第15話


 トイレに行った赤音が戻ってこなかった。

 心配になって見に行った青木も帰って来ず、聞こえてきたのは赤音の叫び声。慌てて向かえば、ガラの悪い五人の男達に囲まれた彼女たちの姿。


 勝てるわけがない。

 二人と男達の間に割って入った俺に、男達はゲラゲラと馬鹿にしたように笑ってくる。

 喧嘩慣れしていない。格闘技だって習っていない。ただ走るのが好きなだけ、体力だけはあるだけの俺が一対五の喧嘩で勝てるわけがない。


 だが、それでも。

 彼女たちを守るため。


 俺は、


 全力で、


 目の前の男に


「は?」


「え?」


「うぎゃぁ!?」


「うわぁ……」


 固まる赤音と青木の声に、抱きつかれた男の悲鳴。そしてドン引きするその他四人の男達の声。

 それら全部を無視して、俺は、


「本「何す、」当に悪かった! 俺の友人がお「おぃ!」前たちにぶつかったんだな! 本当に悪い! 痛くは「人の話をッ」なかったか! 怪我はないか! なさそうだな、それはとても良かった! 確「まだ俺はなにも!」かにぶつかったこちらが悪いが、見ての通りこのゲーム「いや……」センターは暗くてそして狭い! なによりこのトイレ前というのは死角「あのッ」になっている分余計に危険であることは見てとれると俺は思う! 勿論お前達にも言い分はあるだろうが、それ「なら聞け、てか離ッ」でも許してはくれないだろうか、俺たちは同じゲームセンターで遊ぶ同士じゃないか「違うけど!?」! ゲームセンターはゲームセンターらしくみんな楽しく遊んだほうが良いに決ま「だから!」っているからな! そうは思わないか、そうか俺もそう思うぞ!!「聞けよぉぉお!」」


 一気にまくし立てる。

 抱きつかれた男が何か言っているようであるが、それすら封殺する勢いでまくし立て、そして。


「いや待て。もしかしたらぶつかったらのは別の男か。つまり、お前か! それはすまなかったこの通りだ!!」


「ええぇええ!? く、来るなァ!?」


 次のえも、謝罪相手へと抱きつくためにタックルを行う。

 逃げようとするも、これだけ狭いゲームセンター内ですばやく動けるわけがなく、可哀想に二人目も捕まってしまった。うん、やっている俺が言うことではないが、男二抱きつかれるとか気持ち悪い以外の何者でもないな。


 最初に俺が抱きついた男は、身体に残る感触に身もだえしており、二人目の男は助けて助けてと泣き叫んでいる。

 そして残された三人は、逃げれば良いのか。それとも仲間を助けるべきかと固まっている。好都合だ。


「もしかして、お前だったかァァ!」


「ひぃぃぃいい!!」

「来るな! 来るな気持ち悪い!!」

「ンだ、てめえホモか!?」


 一連の騒動は、健斗がゲームセンターの従業員を連れてきてくれるまで続くことになった。

 てっきり喧嘩でも起こっているのかと慌ててやってきた従業員は、泣きながら彼の背中に隠れる五人の男達に困惑を隠せない様であったが、こちらが彼らにぶつかってしまった。だが、誠心誠意謝ったら許してくれた。もう俺たちは友だちだ。な! と言う俺の言葉に壊れたようにコクコク頷く男達に、従業員も、そうですか。としか言うことが出来なかった。

 彼には悪いが大事にしたいわけではないので、これで納得してほしい。



 ※※※



「何なの、あの方法」


「姉さんに聞いてな。相手が多いときの対処法その八だ」


「残りの七つが気にな、いや、いいから、説明しなくて良いから」


 大事にならなかったとはいえ、さすがにあのままゲームセンターに残れるわけがなかったため俺たち四人は待ち合わせ場所だった公園に戻ってきていた。


「ですが、おかげで助かりました! 白石くんも人を呼んできてくださってありがとうございます!」


「俺は何も」


「いや! 青木の言う通りだ! さすがは健斗だな! すごいだろう、青木。こいつはこんなに機転が利くんだ」


「はい!」


「飛び込んでいけるお前の方がすごいと思うけどね」


「お前が誰かを呼んできてくれると信じていたから飛び込んだだけだ。言ってしまえば打算だな」


「打算? は? お前が? え? ……うん? 舐めてんの?」


「そこまで言うことないだろう……」


「あははッ」


 良かった。

 青木は笑ってくれている。結果としては無事だったとはいえ、怖い思いをしたのは間違いないからな。いま少しでも笑ってくれるなら良いことだ。

 幸い、俺と健斗の会話は端から聞いていると可笑しいとよく言われる。健斗は笑いのセンスもあるということだな!!


 で。

 問題は……。


「…………」


「里香ちゃん、大丈夫?」


 赤音のほうだ。

 ……確かに、助け方としてはかっこ悪いにもほどがある方法だったからな……。幻滅されても仕方ない。というか、ホモ扱いまでされたからな、俺。


 ということで黙っているなら良いんだが、もしも怖くてだった場合は問題がある。確かめてみるべきか。


「なあ、あか」


 ――パシッ


 伸ばした手は、払われた。


「もうちょっと格好良く助けてくれても良かったんじゃないの!!」


 ああ、なるほど。


「里香ちゃん! 黒岩くんは必死に助けてくれたのに!」


 やはり前者の方か。

 それなら、まあ、良かったか。


「そ、うだけど! そうだけど! でも、だって馬鹿にされてたじゃん! 少しくらい言い返しても……! 悔しくないの!!」


 やはり赤音は良い奴だ。

 怒っているのも、助け方がかっこ悪いからではなく、そのせいで俺が悪く言われたことに腹を立てている。

 悔しくないかと言われれば、俺の目的は果たせたわけだし、こうやって赤音が怒ってくれている。……うん、別に悔しくはないな。

 だが、これをそのまま正直に言えばいくら俺でも怒られるのは分かる。さて、どうやって伝えれば良いか……。


「~~~~ッ! もう知らない!」


 しまった!?

 考えているうちに赤音が走っていってしま……ッ!


「ど、どうしよう……!」


「追いかけたら良いんじゃね?」


「そ、そうか! そうだな! すまない、健斗! 青木!」


「黒岩くん! がんばって!!」


 青木の声援を背中に受けて、すでに小さくなりつつある赤音を追いかけた。

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