第8話 初体験しちゃいました

 っ大変です!

 僕は空を飛んじゃってます!!

 

 ドラゴンなテトラの背にしがみつき、テトは月夜の大空を飛翔していた。

 空には双月が真円を描いて浮かんでいる。

 はじめての体験に心は体と共に浮遊して、ふわふわとした不思議な心地を漂わせていた。

 それと同じくらい、空を舞うことへの恐怖が身体を強張らせる。

 恐怖と驚喜、二つの感情が波となってテトに押し寄せていた。

 

「テトラー!凄いです!!

 凄すぎますよぉ!

 でも怖ぁぁぁぁい!!!」

 

 テトラはゆっくりと羽を動かして飛んでいますけど。

 速度は物凄いことになってます。

 さっき飛んでいる魔物を追い越して行きましたけど、一瞬で見えなくなってしまいました。

 どれだけのスピードが出てるんでしょうか?

 というか、僕はどこの街まで行ってしまうんでしょう?目的の隣町は今しがた通り過ぎてしまいました。

 

「どこまで行くのぉぉお!」

 

 風を切り裂く音がこだまする中、テトラに大声で喋りかける。

 

『レグラス森林の向こうにある商業の盛んな街だ。昔旅人に聞いたことがあったのでな、せっかく行くなら活気のある街が良かろう。』

 

 商業の盛んな街、何て街がでしょうか?

 地理には疎いので、何処なのかさっぱりわかりません。

 というか、勉強してなかったんで頭は良くないんですけどね。田舎者として礼儀だけは叩き込まれました。

 都会の人達に迷惑を掛けないようにって言われてましたけど、滅多にそんな人来ないですし必要ありませんでしたよね。

 

 でも、テトラの言ったレグラス森林って言うのは聞いたことがあります。

 何処だったかな?

 ロズレイ王国の西側に広がっていたような・・・。

 エリドロール王国の東側だったような・・・。

 やっぱりわかりません!

 とにかく、かなり遠い場所です。

 歩いていける距離ではないですね。

 

「そこはどれくらいで着くの?」

 

 風に負けないように更に大声でテトラに叫ぶ。


『そうだな、あと一時間もあれば到着するだろう。長いかもしれんが、辛抱してくれ。』

 

 一時間も飛ぶんですか!?

 そんなに長い間、しがみついておく自信がありません。しかし、日頃のトレーニングの成果を見せる時です!!

 

『もう少し姿勢を低くするのだ。風が当たらなければ少しは楽なはずだぞ?』

 

 的確なアドバイス、ありがとうございます!なんとか頑張ります!!

 落ちて死ぬなんて嫌ですからね!

 

 

 

 それから必死にテトラにしがみつき、一時の空の旅を楽しんだ。

 楽しんだ?

 たしかに始めて飛んだ空の旅は色んな気持ちが湧いてきて、恐怖よりも驚喜が勝っていた。

 しかし、それと身体に蓄積していく疲労は別のお話。

 そう、僕は今立ち上がることが困難なほど、身体が固まってしまっている。

 状況としては、テトラの背中から降りられないのだ。

 

 力を込めて必死にしがみついていた事が原因で、その状態のまま身体が固まった。

 落ちないために必死だったので、身体の限界は飛び始めて30分くらいで超えてしまっていた。

 

『て、テトよ。大丈夫か?』

 

 テトラも少し申し訳なさそうに、首を後ろに回して僕を見ています。

 日頃のトレーニングの成果をと意気込んでは見ましたが、まだトレーニング二日目でした。

 今回の飛行の方が、普段よりよっぽどきつかったと思います。

 

「だ、大丈夫。でも、もう少し待ってて。

 今、頑張って降りるから・・・。」

 

 必死に身体を起こしますが、ピクリと痙攣したように腕や足がゆっくり動く程度。

 もう筋肉痛が出てきていて、身体中が痛いです。

 

『ま、待て、我が人の姿になろう。

 さすればお前も地に足をつけられよう。』

 

 有難いです。テトラが人の姿になれば、たしかに地面はすぐそこです。

 しがみついた状態なので、おんぶされる格好になるのは少々恥ずかしいですが、そんな事言ってられません。

 でも、待ってください。

 そんな状態って、僕が美少女におんぶされてるって事ですか!?

 不味いです!いくら中身がテトラとは言え、あんな可愛い少女におぶられるのなんて、恥ずかしいどころの騒ぎじゃありません!

 僕の心臓が破裂しちゃいますよ!!

 

「ち、ちょっとまって!」

 

 しかし、僕の声も虚しくテトラはボンと煙を上げて、シュルシュルと縮み始めた。

 次第にそれは人の形へと変化を始め、いつもの少女なテトラへと変わっていった。

 

「ほら、これで降りられるだろう。」

 

 テトラはテトに向かって首を後ろに回して言った。

 が、テトの意識はすでに無くなっており、ドスリと地面に崩れ落ちた。テトはしがみついておぶられた形になっていたが、そのの両手はテトラの胸を鷲掴む形になっていたのだ。

 始めての感触を認識した時には、テトの意識は何処か遠くにすっ飛んでしまっていた。

 

「テトよ!どうした、大丈夫か!?」


 商業の街サン・サンクロス、その東に聳えるレグラス森林の入り口付近で、テトは恍惚な笑みを浮かべて気絶した。

 テトラの声は、夜の闇にこだましたのだった。

 

 

 

 しばらくして、テトはようやく意識を取り戻した。

 

「ん。あれ?ここは・・・。」

「テト、心配したぞ。」


 目を覚ますと、僕の目の前に少女なテトラの顔が現れた。

 

「え!?」

 

 僕はどうやらテトラの膝枕で眠っていたようです。それを意識すると、慌ててそこから飛び起きちゃいました。

 

「っつ・・・!?」

 

 しかし、身体のあちこちが痛いです。その痛みでさっきまでのことを思い出しました。

 僕は、踏み入ってはいけない事をしてしまいました。ドラゴンとはいえ、少女のむ、む、む、胸を・・・・!!

 

 触れたことのないその柔らかな物。小さくとも全てを包み込むようなその暖かさ。

 テトはそれを思い出すと、顔を真っ赤に染め上げた。

 

「大丈夫か?」

 

 心配そうに見つめるテトラの顔を直視できません!!

 それに、なんで今日はこんなに月が明るいんですか!?テトラの顔がハッキリとそこに浮かんじゃってますよ!

 

「へ、平気だよ。とにかく、街の入り口まで移動して、見つかりにくいところにダンジョンの入り口を作ろう。

 出入りする時に人に見られない場所がいいな。」

 

 しかし、啖呵を切って立ち上がったはいいけど、痛みの所為で歩き出そうにもなかなか身体が動かせない。

 

「ほれ、我がおぶって運んでやろう。」

 

 テトラが背中を差し出した。

 それを見て、テトはより一層顔を赤く染める。だが、自分で歩く事もままならない為、諦めたようにテトラを頼る。

 

「す、すみません。ヨ、ヨロシク願イシマス。」

 

 言葉も何処かカタコトの様になってしまった。

 しっかり首に手を回す様に用心して、テトラの背にしがみつく。

 恥ずかしくなりながらも、テトラに運ばれて街の付近まで近づいた。

 そこで適当な岩陰を見つけてダンジョンの入り口を作る。

 そこをくぐっていつもの管理室へと戻ってきた。


「始めて見た時にも驚いたが、お前の力は本当に大したものだな。

 こんな力は我も始めて見たぞ。」

 

 急にテトラに褒められちゃいました。そんなに使い道もないスキルなんですけど、褒められると嬉しいです。

 

「ありがとう。でも、テトラがいてくれるお陰で僕も助かるし、一緒にいて楽しいよ!」

 

 テトは屈託の無い笑顔で笑った。

 テトラはその笑顔で、つられて笑う。

 

 少しずつ、テトラが笑う数が増えてきた気がします。テトラが笑うと、僕も元気になれますね。

 でも、今日は疲れました。

 ダンジョンの再開は明日にしましょう。

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