第10話


「旨い! 旨いな、この卵焼き!!」


「スパニッシュオムレツな」


「そう、それ!」


 青木のオススメで、俺たちは全員本日のランチプレートを注文したんだが、このスパなんとかがめちゃくちゃ旨い!


「これは店で出せるレベルだ!」


「うん、だから出しているんじゃないかな」


「なるほど……!」


「あはは、黒岩くんって面白いですね」


「ただ馬鹿なだけだろ」


「もぉ、里香ちゃん? そんなこと言ったら駄目でしょ?」


 うん? よく分からないが、どうやら受けているらしい。これは良い傾向だ! なにせ俺が笑われるということは、それに突っ込む健斗の賢さが際立つということだからな!

 ……、何度も経験したので痛いほど分かっている…………。


 はッ! いかんいかん! 落ち込んでいる場合ではない!

 赤音の機嫌が悪いのは、やはりさっき無理やりダブルデートと言ってしまったからだろうか……。謝りたいが、ここで言うのもなんだし、なにより否定してしまえば健斗たちの仲を深めることの邪魔になりかねない。ここはあとでこっそり謝るしかないだろうな、うん!


「裕也じゃないけど、確かにここ美味しいね。特に、このドレッシングが好きかな」


「本当ですかッ」


「お、え、うん」


 ぐまぐまと熊のように(とよく言われる)食べていく俺とは違って、優雅に食べていく健斗の姿は絵画のように完成されている。あいつは気付いていないだろうが、さっきから若い女性がこっそり健斗のことを盗み見していたりもする。羨ましい!!


 そんな健斗が言った言葉に、珍しいほど勢いよく青木が反応した。おお、これは。あれだな!


「青木さんも、このドレッシング好きなんだ」


「そうなんです! ここのドレッシングはミサさんの自家製で! もぅ、ほんといつも欲しい欲しいとお願いしているほどなんですよ!」


「はは、まあ確かにこれだけ美味しいと欲しくもなるかもね」


 さすがは健斗!

 ドレッシングは本当に偶然あいつの好みの味だったというだけだろうが、それでもそこから話を繋げていくとは! 共通の趣味、嗜好があると恋は発展すると色んな本にも書いていたしな!! むぅ……、さすがは健斗、やるな……!

 はッ、いかん。俺も頑張らなければ! メインは健斗たちのデートであり、こっちは仮とはいえ仲が悪そうでは空気が駄目になってしまう!


「赤音はどうだ! 赤音も、このスパ……、スペ?」


「スパニッシュオムレツ。……難しいならオムレツで良いんじゃない?」


「そうか! オムレツは好きか?」


「うん、まあ、……、元々卵料理は好きだし」


「おお! 俺も卵は好きだ! 中学の頃は身体つくりのためにいつも自分で用意して食べていたぐらいだ!」


「……へえ、意外。あんた料理できるんだ」


「いや? 出来ないぞ」


「え? じゃあ、用意って」


「生卵をジョッキに割ってそのまま飲んでいた」


「ぶッ」


 赤音が口を付けていた紅茶を少し吹き零す。これはいかん!


「さあ、これを使え。安心しろ、洗濯してある」


「あ、ありが……、こういうときってさ、普通ハンカチじゃないの?」


「吸水性はばっちりだぞ!」


 あくまでも紳士らしく振舞うのがベストだからな! 慌てることなくかばんから厚手のタオルを取り出した俺。うん、我ながらなかなか良い行動なんじゃないだろうか。


「そ、そうだね……、てか、その生卵なの?」


「ああ、最初はきつかったが慣れればむしろクセになる味だったな」


「無茶苦茶というか、漫画みたいなことするんだね、本当にあんた……」


 なぜだろう? 呆れられた気がするが……。いや、しかし重かった空気は取り除けた気がするぞ! うん!

 しかし、そうか……。赤音も卵が好きなのか。いや、卵が好きな人は結構多いからそれでなんだという話かもしれないが、それでも同じものが好きというのはやはり嬉しいな!

 それに……、悲しい話だがこういう会話すら今まで俺は女子とほとんどしたことがなかったんだ。浮かれるな、健斗のために、と分かってはいるものの。それでもどうしても嬉しくなってしまうのは、


「許せ、健斗!!」


「え? ああ、うん、良いんじゃない」


「ありがとう!!」


 さすがは、健斗! なんて心が広いんだ!


「黒岩ってさ、時々こういうのあるけど、……何なの、これ」


「自分の中で感情が高まっちゃっているみたい。俺たちからすると話が飛んでるけど、一応こいつのなかでは繋がっているらしいよ」


「へ、へえ……」


「いきなり言われるとびっくりしますけど、面白い人ではありますね」


「うん、退屈……しないね」


 うん?

 健斗たちが俺を見ているような気がするが……? まったく! なにをしているんだ、健斗は! 俺ではなく青木を見ていれば良いというのに。待てよ? もしかして会話が続かなくて困っているのか? やれやれ、確かにいくらモテるとはいえ実際にデートはあいつも初めてだからな。ここは俺が助けてやるしかないようだ! 世話のかかる親友だ! 決まったァ!


「あ、別に会話に困っているとかじゃないからな」


「……お。そ、そうか」


 違ったらしい……。

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