第5話


 どうやら俺が先行して話を進めていることが駄目だったらしい。赤音に怒られている間にチャイムが鳴ってしまったので、結局赤音の友達が誰か聞くことが出来なかった。

 早く聞きたいところだが、さっきのこともあったので向こうから話しかけてくるまでは待とうと思う! 同じ失敗は繰り返さないように試行錯誤出来るのが成長というものらしいからな!


「いつものことだけど、よく食べるね」


「むしろ健斗が食べなすぎだと思うぞ!」


 本日二つ目の弁当2.3限の間に一つ目をぐまぐまと食べていく。健斗の弁当は俺だけじゃなく他の男子生徒の弁当からしても小さい。昔からこいつはあんまり食べないんだよなぁ……。


「今日はどっち?」


「妹だ! 卵焼き食うか?」


 どうせ遠慮してくるので、返事を聞くまえに健斗の弁当に妹手製の卵焼きを放り込む。うちは母さんが朝が弱いらしく昔から弁当となると姉か妹が作ってくれている。恥ずかしいことに俺は料理が下手くそだから二人には感謝してもしきれないな!


「あーッ! 食った食ったッ! よし、健斗! 走り込み行くか!」


「行かないよ、食べてすぐに走れるわけないじゃん」


「そうか……」


「気にしないから行ってきたら?」


「そうか! じゃあ、行ってくる!!」


 うぅん……、まさか俺が本当は走り込みにいきたいということに気付くとは……! さすがはモテる男は気が利く! いや、感心している場合ではないな! 俺も健斗のこういうところを真似させてもらわなければならない。全ては、そう! モテるために!!

 そのためにまずは走り込みだな!!






「うぉぉぉぉぉおおおぉおおぉぉお!!」


 ああッ! やはり走るのは気持ちが良い!! 確かに元々はスポーツ少女と接点を持つために始めた運動だが、今となっては俺のなかの立派な生活の一部だ。

 身体が飛んでいく感覚、耳を通り過ぎていく風の音、なによりほんのわずかでしかないが縮まっていくタイム。努力が目に見えて形となっていくことがなにより楽しい!

 これを健斗に言うと楽しそうに笑うんだが、何が面白いのかよく分からん。


「さて、もう一本!」


「あ、やっと見つけた!!」


「ん?」


 おおッ! 赤音だ! 見つけた……ということは、そうか! やっとあの友達のことを話してくれるんだな! ……いや、もしかして俺を探していたのか。それは悪いことをした、まずは謝ッ、違う!?


「待てッ!! そこを動くな、赤音!!」


「ッ!?」


 俺がいきなり大声を出してしまい、赤音はびっくりしている。非常に申し訳がないがこれは譲れないことだ。


「少しだけ待っていてくれ!!」


「な、なにかあッ!? ~~~~ッ! なんで急に脱ぐッ!?」


 上着を脱ぎ捨てた俺は、近くの水道を思いっきり捻り汗をたっぷり吸い込んだ服を洗い、自分の身体にも水をぶっかける。持参したタオルで身体を拭いたあと、制汗スプレーを全身にまぶす。

 さっきまでめちゃくちゃ汗をかいていたからな! 勿論、汗が汚いなんて俺は思っていない。汗は頑張った証拠だ! だが、それとこれは話が別。付き合ってもいない男の汗なんて女性からしたら気持ち悪く臭いだけのものだ! こういうエチケットを大事にしないとモテないことを俺は学んでいるんだ! 中学二年生の頃に!!


「悪かったな! もう大丈夫だ!!」


「あ、ああ……、なんかズレてるんだよなぁ……」


「うん?」


「こっちの話。でさ、例の件だけど」


「おう! 探させてしまったみたいで悪いな! つい走りたくなって走っていた!」


「あー……、まあこの天気だもんね、気持ちは、うん分かるよ」


 おお! さすがは赤音! 同じ陸上部としてこの気持ちを共有出来るとは! やはり好きだ!! ……いやいや、落ち着け、落ち着くんだ俺。いつも勢い任せに告白して失敗しているじゃないか。健斗にも何度それで怒られたと思っているんだ。

 それに今は俺の恋よりも健斗の恋だ。親友としてあいつの恋に協力すると決めたのに自分に現を抜かすなんてことがあっていいわけがない!!


「最低だ俺は!!」


「い、いや! そこまで探してないから大丈夫だよ!?」


「良いんだ! それより、赤音の友達について教えてくれ!」


「うん……。えと、名前くらいは知っていると思うけど、隣のクラスの青木加奈子あおきかなこなんだ」


「…………」


「あたしもまだそこまで詳しくないんだけど、なんでも受験の時に……って、大丈夫か?」


「…………」


「おーい? 聞いてる?」


「…………青木、だと」


「え? う、うん青木……加奈子」


 どさり、と俺は膝から崩れ落ちた。ズボンが汚れてしまうとか気にしている場合ではない。


「おぃッ! 大丈夫、」


「馬鹿なァァァァァア!!」


「!?」


 青木加奈子と言えば入学してわずか一か月の間に、うちの高校の彼女にしたい子ランキング第一位に昇り詰めた子ではないか!! 母親がフランス人らしく、小さくゆるふわなその見た目が守ってあげたい系女子として男子からの莫大な指示を得ながらも、誰にも優しく明るい性格のため女子からさえも人気があると言われており、実際あの子だったら私目覚めても良いかな、と新しい自分に気付いた女子も数知れないとまで言われているあの青木加奈子だとォォォ!!

 すでに二桁を優に超えている生徒からほぼ毎日のように告白されていても誰とも交際することはなく、誰か好きな人が居るのではないかとは言われていたが、それが……ッ! それが健斗だと言うのかッ!! ぐぅッ!!


「すまない健斗ぉ! 羨ましいと思っている! 本当に、心の底から羨ましいと思って! くそぉぉ、くそォォォォ!!」


 分かっている! 分かっているさ! 健斗が良いやつだってことも。見た目だけじゃない、あいつは中身も完璧なんだ! 俺とはまったく違う! あいつがモテることは当たり前だし納得だって出来る!

 それでも! それでも……!! どうして俺はこんなにモテないのに!! そう思ってしまう気持ちをどうしても消せない……!! なんて俺は小さいんだ!!


「……や、やっぱり加奈子に好かれるってその、羨ましい……の?」


「当たり前だろうッ!! 男として羨ましいと思わないほうがおかしい!!」


 だけど! やっぱりモテたいんだ!! もう好きになった子に気持ち悪いとかありえないとか臭いとか暑苦しいとか言われるのは嫌なんだ!!

 健斗みたいにスマートになれば良いのは分かっているが、どうしても出来なかった! なら、せめて自分の魅力を必死に磨けば健斗みたいに万人にはモテなくても誰かひとりは、ひとりぐらいは俺を好きになってくれる子がいると信じて必死にやってきたけど、やっぱり高校になっても俺はこうなのか……!!

 くそォォ、くそォォォォォ!!


「うぉぉぉぉ!! ………………よォォォっし!!」


「なに!? なにがよし!?」


「いや、悪いな取り乱して。もう大丈夫だ、話を進めよう」


「え、ええ……?」


「羨ましいと思うのは本音だが、これで健斗が幸せになれるなら嬉しいという気持ちも本当だからな。中途半端に悔しがるよりいまここで思いっきり悔しがったほうがすっきりして行動出来る!」


 それでもまだ心の中に思うことはあるが、これは健斗に言うべきものだ。待っていろ、健斗!!


「あー……、もし、かしてあんたも加奈子のこと好き、だったの?」


「そういうわけじゃないが、青木のように可愛い女子に好かれて迷惑なやつはいないと思う」


「仮に、仮にだけどあんたが告白されてたら?」


「喜んで付き合う!!」


 秒で返事するぞ!!


「…………そ、っか。なら、振りとはいえデート相手があたしでごめんね?」


「うん? いや、見た目だけの話で言うなら俺は青木より赤音のほうが好きだぞ」


「へっ」


「それに中身もか。青木とは話したことないから憶測だけど、あまり運動しているイメージがないからな。赤音は陸上部で話も合う。そういう意味なら俺個人は赤音のほうが好きだ」


 だが、それと青木のような可愛い子に告白されたら嬉しいかとかそういうことは話が別だ! 節操ないといえばそうかもしれないが、男はそういうものだろう!!


「へ、へぇ……、そう、なんだ」


「さあ、そんなことより早速デートの打ち合わせをしようじゃないか! ……とはいえ、部活のない日になるか。青木の放課後の予定は分かるか?」


 赤音の顔が妙に紅くなっていたことが少し気になったが、ひとまずは青木と健斗の恋を成就させるために俺たちは作戦を練るのであった!

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