第46話 あまり褒められると照れますね
レグラスの丘へは徒歩で30分ほどの距離だ。しかし魔物に出くわす危険もある。
普通こんな夜遅くに出歩いたりはしないんですが、レイジアさんが気になって足を進めます。
僕もこの半年で逃げ足はとても早くなりました。なにしろダンジョンへ逃げ込めばいいんですし、ある程度の魔物なら逆にダンジョンへの勧誘もできます。
村でのほほんと暮らしていた時には考えもつかない変わりようです。歩いていると、数匹のゴブリンを見かけました。
昔は怖い怖いと思っていましたが、ダンジョンを経営し始めると全く脅威を感じなくなりました。此方に気づいて近づいてくる彼らを、そのままダンジョンへ落として勧誘します。
そのまま少し駆け足でレグラスの丘へと向かいました。時々ゴブリンを見かけたりはしましたが、離れたところにいるのは無視してレグラスの丘までやってきました。
「レイジアさーん。」
「テトくん!」
今度は呼びかけに応じてくれました。声を聞く限り無事なようでなによりです。
「中々来ないから、忘れられたんじゃないかと思ったわよ?」
安堵したような表情を浮かべて此方へやってきました。そりゃあこんな場所で長々と待ってたら、不安な気持ちになりますよね。
でも、場所を間違えたのはレイジアさんですよ?
「あのぉ、僕はアストルの丘で待ち合わせと言ったと思うんですが・・・。」
女性の間違いを指摘するのはなんだか無粋な気はしますが、僕が悪者みたいになるのも嫌です。ここはしっかりと正させてもらいますよ?
「えっ!?レグラスの丘じゃなかったかしら?」
レイジアさんは口に手を当てて驚いた。どうやったらこんな危なそうな丘とアストルの丘を間違えるんでしょうか?
「確かにここは景色はいいですけど、あまり待ち合わせなんかには使わないですよ・・・。」
特に僕みたいな弱い人間なら尚更です。レグラスの丘からは村がよく見えます。となり村の明かりも薄ぼんやりと遠くに見え、風景は最高です。
「あはは・・・。
また間違えちゃったかぁ〜。」
レイジアさんはその場に腰を下ろして、徐に倒れ込み空を仰ぎました。
「私ってダメなのよね。冒険者になりたくて色々やってみたけど、いまいちどんな職業もピンと来ないの。
昔からおっちょこちょいで、直ぐに勘違いして付け上がっちゃうのよね。」
それは何となくわかる気がします。ダンジョンでの闘いぶりを見ていた時も、そんな感じの不安感がずっとありましたし。でもそれ以上に、ポルテの為に自らを奮い立たせた強い意志には、尊敬の念を抱いてしまいます。
「レイジアさんは駄目な人なんかじゃないですよ。
僕の方がよっぽど弱いです。僕は誰かの為に、命を危険に晒してまで戦うことなんてでないと思いますから。」
「そんな事無いわ。テトくんこそ、キラードッグから私を助けてくれたでしょ?とても、感謝してるわ。
それに、貴方のおかげでポルテは元気になったのよ?私たち兄弟の、命の恩人だわ。」
「そんな、たまたま偶然そうなっただけですよ。」
人に褒められるのなんて、あまり慣れてないです。たまたま偶然レイジアさんが僕のダンジョンにやってきて、必要なアイテムを持っていただけです。
逆に、もしアイテムがなければただただ危険に晒す所でした。
「たまたまでも、結果は結果よ。過程のほうが大切な時もあるけど、今回は私たちの命が助かった。これ以上にない結果なの。」
「そう言ってもらえると、嬉しいです。」
レイジアさんは真剣な眼差しで僕を説得してくれます。これ以上とやかく言うのは野暮ってもんですね。
素直に気持ちを受け取りましょう。
そうだ、こんな照れる様なやりとりをする為にここにきたわけじゃないんです。
月の雫を渡して、早くレイジアさんにも回復してもらいましょう。
僕は持ってきた皮袋を腰から外しました。そして寝転んでいるレイジアさんの方へと歩きます。
『ブオォォォォ!!』
突然大きな鳴き声が響き渡り、地を蹴る様な音が聞こえ始めました。
「!?」「なんなの!?」
二人して驚き音の聞こえた方を向くと、大きな猪が10匹程度の群れで突進してきました。
「嘘でしョォ!?」
レイジアさんは驚愕して飛び起きますが、僕は割と落ち着いていました。何故なら何度かダンジョンへ勧誘したことがあったから。
「大丈夫ですよ。」
空を飛んだりする魔物だと捕まえるのは難しいですけど、地を這う魔物はそうでもないんです。
落とせばいいだけですし。
「クリエイト」
僕は地面に手を当てて、目の前に大きな落とし穴を作りました。勿論魔物が迫ってきたのを確認して、タイミングは合わせます。
『ブオォォォォ・・・ーーー』
猪の群れは見事にダンジョンへと落ちていきました。送った先は15階層。彼らより一回り以上大きな猪がウロついてるはずの森です。
あ、今は魔王に倒されてるかもしれないんでしたっけ?まぁ復活した暁には、しっかりと上下関係を築いてもらいましょう。
「はいこれ、月の雫です。」
僕は何でもない様に皮袋を差し出しますが、レイジアさんは一度立ち上がったのにまたへたり込みました。
「ち、ちょっと待って。腰が抜けちゃった・・・・・・。」
僕は静けさを取り戻した丘の上で、レイジアさんの横に座りました。
「大丈夫ですか?」
「大丈夫だけど、やっぱりテトくんは凄いわよ。あの魔物達はどうなったの?」
「僕のダンジョンに落ちて貰いました。これからはダンジョン経営に役立ってもらうつもりです。」
まさかレイジアさんにアイテムを渡しに来ただけで、魔物を大量に勧誘出来るとは思っても見ませんでした。
「そう、なんだ・・・。」
「はい。」
もう一度、月の雫を手渡します。彼女はそれを受け取って、ようやく僕の用事が終わりました。
「テトくん、私決めたわ・・・。」
帰り際、思い立った様にレイジアさんが口を開きました。
「はい?」
何か決意する様な事がありました?
「私と結婚して下さい!!」
レイジアの声はレグラスの丘に小さく木霊した。
「え?」
突然の告白に、テトの頭は思考する事を自ら阻害した。それは混乱を極めたが、次第に意味を理解して口を開く。
「ええぇぇぇぇぇぇ!!!!?」
テトの声は、それはもう盛大に響きわたった。小さな丘の上で二人は向かい合う。
時折吹き抜けるそよ風を受けて、草花は微かに踊る。それは微笑ましい二人を祝福するかの様だった。
(何がどうなったらそんな話になるんですか!?)
テトの混乱は続いたが、彼の思いとは関係なく、ダンジョン経営はちょっとした波乱が幕を開けるのだった。
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