おまけ


 この世の春が来たァァァ!!



 離れていても聞こえるその声に、良かったな。と心のなかで呟いた。


「良かったぁ……!」


 つもりだったのだが、無意識で声に出していたか? なわけがないかと視線を下に向ければ俺同様に木の影に隠れて二人を見守る青木さんの姿。


「見てください! 里香ちゃんのあの顔! もぉすっごい可愛い!」


「そうだね」


「やっぱり白石くんを信じて良かったです!」


「俺は何もしてないよ」


 俺は何もしていない。

 謙遜でもなくただの事実だ。頑張ったのはあいつ。やっと報われたあのバカの嬉しそうな顔に、慣れないことをして良かったと初めて青木さんに声を掛けられた時を、俺は思い出していた。



 ※※※



「私と偽装デートしてほしいんです!」


「悪いけどそういう、……偽装?」


「はい!」


 呼び出されて告白される。慣れたことだと言えば普通の男は羨ましいというが、俺にとっては正直面倒以外の何者でもない。

 たとえそれが学校で評判の美少女が相手だとしても。

 でも、彼女の言葉はいままでの誰もと違った内容で。思わず聞き返してしまった。


 聞けば、彼女の友達である赤音さんがあの馬鹿のことを気にしているとのこと。

 だが、姉さん肌な性格とは裏腹に恋愛に奥手な彼女は自分から声をかけることも出来やしない。


「だから、偽装デート」


「はい。私が白石くんのことを好きということにして、でも二人っきりは恥ずかしいから助けてといえば里香ちゃんも動くと思うんです!」


「ちなみにさ」


「はい」


「赤音さんは、どうしてあいつのことを気になるようになったの」


 彼女には悪いけど、このとき俺は彼女のことをあまり信用していなかった。

 いままであいつをダシにして近づいてきた女性が居なかったわけじゃない。あいつを傷付ける手助けなんてまっぴらごめんだ。


「実は、入学式の少し前に里香ちゃん電車のなかで痴漢にあったらしいんです、そのとき、黒岩くんが助けてくれて! しかも何て言って助けてくれたと思います?」


「さぁ」


 どうせ、


「さっきから俺の尻をさわってたのはお前か! って、痴漢の腕を取ったんです!」


 やっぱりか。

 痴漢に会った女性のなかには、周囲にバレたくないと思う人も居るよ、と妹さんに聞いてからあいつは必ずさっきの台詞を言うようになった。

 そのせいで痴漢共々あいつまで周囲から変な目で見られたり、駅員さんに嘘をつくなと怒られたりするようになっても、あいつは助け方を変えようとしない。

「痴漢なんて最悪な目に会ったのに、さらに恥ずかしい目に会わせるなんてそんな真似出来るわけがないだろう!!」

 そう言ってあの馬鹿は笑う。


「そのまま次の駅で痴漢と一緒に降りたらしくて、里香ちゃんお礼が言えなかったみたいなんです。そしたらまさかのクラスメート! これはもう運命だと思うんです!」


 ここまで言う彼女が嘘をついているとは思いたくなかったし、それに、いい加減諦める良い機会だと思ったわけで、


「そういうことなら、俺も力になるよ」


 俺は偽装デートを行うことにした。



 ※※※



 それからはあいつの姉さんと妹さんに協力を頼んだり色々と仕込みはした。まさかゲーセンで絡まれるなんて漫画みたいなことが起こるとは思わなかったけど、そのおかげで目の前の二人が居るわけなんだから良かったのだろう。


 そう。

 良かったんだ。


 これでようやくあいつは報われる。赤音さんは間違いなく良い人だし、これから怒らせることは多々あるだろうけど、それでも仲良くやっていくと思う。


 良かったんだ。


「良かったですね」


 俺が心のなかで言い聞かせるように繰り返していた言葉を、彼女が口にする。

 その言い方に、よせば良いのに言葉がこぼれ落ちた。


「本当にそう思ってる?」


 しまった。

 思ったときにはもう遅い。さっきまで親友の恋愛に喜んでいた彼女が表情だけはそのままに俺を見上げてくる。

 本当に人形のような瞳で。


「どうして。そんなこと言うんですか?」


「……」


「どうして。そんなこと言うんですか?」


「なんとなく」


「なんとなく?」


「同じかなって」


「……」


「……」


「……」


「……」


 可愛らしいと評される笑顔のままで、彼女はまた二人を見守り始める。


「同性の親友って、微妙ですよね」


「……」


「一番だけど、一番になれないんですよね」


「そうだね」


「でも、自分より里香ちゃんが笑っているほうが良いと思うんです。……本当ですよ?」


「うん。分かるよ」


 痛いほど。


「羨ましいな……」


「そう思うのが普通なんじゃないかな」


「……随分とカッコ付けた言い方するんですね」


「どこぞの馬鹿が俺のことをカッコ良いとか言ってくるから」


 期待に応えるのも大変なんだといつかあいつに言ってやる日が来るのだろうか。来ないかな。来ないだろうな、なんといっても恥ずかしい。俺が。


「そうだ、白石くん。一つ提案があるんですが」


「なに」


 そういう彼女は、学校では見たことのないような、


「私のことを二番目に好きになってくれませんか」


「見返りは?」


「白石くんのことを二番目に好きになります」


「似たもの同士だから?」


「それもありますし、カムフラージュの意味もあります。なにより」


「向こうが別れた時に動きやすい」


「はい」


 なんとも眩しい笑顔を浮かべてくれる。


「随分打算的なんだね」


「周囲の期待に応えているのは白石くんの専売特許ではありませんので! で、どうでしょうか?」


 なんとなく。

 彼女は嘘を言っていない。けれど、そのくせあいつらが喧嘩したときは誰よりも仲裁するんじゃないだろうか。そんな風に思えたわけで、

 あいつにこんな後ろめたいことをしていることを知られたらと思う反面で、女性に初めて興味を覚えたというのも事実だったので。


「面白そうだね」


「この世の春が来ましたね!」


 末永く宜しくお願いします、と。

 共犯者に俺は握手を求めるのであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

だぶるでーと @chauchau

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ