第二目標「武器を手に入れる」

10話「罵詈雑言のバリエーション」

 現在、あれから五時間後。


 とうとうこの世界では日が暮れてしまった。


 ヴィーレ達はドゥリカとの騒動を終えてからも、指定された集合場所である酒場内で延々と、もう一人の仲間『エル』を待ち続けていた。


 しかし、どれだけ暇を潰していても、一向に彼は現れない。それどころか、連絡すら渡してこないのだ。


 文句無しに模範的な純然たる無断欠席であった。


「おっっっそい!!」


 これには冷静沈着な賢者様も大激怒。


 プルプル震えていた体が弾けるようにして、もう我慢ならないとばかりに席を立つ。『活火山』が噴火してしまったようだった。


 イズは暴れ馬みたいに大袈裟な身振りをしながら、ヴィーレの眼前へ、手首に巻いた金の腕時計を突き出してきた。


 短針は午後の六時を回っている。


「もう夜になるわよ! 貴重な一日を無駄にしたわ! もし私がここに来ていなければ、部屋の棚に積んでいた本を十冊は減らせていたでしょうね!」


 彼女の憤慨によって、店内の客の目が一斉に集まり、さらに居心地が悪くなってしまった。


「落ち着け。声が大きいぞ、イズ。周りの客に迷惑だろ」


 ヴィーレは大人な態度を心がけ、自制するよう指摘する。


「うっ……。わ、分かってるわよ……!」


 イズは周りの客の視線に気付くと、誤魔化すように咳払いをして席に座り直した。貴族として最低限のマナーはわきまえているらしい。


 明晰な頭脳はあっても、理性は感情に流されやすい。まだ人間としては未熟な賢者が持つ短所の一つである。


 そんなイズの面倒を一日中ずっと見ていたヴィーレの方は、早くも気をすり減らしているようだった。


 ただ、予定通りに進んでいる『この現状』だけが、勇者の疲労を慰める数少ない根拠になってくれている。


(初日はいつも通り、格段に疲れが溜まるな。主に精神的な意味合いで)


 溢れそうな弱気を飲み込むように、ぬるくなった薬草ジュースをグビッとあおる勇者。


 激マズだ。だが、何となく体力が回復した気がする。


「国王から一任されている以上、たかが寝坊でここまで遅れるとは考えにくい。遅刻しているエルって奴にも何か事情があるんじゃないか」


「そうだとしても、連絡くらい寄越すべきよ」


「確かにな。……で、どうする? ここでこのままあてどなく待つわけにも、俺とお前だけで旅に出るわけにもいかないだろう」


「それは一理あるわね。あんたと二人で旅なんかしていたら、戦力不足で共倒れになる危険性がとんでもなく上がるもの」


 実際にその光景を想像してみたのか、首を左右に振って「そんなのお断りだ」とアピールをするイズ。


「とりあえず、王様へ謁見しに行きましょう。エルという男のいる町や家の場所を詳しく尋ねてみるの」


「そうだな。時間が合うといいんだが」


「デンガル様はいつもどこかへお出掛けになっているものね」


 二人は会話を交わしつつ席を立ち、手短に会計を済ませた。流れるように隣に並んで妙に静かだった店を出る。


 口調から察するに、イズは国王と交流があるのか、彼のことをいくらか知っているようだった。


「城にはよく行くのか?」


「たまに、よ。呪文や魔力に関する資料を借りにね。お城を訪ねても、彼は不在にされていることが多いわ。やはり戦争の件でお忙しいのかしらね」


「かもな。一度だけ会ったことはあるが、どうもよく分からん人だった。王族のくせしてやけにフランクな性格だったし」


「王族に対してくらい敬語を使いなさいよ……」


 とんでもなく礼を欠いているヴィーレにドン引きするイズだが、彼は「理不尽な命令を下す王は敬えない」と頑なだ。


 ヴィーレなりにそこは譲れないらしい。我の強くない性格だが、執着する部分もあるようだ。


「別に、本人の前ではそうするから良いんだよ。建前は必要以上に立てない主義なんだ」


 そんな不敬極まりない返事をするヴィーレを見て、何を感じたのか、イズは上目遣いに彼へ質問を投げてきた。


「……ねえ。今更だけど、あんたは私が相手でも砕けた態度で話し続けるの? 一応は国を支えている大貴族の娘よ?」


「ん? あぁ、使った方が良かったか?」


「……いいえ、お互い様だし。ただ図々しすぎて心臓にでも生えているんじゃないかと思ったのよ」


「鏡を渡してやろうか。天に向かってツバ吐いてるぞ、お前」


 二人で酒場から離れ、街の大通りに向かう。


 次第に周囲を歩く人の数が増して、互いの声も聞き取りづらくなってきた。比例して二人の声量は少しずつ上がっていく。


 ここ、ユーダンク町の大通りには、ありとあらゆる種類の店が並んでいた。


 現在二人が歩いている通りは、数分間見て回るだけでも、家具や服、食料まで様々なものが手に入る。城下町一番のショッピングスポットだ。


(ここで武器や防具が売られていれば、非常に助かるんだがな~)


 どうにもならない状況を心の内で嘆くヴィーレ。


 いずれにせよ、肝心要の金がないのだから、自分で購入することはできないのだけれど。


 勇者一行の目指す城は、この通りを越えた先に大きくそびえ立っている。


 日の光を反射しそうなほど綺麗に磨きあげられた城壁は、他の建物に比べて格段に高く、城下町のどこからでも眺めることができた。


「またまた話は変わるけど――――」


 不意に口を開いたイズが、ヴィーレを横目で見ながら彼の荷物を指した。


「なんで武器までしまっているのよ。あんたはもう勇者なんだから、別に町中で装備していても問題ないでしょう」


「特に深い理由は無いさ。無駄に目立つのは嫌いなんでな。できるだけ人混みに紛れたいんだ」


「何言ってるの。赤い瞳の時点ですごく目立つわよ」


「……その通りでございます」


 ぐうの音も出ない正論だった。


 事実、イズが気付いていないだけで、周りから奇異の視線はずっとこちらへ投げられているのだ。


 だがそんな事に気を取られている暇はない。


 ヴィーレは辺りからヒソヒソと聞こえてくる話し声には耳を貸さず、隣を歩く少女の機嫌取りにだけ集中していた。


 比較的従順なヴィーレの態度に調子づいたのか、イズは続けて言葉を刺してくる。


「おまけに薄汚いし、土の香りが染みついているし、店では信じられないくらいガツガツ食べるし。格好だけでなく所作も貧乏臭いもんだから、目も当てられないわ。思えば、私と並んでいることで、相対的にあんたの惨めさが際立ってしまっているのかもしれないわね。今更ながらに謝っておくわ。ごめんなさい」


罵詈バリエーション豊かっすね」


 口の端を上げて自慢げに頭を垂れるイズ。そしてそれを手練れた調子で流すヴィーレ。


 相変わらず辛口な賢者様だったが、半日も二人きりで話しただけあって、彼らの間にあった距離はいくらか近くなっているようだった。

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