第11話


「お口に合ったかしら」


 店の主人であるミサさんが、食後のお茶を持ってきてくれた。

 普段の俺では縁の無い可愛らしいカップからは湯気とともに心落ち着く香りが漂ってくる。

 これはおそらく……。


「アールグレイだな!」


「ジャスミンティーじゃね?」


「黒岩くん残念。正解はそっちの子の言うとおりジャスミンティーよ」


「そうか……」


 恥ずかしい!!


「お前普段水かスポーツドリンクしか飲まないのに無理するから」


 確かに、健斗の言う通り俺は普段紅茶を飲まない。というより、水が身体に良いと聞いてから脱水症状対策のスポーツドリンク以外は水を飲むようにしている。

 そんな俺が知っている知識をフル活用してもやはり無駄だということだろう。しかし、少しはかっこつけたいと思ってしまったことは仕方ないではないだろうか。いや! 待てよ……? しまった……! ミサさんの質問に答えてないじゃないか! なんて失礼なことをしてしまっているんだ俺は!!


「めちゃくちゃオムレツが美味しかったです!」


「え? ……ああッ、それは良かったわ」


「あんたね……、少しは会話の流れってのを感じなさいよ」


「あはは、駄目! 私、結構ツボに……!」


「まだまだこいつの真の力はこんなもんじゃないよ、青木さん」


「やめ、ッ! 白石くんやめて……!」


 ……!!

 青木が急に腹を抱えて笑い出したのはよく分からないが、あの健斗が! 基本俺と話す時以外あまり笑わないあの健斗が楽しそうに、しかも女子と自分から話しかけている!!

 すごい、すごいぞ青木……! 正直、最初に聞いたときは美男美女だな程度にしか思っておらず、なんて健斗は羨ましいんだと嫉妬もしたが、本当に健斗の心を射止めるんじゃないだろうか!!

 今すぐにでも健斗を頼むと言いたい! 俺の大好きで頼りがいのあってぶっきらぼうに見えて実は誰よりも優しい大事な親友を宜しく頼むと言いたい……!! が!! 今ここで頼むわけにはいかない。ここで俺がそんなことを言えば、二人の間がギクシャクしてしまう可能性がむしろ高い!

 我慢だ! 我慢だぞ、俺!!


「どうしてあんた、そんな注射される子どもみたいな顔しているのさ」


「耐える時だからだ、赤音」


「うん。聞いても余計に分からなくなるだけだったわ」


「ね? まだまだいくでしょ?」


「~~~~ッ」


 笑いすぎて青木がついには泣き出してしまった。

 どうしてだ……。



 ※※※



「それで? このあとカップルさんたちはどこにデートに行くのかしら」


「ミサさん、だからその、別にデートという、あの」


「デートです!!」


「あんたは……ッ!」


 相変わらず面と向かって他人にデートと言われると恥ずかしがってしまう赤音の子どもを遮る。許せ。


「このあと公園を少しだけ歩いて、そしたらゲームセンターに行く予定なんです」


 赤音が口をあわあわさせている間に、青木がミサさんの質問に答える。


 そういえば、実際にしゃべってみて分かったが小さく可愛いお人形というイメージをずっと彼女には持っていたのだが、むしろ快活なほうなのかもしれない。


 ……健斗は、クールとよく言われるがあれで勉強より身体を動かすことのほうが好きだ。勿論勉強も得意ではあるが。部活が休みの時は、俺と一緒に山へ行ったり、海へ行ったり、ゲーセンへ行ったりとアウトドアな趣味を持っている。

 そういう点では、二人は合うのではないだろうか。うんうん。良いぞ、これは良い。

 問題があるとすれば、美男。それも美青年なほうの健斗は一見すると喧嘩が弱そうに見えるということかもしれない。

 漫画ではよくカップルに不良が絡むことがある、漫画と現実は違うかもしれないが、絡まれでもしたら大変だ。勿論健斗がその辺の不良に負けるとは思ってはいないが、それと怪我をしないというのは別問題。

 俺がいつも一緒に居るわけにもいかないし、そもそも俺自身がそこそこ筋肉がついているとはいえ、巨男というわけでもない。うぅむ……。


「やはりジムに通うしかないか」


「ちょっと白石」


「赤音さんには悪いけど、俺もこいつの考えの全部が分かるわけじゃないから」


「それにしてもダブルデートかぁ……、良いなぁ……、青春だなぁ……、若いって良いなぁ……」


「ミサさんも十分若いと思いますけど?」


「ふふ……加奈子ちゃん、あなたもいまの私と同い年になったらこの意味が分かるわよ……」


「?」


 急に遠い目をするミサさんだが、これはあれだ。時々姉さんがする瞳に似ている気がする。こういうときは下手な言葉は逆効果となるんだ。何度も何度も失敗しては怒られて学習した。


「それじゃあ、みんなデートを楽しんでね……」


 肩をがっくり落としながらミサさんは調理場へと戻っていってしまった。


「それじゃ、支払い済ませて出よっか。一人900円ね」


「分かっ、だいぶ安いな」


 赤音が言う金額に驚いてしまった。こういうところの飯なので最低でも千円を超え、下手すれば二千円も見えてくるのを覚悟していたんだが。


「それもあってここがオススメなんですよ!」


 ふふん。と胸を張る青木がとても可愛らしかった。

 はッ! 健斗! ここだ! いまここで可愛いと言うんだ!!


「なに?」


 俺の必死の視線は健斗には届かなかった……。

 無念……。

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