第9話


「本格的に大丈夫か、お前」


らんろららなんとかな……」


 呆れ声の健斗と二人並んで歩けば、道行く人が振り返っては俺の顔を二度見する。イケメンだからな! と言いたいところだが、残念ながらそれは健斗であり、俺が注目を浴びているのは単にまるでアニメのように顔が腫れ上がっているからなだけだ。

 怒って先に行ってしまった赤音を追いかけて、さきほどのどこが駄目だったのか詳しく聞こうとしたのだが、思わずまた彼女のことを褒めてしまいこのざまだ。


ふはんはすまんな……、あほひほひっほにはふははほひへ青木と一緒になる邪魔をして


「別に良いよ。向こうもいきなり二人で歩いたら緊張するだろうし」


 くッ! さすがはモテる男……! こんなさらっと気遣いが出来るとは実に憎く、そしてカッコ良い……!


「白石くん! 黒岩くん!」


 少し前を赤音と一緒に歩いてはずの青木がこちらへ近づいてくる。赤音は距離を縮めようとはしないが、しきりに俺の顔を気にしている様子なのが分かる。この怪我は彼女を怒らせた俺の失態であり、何も気にすることはないのだが、なんだかんだで気にしてしまうほど、彼女は優しい。


「もう少し歩いたところに小さな洋食屋さんがあるんですが、お昼はそこで大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だよ」


おえおひひほ俺も良いぞ


「良かった! ……それと、黒岩くんは……あの、本当に大丈夫ですか?」


 青木は俺と比べると頭一つ分は小さい。そのため、自然と上目遣いになるのだが。うん、やはり可愛い……!

 はッ! いかんいかん!! いくら青木が魅力的であるとはいえ、更には振りとはいえ、今俺は赤音とデートをしているんだぞ! 他の女性に気を取られるなどあってはいけない!!


「ふんッ!! んがぁォア!?」


「いやいや……、どうしてその状態で自分の頬を叩くのかな、お前は」


「黒岩くん!?」


「ぁ、荒療治……だ!」


「荒療治すぎませんか……?」


「確かに言葉は戻ったけどね」


「ちょッ!? 黒岩! あんた何しているのさッ!!」


 あれだけ怒らせてしまっていたというのに、俺の行動を見た赤音が心配して駆け寄って来てくれた。……ああ、どうしてだろうか。

 振りでも良いと思っていたこのデートが、なぜか彼女の魅力的なところを見るたびに辛いものに感じてしまう。いや、理由は分かっているんだが。……それ以上を望むのは駄目だろうな。


「俺は本当に馬鹿だな……」


「そうだね」


「しみじみ言っている場合じゃないでしょうが!!」


「え、ええと……」


 きっと、こういうところなんだろう。

 あれだけ健斗のために恋のキューピット役を徹底すると言っておきながら、蓋を開ければ自分のことばかりでフラフラしてしまっている。こんな男らしくない俺がモテないのは当然なのかもしれないな……。


 だが。


 俺の不甲斐なさで健斗まで巻き込むわけにはいかない。きっと今日一日で俺はまだまだフラフラするだろう。それでも、必ず健斗の恋は応援してみせる!!


「任せろ、健斗!!」


「何をだよ!」


「ああ、うん。任せるよ」


「黒岩が何を言っているのか、分かったの!?」


「さあ?」


「それで任せて大丈夫なのですか?」


「うん。さ、はやくそのお店に行こうよ」


 こういうのを雨降って地固まると言うのだろうか。赤音の怒りもどこかへ行ってしまったようで、今度こそ仲良く四人で青木が言う洋食屋へと向かうことが出来た。





「ここです!」


「へえ、こんなところにこんな店あったんだ」


 くるっとターンを決めた青木が、小さな腕をめいいっぱい広げて自信満々にお店を紹介する。

 健斗の言うとおり、俺もこんなところに洋食屋があるなんて知らなかった。というより、看板が出ているからお店であることは間違いないのだが、どちらかといえば普通の民家に近い見た目であり、知っている人と一緒でなければ入ろうと思うのになかなかハードルが高いお店だ。


「私も偶然で知ったんですけど、とっても可愛くて美味しいんですよ!」


「加奈子と一緒にあたしもよく来るけど、うん、味は保証するよ」


「ふぅん……」


「それはとても楽しみだな!!」


 健斗と遊ぶときは、適当なチェーン店かラーメン屋ばかり行くので、こういう店はドキドキするぞ!

 勝手知ったるとばかりに、扉を開けて入っていく青木のあとを俺たち三人もついていく。


「ミサさーん!」


「こんにちはー」


「はーい、いらっしゃーい」


 ミサさん? と、俺の頭の上にクエスチョンマークが浮かび上がる前に、奥から一人の女性が顔を出す。

 エプロン姿の女性は、とても優しそうな雰囲気を醸し出す年上のお姉さんであった。


「あらあら、加奈子ちゃんと里香ちゃんじゃない。また来てくれ、あれ? 男の子と一緒なんて珍しいわね、デート?」


 デート!!

 やはり傍から見たら今の俺たちはデート中の男女というわけか!! 嬉しい……! なんて嬉しい響きなんだ!!


「うん!」


「へぇ……、加奈子ちゃんも里香ちゃんもやるのねぇ」


「ぁ、いや、えと、あ、あたしは……その……ッ」


 む、いかん。赤音がデートを否定しようとしている。その気持ちは分かる、上で少しばかし悲しいが、ここで否定してしまえば健斗たちにも悪影響が!


「初めまして!! 赤音さんとデートさせて頂いております黒岩裕也と申します!!」


「ちょッ!」


「あらぁ……、あなたが里香ちゃんのデート相手なのね。ということは、彼が加奈子ちゃんの相手なのね、良いわねぇ、ダブルデート」


「はい! ダブルデートです!!」


「元気良いわねぇ、それじゃあ奥のテーブルへどうぞ」


 赤音はまた顔を真っ赤にしてしまっていたが、どうにかデートを否定させることを阻止することが出来たようだ。

 よしよし、これで他の人からも健斗と青木がデートしていると認識させることが出来た! これは良い一歩になるはずだ!!

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