第17話


「どういうこと?」


 俺の答えに赤音は怪訝そうな顔をする。確かに、いまのでは不十分だったか。


「あそこで喧嘩したとしても間違いなく勝てない。俺はそこまで強くないしな」


 うん、と赤音は黙って俺の話を聞いていてくれている。


「仮に勝てたとしてもあそこで手を出すわけにはいかないだろう?」


「……どうして」


「大事になるからだ。あんなところで喧嘩をすれば大事になって間違いなく学校へ伝わる。そうなったらどうなるかは分かるだろう?」


「……停学」


 俺が言いたいことを理解してくれたのか、赤音の表情が変わってくる。これだけで理解してくれるなんてやはり赤音も頭が良くて助かる。


「さすがにそこまではならないとは思うが部活停止ぐらいは普通だろうな。そうしたら、次の大会に出れなくなるじゃないか」


「……なるほ」


「赤音が」


「え?」


「うん?」


「あたし、が? あんたじゃなくて?」


「その場に居た以上、連帯責任になる可能性は高いからな」


「いや! そうじゃなくて、あたしが出れなくなることが問題なの? あんたが、じゃなくて?」


「あぁ」


 そんなことか。と思ってしまった。

 なるほど、普通はそう思うのか。また一つ勉強になった。


「俺は……、走れればそれで幸せだからな。もちろん大会には出たいし、大会は大会で楽しいと思う。だけど、楽しいなんだよ、俺にとっての大会は。でも、赤音は違うだろう?」


「どうして、そう思うの?」


「練習を見ていればなんとなく分かる」


 真剣にやっているとかいないとかの話ではなく、陸上に何を求めているのか。何を目指して走るのか。

 勝ちたい。

 そう強く望んでいる人たちは、なんとなくだけど分かる……気がする。

 そんな人たちは、なんだろうな。かっこいいと思うし邪魔しちゃいけないと思う。


「だから、あんな所で邪魔するわけにはいかないだろう? 確かに、赤音の言う通りもっとかっこいい助け方はあるんだろうけど、それは違うと思った。だから、あれだ。悔しくなんかないぞ」


「……」


「ありがとうな!」


「どうして感謝するのさ」


「俺が馬鹿にされたことを怒ってくれたからだな!」


「馬鹿にされたくせに気にしていないあんたを怒ったのよ」


「それでもだ。それでも、俺は嬉しかった。だから、ありがとう」


「…………、はぁ」


 ため息をこぼす赤音の顔は、諦めたような観念したかのような、すっきりしたかのような。色んな感情がごちゃ混ぜになっているようだった。


「……ありがとうね」


「うん?」


「助けてくれて、あと、ひどいこと言ってごめん」


「気にするな、それとどういたしましてだ!」


「それと、ありがとう」


「……うん?」


 最後のはなんだ? 何に対するありがとうだ? ……あれか! 一緒に思いっきり走ったことに


「走ったことじゃないから」


「……そうか」


 違ったか……。


「少しだけなに考えているのか読めるようになったのが微妙……、そうじゃなくて、あー、あんたはどうせ覚えてないだろうけど」


「もしかして入学式の三日ぐらい前のことか?」


「!?」


「あったなぁ、そういえばそんなことも」


「ちょ、ちょっと待ちなさいよ! え? 覚えて、ていうかあの時のあれがあたしだってあんた分かってたの!?」


「さすがにあの時は分からなかったが、同じクラスになったときには分かってたな」


「言いなさいよ!?」


「嫌なことをわざわざ思い出させるような真似出来ないだろう」


「あたしは、あんたが分かってないと、だからずっと何て言えばっ! あぁ、もう!!」


 赤音はうわぁぁ、と綺麗な髪をかきむしり始めてしまった。

 う、ううん……。


「な、なんか悪かった……な?」


「あんたは相手に気を使いすぎなのよ! 助けてくれたんだからそれで近づこうとかないわけ!!」


「そんな卑怯な真似出来るか、男らしくない」


「……もう良い…………」


 今度はがっくりと疲れさせてしまった。良くわからんが、なんというか、あまり良くない感じか? た、助けてくれ健斗……!


「と、にかく二人のところへ戻らないか? もう少しだけ我慢してくれたらデートは終わる。あの二人はかなり良い感じだからもう偽装デートで赤音が嫌な目に会うこともなくなるし」


 その嫌な目というのが俺とのデートであることが少し、いや、かなり悲しいが。


「……じゃない」


「うん?」


「別に、あんたとのデートが嫌なわけじゃないし……」


「え」


「あ、あんたが言うならまた、その、デート、しても、その、良い……し」


「健斗とか?」


「あんたとよ!!」


「もッ! ……もう一回、言ってもらえない、……かな」


 逸る気持ちを押し殺し、間違いがあってはいけないと、再度確認してみれば、


「だ、だから!」


 あの時以上に顔を真っ赤に染めて、


「う、うん……!」


 俺に、この俺に、


「あんたと、デートしてもよいと言ってるのッ!」


 必死で叫んでくれた。


「………………こ」


「こ?」




「この世の春が来たァァァ!!」



 ――END

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