーレの視線の先、橋の向こう側、街の方向から馬に乗った男がこちらへ駆けてくるのが見える。その表情は焦燥に駆られていた。
格好から兵士と推測される男はそのまま城に入っていくのかと思いきや、馬をヴィーレ達の手前で急停止させ、顔だけをこちらへ向けてくる。
それから何かを話そうとして、ようやくイズの存在に気が付き、彼は馬から飛び降りた。
間を誤魔化すように咳払いをしてから話を始める。
「貴様、もしや勇者のヴィーレ・キャンベルではないか」
「ご明察だな。その通りだよ」
「よし、手間が省けてよかった。救援要請だ。『アルストフィア』が襲われた。お前達の仲間、エルの暮らしている村がな」
「えっ……? アルストフィアって、
イズは不安や焦りといった感情がごちゃ混ぜになったような表情を示す。
「もうそんなに近くまで魔物が侵攻してきているなんて……」
「イズ、あまり焦るなよ。俺達がここで慌てていたってしょうがないだろ」
「そうかもしれないけど……。でも、すぐにこの町にも魔物が来るかもしれないのよ!? 家にはママやお姉様達だっているのに……ッ! 私が旅立ってしまったら、みんなを守ってあげられないわ!」
彼女の不安の原因は、『家族が魔物達の手にかからないか』というのが特に大きいみたいだ。
(家族か……。俺にはもういないが、当然心配する気持ちは分かる。だけど、今はそんな有るか無いかも分からない未来に怯えて、まごついている場合じゃないだろう)
ヴィーレは早急に決断を終えた。
イズの心を蝕む負の感情に負けないよう、大きめの声で語りかける。
「大丈夫だ。ここには俺達より強い兵がわんさかいるだろ。それに、動ける俺達が今行かないと、人間側はさらに劣勢へと追い込まれるんだ。イズの家族を守るためにも、急いで救援に駆けつけなきゃいけない。分かるな?」
「……うん」
小さく頷いたイズに、ヴィーレはもう一度「大丈夫」と囁いて、肩を叩いた。
王都ユーダンクは人口が多く、人間国の中で最も栄えている都市だ。
そして何より、国王であるデンガル・カーニバルがここにいるため、膨大な数の兵士や騎士、衛兵が常駐、配備されている。
それなら隣の村であるアルストフィアにも、他の町よりかは幾分かマシな戦力が集められているに違いない。
つまり、そう簡単に落ちはしないはずだ。
ヴィーレがさっきイズに告げたのはそういう意味の『大丈夫』も含んでいた。
「さあ、そうと決まれば、早急にアルストフィアへ駆けつけよう。犠牲者が増えないうちに」
「……ええ、そうね。時間がないわ。私の家から馬を連れて行くわよ!」
「助かる。案内してくれ」
ヴィーレ達は目の前の兵士を置いてどんどん話を進めていく。
それに食らいつくように、男は最後の連絡事項を、手短に、かつ張りのある声でこちらへ告げてきた。
「最後に、城の兵は出せん。しかし、ほんの一部だが、前線にいた兵が応援に駆けつけてくれるそうだ。それまで持ちこたえてくれれば十分だろう」
兵士はビッと音を立てて敬礼する。
胸を張った彼の口から告げられたのは、勇者達の次なる任務であった。
「アルストフィア村にて『エル・パトラー』と合流し、迅速な市民の救助、及び魔物の殲滅に尽力せよ! では―――――」
それだけ言い残すと、兵士の男はイズに向かってだけ「失礼します」と断り、いつの間にか開かれていた城門の中へと消えていった。
(これが身分の差よなぁ……)
どこか悲しげに男の背中を見送るヴィーレへ、背後から皮肉めいた台詞が投げられる。
「残念だけど、帰宅はできないようね」
「本当に残念だな。だけど、こればっかりは仕方がない。我が家はとても恋しいが、俺は救世主たる義務を負った勇者だしな」
「……ふんっ。どうせ魔王を倒さない限り、あんたには帰る場所なんてないものね」
同情混じりにそう返される。
棘を含んでいるように聞こえる言葉とは裏腹に、イズの目は密かにヴィーレの顔色を
(そうだな。土に還ることも許されてないあたり、洒落にならない鬼畜さだ)
応えようとした台詞は飲み込んで、無言のまま相手に背を見せるヴィーレ。
そして、二人きりの勇者パーティーは、『仲間集め』と『魔物退治』のために、隣の村アルストフィアへと駆け出すのだった。
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