第16話


 走って行ってしまった赤音を追いかけるため、二人を残して俺も公園の中を全力で走り出す。

 この公園は城の跡を活用しており無駄に広大な広さが自慢な場所だ。加えて赤音が駅の方に行っていないので必ず追い詰めてみせ……、みせ……。


 ……。

 ……。……。

 ……。……。……。


 速いなッ!?


 元々あった差が一向に縮まらない。

 ……くッ! さすがは中学の時に全国大会に出ていただけはあるな! どうする、どうする俺! 赤音が向かう方向に目星をつけてショートカットするという手段もあるにはあるが……。

 きっと、きっと健斗ならそうするだろう。それがきっと上手な生き方なんだと思う。


 だから。


「うぉぉぉっしゃぁああああ!!」


 俺は先を走るギアを上げた。


 人は俺を馬鹿だと言うだろうな。

 でも、違うよな。違うよな、健斗!

 お前が。誰よりもすごいお前が俺のことをすごいと言ってくれた。なら、ここで生き方を変えるなんてかっこ悪い以外のなんでもないよな、健斗!

 笑われてやる! もしかしたら赤音にだって今以上に嫌われてしまうかもしれない! もっと良い方法がいくらでもあるんだろう。それでも、お前が俺のことをすごいと言ってくれるなら。

 なによりも、

 自分の生き方貫くのが男ってもんだからな! 決まったァ!!



 ※※※



「うぉぉぉおぉぉぉぉおおぉぉぉぉおぉおおおぉおおお!!」


 前を見ろ!

 腕を振れ!

 足を出せ!


 走ると決めてしまえば、これ以上に簡単なことはない。ゴールに向かってただ前へ前へと向かうんだ!

 県大会で準優勝だった俺と、全国大会にまで出場した赤音では速さに違いがあるのは当然だ。それがどうした! やると決めたらやる! それだけだ!


 それにしても……。

 ああッ! やはり走るのは気持ちが良い!!

 自分より速い相手と走る時が最高に気持ち良い!! 飛んでいく風景が、通り過ぎていく風の音が、目の前を走る相手の背中が、全部が全部俺の限界を少しだけ持ち上げる。

 もう駄目だと思ったその先の光景を見ることが出来ることがなにより幸せで、なにより嬉しくて、やっぱりなにより楽しいんだ!

 ああ! ああ! 走るのは気持ちが良い!!


 見ろ!

 少し、ほんの少しだ! それでもさっきまであった差が縮んでいる!

 見ろ! 見ろ! 見てみろ! やって出来ないことなんか!


「ないんだぁぁあああああ!!」


 スピードが遅くなってきた赤音へ、遂に俺は追いついて、

 そのまま


「ええッ!?」


 後ろで驚く赤音の声。

 どうだ! 追いついたぞ、赤音! ああ、楽しいな! 速い相手と走るのは楽し、……あれ? なにか違わないか?


「そこは普通捕まえるとかじゃないの!?」


「おおッ!」


 そうだ。そもそもそのために走り出したんだった!!

 急ブレーキをかけて彼女の方へと振り向けば、膝に手をついてぜぇぜぇと呼吸している赤音の姿。

 確か、赤音は短距離がメインだったはず。そう思うと、むしろよくこの距離をあの速さで走り続けることが出来たものだ。さすがは赤音だ!

 ちなみに俺は中距離が好きなんだが、顧問にはよくその無駄にある体力を武器に長距離に変われと言われる。しかし、出来ればこのままの方が好きなんだがなぁ……。


「もぉ……、いや、ほんと、なによ、あんた、は……」


 疲れ果てた彼女は、そのまま芝生の上に寝転がる。

 うん! やはりこういうことが出来る女性が良いと俺は思う! 清楚な女性が悪いわけじゃないんだ! だが、一緒に汗を流し、そして自然に身を任せることが出来るような女性が俺にとっては一番魅力的に思えるな!


「すまん。走っていたら楽しすぎて目的を忘れてしまっていた」


「い、意味わかんない……」


「それにしてもやはり赤音はすごいな! 速いことは知っていたがあれほどまでとは思わなかったぞ! 体力の問題で俺が勝つ事は勝ったが、短距離なら話にならんだろうな!」


「…………」


「勿論速さだけじゃない。走っているフォームもまた良いな。いや、そういう意味ではないぞ、……、ないこともないか。綺麗だと思ったし、見惚れもしたが、そういう意味を一旦横に置いておいて、陸上をやる人間として赤音の走り方は見ているだけでも勉強になるところが」


「なにしに追いかけてきたのさ!」


「……おお」


 しまった、またやってしまった。

 どうにも目の前のことに集中してしまう癖が抜けないな……。


「……悔しくなかったの」


「うん? ああ、そのことだな。悔しいかと聞かれたら、悔しくはないな」


「あんたって、あたしのこと、す、好きなんじゃないの」


「おう、好きだぞ」


「ッ! だから、そんな瞬間で返されても……」


「とはいえ、安心しろ。今日の目的は分かっているつもりだ。俺のことは二の次、いや、三の次だな」


 あまり好意を俺のように素直に言うのは普通ではないことぐらいは理解している。中学二年の頃にな!

 だが、隠すようなことでもないだろうと俺は思っている。それで困らせてしまう事があるのは分かるが……。自分に嘘をつくわけにもいかないしな。


「じゃ、じゃあ! あの時もっと格好良く助けてみようと思わなかったわけ!? ポイント稼ぐわけじゃないけどさ!」


「ないな」


「どうして! そのせいで馬鹿にされたんだよ!」


「そのことで赤音が怒ってくれていることが何より嬉しいな。ああ、すまん、えと、どうして思わないかと言うとな」


 赤音と少し距離を取って、俺も芝生の上に座り込む。

 ああ、風が気持ち良いな。


「あそこで手を出しても俺の目的が達成しないと思ったからだな」

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