冬 言いたい事は言えない話

 道行く人が着る上着と同じ様に、外吹く風もその色を変えてきた――今は十二月。

 週末恒例となっているこの市内散策も、ただ目的も無く歩くだけでは凍えてしまう季節がやってきていた。

 日に日に寒さが強くなるにつれ、どうせ何も見つかりっこない不思議探索などはこの際止めて、部室か誰かの部屋でのんびりゲームでもしていればいいんじゃないかと俺はかなり本気で思っているのだが、

「みんな~いい? 今日こそ宇宙人を見つけてくるのよ! ノルマは一人宇宙人を一人、未来人でも超能力者でもいいからね!」

 肌の潤いを奪っていく秋風以上に、ハルヒの声が俺の心を乾燥させていった。

 人で溢れる駅前で高らかに妄言を叫んでいるハルヒには、状況の変化に合わせて行動内容を改める等といった考えは、そもそも存在すらしていないらしい。

  ついでに言えば羞恥心も持ち合わせていないな。

 それでもまあ、物は試し、百聞は一見に如かず。

「なあ、ハルヒ」

「え、何。もう宇宙人見つけたの?」

 いや、今日はまだ一人しか見てない。

「活動内容についてなんだが……その、今日は特に寒いから不思議探索は止めて、何処かあったかい場所でのんびりしないか?」

 それまで笑顔だったハルヒの顔が固定し、

「ふーん、ちなみに場所は何処?」

 声色はそのままに、威圧感を添えてハルヒは聞いてきた。

 具体的に場所までは考えてなかったが、まあ、あれだ。

「あー……長門の部屋、とか」

 咄嗟に長門の名前を出してしまった理由としては、単純に距離の問題と、急な来客でも受け入れてくれそうだって事が理由だったんだが

「却下」

 左右の眉を再接近させる勢いで顔を顰め、ハルヒは俺の提案を漢字二文字で否定した。

 それと、怒り心頭のハルヒの後ろに見えた古泉が冷や汗をかいていた様な気がする。

「キョン……あんた神聖にして不可侵なるSOS団の活動を何だと思ってるわけ」

 可能性は殆ど存在しない物を週一で探すこの活動はいったい何なのか、ふむ。

 ポケットから外に出した途端、外気に熱を奪われ始めた指先を顎にあてて考える事、数秒。

「宝くじみたいなもんか」

 ほら、確か週に一度当選発表の奴があっただろ。

 俺の回答に対し、ハルヒは額の皺をあっさりと消失させると

「まあ大体そんな所ね。二十五点」

 一人でうんうんと頷いていて、後ろにいる古泉はほっとした様に見えた。

「発行枚数だけ見たら誰も当たってない様な気がする宝くじだって、毎回ちゃ~んと当選者は出てるのよ。つまり! あたしの運を持ってすれば、そろそろ宇宙人か未来人辺りは見つかるはずよね!」

 ――そもそも、俺達と同じ様に不思議探索なんてしてる奴なんて居ないんだから、この場合で言えば一枚だけ買った宝くじで一等を当てる確率の方が正しいんじゃないだろうか。

 とまあ、そんな反論を適当に飲み込んでいると

「あんた……さっき、有希の部屋でのんびりしたいとか言ってたわね」

 ハルヒは俺に不審気な視線を向けつつ、その場に居た宇宙人の手を引いて街の中へと消えて行った。

 おめでとう、ハルヒ。出発と同時にノルマ達成だな。

 結果、その場に残された俺と朝比奈さん。その他一名によって、本日の不思議探索は実施される事になったようだ。

 もしこれが朝比奈さんと二人っきりだったのであれば……何の目的も無い散策ですら、俺にとっては至福の時間に様変わりするのは間違いないし言うまでもない。古泉に頼み込めば、その望みを叶えてくれる可能性は結構あるとは思う。

 だが、この超能力者に妙な借りを作ってしまう事への抵抗感と、

「……あの、どうかしましたか?」

 いえ、何でもないです。

 この愛らしいお方と二人っきりになりたいと自己主張するってのは、やはりというかハードルが高すぎる。

 色々な思いを飲み込みつつ

「さて、今日は素晴らしい一日になりそうだな」

「そう言って戴けると光栄ですね」

 ……ふぅ。

 古泉。

「はい」

 お前、皮肉って概念は知ってるか?

「辞書の中で見た事なら」

 どうやら、超能力者には凍てつく視線は効果が無いらしいな。誰か暇な奴が居たらに攻略サイトにでも追加しておいてくれ。

 ま、ともかく何処かへ行くとするか。

 このまま朝比奈さんを北風と駅前をうろつく見知らぬ男共の視線に晒し続けるのは耐え難い。

 ……とはいえ、こう寒くてはハルヒに呼び出されなければ部屋で昼過ぎまで寝ているに違いない俺に行きたい場所があるはずも無く

「朝比奈さん」

「はいっ何ですか?」

 今日も御綺麗ですね、もこもことしたコートがお似合いですよ、抱きしめたいなぁ!

 ――じゃなくて。

「どこか、行きたい場所とかありますか」

 俺はさり気なく古泉を視界から外しつつ、その場に居た天使に質問してみた。

 彼女は何かを思案するように小首を傾げて見せた後、

「……えっと、あの。特には」

 あらら、そうですか。

 あたしのお家に行きませんか? とか、俺の部屋に行きたいです、とか提案してくださるのを少ーしだけ期待していました。妄想ですが。

 となると、古泉。

「はい」

「一応聞くが、お前は行きたい場所ってあるか」

 ちなみに聞くだけだ。

「これといって特には」

 ……だと思ったよ。

 ハルヒのストレス解消に関わる以外で、お前が何かを提案した所なんて見た事も無いからな。

 寒空の下では、溜息と一緒に逃げていく体温すら惜しい――この三人は自主性が乏しいという事を再確認した後、俺達は目的も無く駅前から歩き始めた。

 

 

 何となく先頭を歩く形になっていた俺の足が向かったのは、駅前から程近い例の公園だった。

 春には桜で満開になり人口密度が跳ね上がるこの公園も、今は凍てつく様な寒さのせいで無人の空間と化している。

 寒さを凌ぐ場所も見当たらないし、何で俺はこんな所へ来てしまったんだろう。

 そんな物寂しい公園の中をのんびりと歩いていくと……あ、あれは確か。

 ふと俺が足を止めたのは、公園の中程に等間隔で設置されたベンチの一つ。

「確か、ここでしたよね」

 うろ覚えな記憶でそう尋ねた俺に、

「はい! あ、その……ここでした」

 俺と同じベンチを見つめている朝比奈さんは、嬉しそうに何度も頷いている。 可愛い。

 ――結局、朝比奈さんと二人っきりでこの公園を歩いたのもあれっきりですね……はぁ。

 肩が触れて初々しく恥ずかしがっていたあのお姿を、もう一度だけでも拝みたいものだ。

「ここで何かがあったんですか?」

 脳内で回想シーンに浸っていた俺の意識を、無遠慮な超能力者の声が引き戻した。

 まあな。前に……って待て。喋ってしまう前に確認しておくべきだよな。

 あの時の話って、古泉に話しても大丈夫ですか?

 そんな意味を篭めた俺の視線に対して、朝比奈さんは愛らしい笑顔を暫くの間返してくれていたのだが、十数秒程過ぎた所でこちらの意図に気づいたらしくこくこくと可愛らしく肯いていらっしゃる。

 ただ歩くのも疲れてきた所だし、周りにも誰も居ない、休憩ついでに話してやるとするか。

 俺はあの日と同じ様にベンチに座り、自分の右側に朝比奈さん、左側に古泉が座るのを見届けてから口を開いた。

 ――それは、ハルヒの思いつきによって始まった市内の不思議探索、その記念すべき第一回の時の事である。

 俺とペアになった朝比奈さんは、この公園で自分が未来人であるという事を俺に打ち明けてくれたんだ。

 その意味は未だに理解できてはいないのだが、朝比奈さんが未来人であるという事については何の疑いも持ってはいない。

 ソースは朝比奈さんの可愛さである、一部の隙間ない、完璧だな。

 あの時に朝比奈さんが教えてくれた未来的理論は、残念ながら俺には暗記も説明もできる内容ではなかった為、

「――つまり、朝比奈さんはこの殺伐とした灰色の世の中というキャンバスに描かれた、ビーナスの誕生的な存在だって事だ」

 俺なりの言葉で、大体の所はあの日朝比奈さんから聞いた通りの内容を話してやった。

 もちろん、恥ずかしそうに俯く朝比奈さんのお姿を視界の端に収める事も忘れちゃいない。

「なるほど、大変よく解りました」

 満足げに肯く古泉は、今日もイエスマンだっ

「ですが……一つ、聞いてもいいでしょうか?」

 ――あれ? 違った。

 いやまあ、別に質問は構わないが。

「俺には今話した以上に詳しく説明はできんぞ。解らない事があったんなら、直接朝比奈さんに聞いたらどうだ」

「いえ、僕が聞きたいのは朝比奈さんが未来から来ている事についてではありません」

 ……じゃあ何だよ。

 今の会話の流れで他に質問があるってのか?

「貴方についての事です」

「は」

 俺? 何で。

「これは機関の一員としてではなく、個人的にお聞きしたい事なんですが……」

 そこまで言った所で、古泉は口を閉ざして俺から視線を外した。

「朝比奈さん、すみませんが少しの間彼と二人きりでお話させてもらえませんか?」

 古泉が移動させた視線の先、そこで静かに座っていた朝比奈さんは突然の提案に

「わかりました。あの、少しこの辺を歩いてきますね」

 何の抵抗も無く古泉の要求を受け入れ、小さく会釈をして去っていってしまった。

 あ、え? あの、朝比奈さん?

 いきなりの事に慌てる俺に一度も振り返る事なく、朝比奈さんは公園の奥へと消えて行ってしまった……後に残されたのは、ベンチに僅かに残った朝比奈さんの温もりと、多分営業スマイルを崩していない超能力者だけ。

「古泉、これでお前の質問がどうでもいい事だったら……俺は久しぶりに怒るかもしれん」

 ふつふつと湧き上がる怒りに、今ばかりは寒さも感じない。

 さっきまで天使が居たベンチを見つつ、俺はかなり本気でそう言い切った。 

「では真剣にお尋ねします……単刀直入に言いましょう。貴方の、思い人は誰なんですか?」

 ……は?

 意味不明な質問に振り向くと、そこにはそれなりに真剣な顔で俺を見る古泉が居た。

 冗談で言ってる訳じゃないらしいが……俺の、思い人だと?

「……随分とまた古い言い回しだな」

 昭和の発想だろ、それ。

「他の言い方が思いつかなかったもので」

 まあ意味は通じてるからいいが、

「っていうか、さっきの朝比奈さんの話とお前のその質問に何の関連性があるんだ」

 丸っきり関係ないだろ、これ。

「それについては、質問の返答によっては後でお答えします」

 いや、先に言えよ。

 何に使うつもりなのかしらないアンケートとか普通書かないだろうが。

 そんな俺の突っ込みを気にする様子も無く、古泉は俺の返答をじっと待っている。

 ええい、忌々しい。

「……質問に質問で返すが、そんな相手が居る居ない以前の問題として……お前は俺が好きな相手が誰なのかを聞いてどうするつもりなんだ」

「SOS団の中にはあれだけ綺麗な女性が揃っているんですよ? その中の誰に興味があるのかという話題は、この年代の男子にはありがちだと思いますが」

「嘘付け」

 お前が目的も無く、こんなどうでもいい話題を振ってくる様な奴には見えないね。

 半眼で否定する俺に、

「……詳しくはまだ言えませんが、恋に悩む友人を応援してあげたいんです」

 お~い、古泉。俺がいつ、恋に悩んでるなんて言った?

 お前の脳内では俺はどんな設定になってるんだよ。

「まあそう仰らずに。そうですね、ここはあえて僕から指定したほうが話し易いかもしれませんし……ずばり、長門さんではありませんか?」

 なあ、人の話は聞いた方がいいと思うぞ。

「儚さを感じさせる容貌が魅力的なだけではなく、性格も寡黙で平凡がいいと常におっしゃっている貴方の好みに一致しているかと」

「お前が何を思ってそんな事に興味があるのかは知らんが、ノーコメントだ」

「では……涼宮さんはどうでしょう?」

 だから、人の話を聞けよ?

「彼女の行動的な部分は貴方の悩みの種かもしれませんが、それでも彼女を傍で見守り続けている理由。そこに、恋愛的な感情が無いとは言いきれない。違いますか?」

 駄目だこいつ、早く何とかしないと。 

 溜息と一緒に首を振る俺に顔を寄せ、

「涼宮さんでもないとなると……朝比奈さん、ですか?」 

 それまでの2人とは違った妙に意味深な声で、俺にそう問いかけるのだった。

 古泉から離れるようにベンチの端へと逃げていた俺を、古泉は余裕気な顔で見つめている。

「朝比奈さんだと?」

「ええ、そうです」

 古泉は断言するように肯き、

「普段のあなたの朝比奈さんへの態度を見てもそうですが、先程の貴方のお話を聞いていても思ったんです。貴方が、朝比奈さんへと向ける視線は他のお二人へと向けるそれとは何かが違うのだと。それが恋愛感情による物なのか……その点については推測の域を出ませんが、何らかの特別な感情は持っているのではないか。僕にはそう思えるんです」

 芝居がかった口調でそう言い切るのだった。

 誰か、何でもいいからこいつの口に詰め込んでやってくれ。季節的に栗とかウニとかがいいな、もちろんイガはそのままで。

「お前、そんな与太話をする為に、わざわざ朝比奈さんに席を外して貰ったのか」

「はい」

 罪悪感、無し。

 とびっきりの無邪気な笑顔がそこにあった、ここまで殴りたい笑顔は初めて見たぜ。

「……そうか、お前も例のモノクロ空間の対処とやらで壊れちまったのか」

 気持ちは解らなくもないぜ? ちなみに解ってやる気は微塵も無い。

 俺の可哀想な物を見る視線すら気にする事無く、古泉は俺の返答をじっと待っている。

 いや、待たれても困るだけなんだが。

「あのな、古泉」

「はい」

 お前が俺に聞きたい事は解った、一応な。

「確認するぞ。つまりお前は、客観的に見て美人と呼ぶに相応しい女子が揃ったSOS団で、俺がどんなタイプが好きなのかを聞きたい」

 そうなんだな?

「ええ、その通りです」

 そうかい。じゃあ一応確認しておくが、

「……ここで俺がハルヒと言わないと、お前の職場としては都合が悪いんじゃないのか?」

 以前から露骨にハルヒの気持ちに気付けだの言ってたじゃないか。

「機関としましてはそうなりますね。ですが、これはあくまで個人的な質問ですから気になさらないで構いませんよ」

 個人的な質問ねぇ……。

 ――今日に限って妙にしつこい古泉に辟易とする俺なのだが、別にこんな質問には適当に答えてしまえばいいのでは? と、俺も思わないでもないんだ。古泉に人の心を読む力でも無ければ、俺の言葉が本当かどうかなんて事までは解らないだろうからな。

 しかし、だ。

「……」

 こうして俺に変わらぬ笑顔を見せ続ける古泉にも、やはり俺には言えない事や言うべきではないと思っている事の一つや二つはあるのだろう。

 そしてそれは、そのまま俺にも当てはまる事でもある。

 何となく目を閉じ、

「古泉」

「はい」

 ……ふぅ。

 何時に無く重い溜息が漏れた後、俺は目を開けて遠くを見ながら口を開いた。

「今から俺は独り言を言う、いいって言うまでお前は黙って肯いてろ。いいな?」

 朱に交われば赤くなるって奴だろうか、まるで某非公認部活動の団長の様な横暴極まりない前置きをした後、俺は古泉の返事を待たないまま話し始めた。

「ある所に宇宙人が居た。そいつはこの地球に来てから日も浅いせいなのか、人付き合いが下手で、見るからに回りから浮いてしまった行動を取ってしまう困った奴だった。そんな宇宙人はやがて、色んな奴と出会い……少しずつだが、人間らしい行動をするようになっている、様な気がする」

 俺の一人語りを、古泉は意外そうな顔で見守っている。

「そんな宇宙人には……とある一人の平凡な男の言う言葉に対し、割と素直に従う癖があるんだ。その男もその事にはなんとなく気付いてはいるんだが、宇宙人が自分の言葉を真面目に聞いてくれるのには、理由があるんじゃないかって思っている」

 続きを促すように肯く古泉を見た後、俺は話を続けた。

「その理由は、所謂刷り込み現象って奴だ。宇宙人が最初に親しくなった相手、それだけの理由でそいつは慕われてるんじゃないかって……まあ、本当の所は解らないけどな」

 ついでに、俺は自分に対する気持ちが刷り込みであって欲しくないと思っていて……それを確かめるのが怖いだけなのかもしれないが。

 普段、窓際に座る寡黙な少女の姿を思い浮かべた後、俺はまた口を開いた。

「またある所には、未来から来た天使が居た。その天使は人には言えない役目があり、その役目を勤める中で……ふとしたきっかけで、一人の平凡な男と知り合いになった。その男は天使の美しさに一目で心奪われたんだが、天使には帰る未来があり過去の世界での恋愛は色々とまずいらしいという事を聞かされた」

 そう、ちょうどあの辺を歩いてる時だったかな。

 かつて俺が朝比奈さんと二人で歩いた道であり、ついさっき朝比奈さんが去っていってしまった方へと視線を向けてみたが、そこに彼女の姿は見つからない。

「それ以前の問題として、俺みたいな容姿の男に告白された所で、ごめんなさいの返事は確定してる以上、困らせるだけになるってのは目に見えてるのは解ってるぞ」

 俺にだって、それ位の常識はある。

 朝比奈さんの任務がいつまでなのかは知らないが、まだ暫くは一緒にいなくちゃいけないんだろうし……あの人を苦しませる様な結果だけはごめんだ。

 さて、ここまでは古泉も予想できていた内容なんだろうな。

 人間観察が趣味なんじゃないかってくらい人を見ている古泉だ、それくらい予想されていても驚きはしない。

 実際、俺の言葉をじっと聞いている古泉の顔にはすでに驚きは無い。

 ……だが、多分お前は見えてないんじゃないか?

 回りを誰よりも見ているから、見えていない部分が出来るのかもしれない。

「……最後に、だ。自称超能力者と、何やら妙な力を持ってるらしい知り合いについて話してやろうと思う。超能力者については省略した方がいいか?」

 一応そう聞いてみる俺の目を、古泉はじっと見つめている。

 そうか、それなら話してやるよ――正直気乗りはしないんだけどな。

「その妙な力を持ってる知り合いってのと超能力者には、人には言えない関係がある。その関係は片思いではないんだが一方的な関係だ。超能力者は自分の力について、知り合いには秘密にしている。超能力者については以上だ」

 他に語るべき事は無い。

「問題はその知り合いの方だ。そいつはこの世の不思議を広く求めるなんて事を堂々と公言出来る様な奴で、普通じゃない奴であれば男だろうが女だろうが何でもいいらしい」

 そこで一旦言葉を止めて俺が古泉の顔を見た時、古泉は同意する様に肯いて見せた。

 結果としてますます俺の気は重くなったんだが……ここで止める訳にはいかないんだろう。

 一旦逸らせてみた視界には誰の姿も映らず、相変わらず無人の公園が広がっている。何処まで行ってしまったのか、朝比奈さんのお姿も見えない。

 都合よく話を中断させてくれそうな人影も見当たらないとなると、どうやら諦めるしかない様だ。

「で、だ。その知り合いってのはだ。偶然知り合いになった平凡な男に対して……もしかしたら、好意的な物を持ってるのかもしれん。鈍感って事には定評のある平凡な男にだってそれくらいの事は感じる事もあるんだ」

 でもな……古泉、これが全て事実でハルヒの本音だとするなら……。

「さて古泉、ここで一つ問題だ」

 俺は人差し指を立てて、古泉の前に立てて見せた。

「さっき、俺はその知り合いが好きなタイプを何と言った? ――もう喋っていいぞ」

「えっ? 彼女の好きなタイプ、ですか?」

 ああ。

「……何より、普通でない事が重要といった内容だったと思います」

 まあ、そんなとこだな。

 聞こえのいい部分だけうまく拾ってる所がお前らしいよ。

「じゃあ、もう一つ思い出せ。俺は超能力者とその知り合いの関係を何だと言った?」

 質問して数秒の間を置いた後、立てていた指を古泉の顔を隠す様に鼻先へと傾けてやった。

 そうする間に、俺が暗に言いたい事がなんなのか古泉も気付いたんだろうな。

 ――そう、あいつが望んでいる条件を満たしているのに、それを伝えられないでいる存在。

 もし古泉があの灰色の空間にハルヒの奴を連れて行ったら、間違いなくあいつは大喜びするはずだ。俺があいつと例の世界に閉じ込められた時の反応を見る限り、それは間違いない。

 そして、そんな不思議な力を持っている奴に、ハルヒが興味を示さないはずも無い。

 力なく指を降ろすと、そこには困った顔の古泉がいた。

 お前は、自分の力の事をハルヒには言わないでいる。

 でも、俺はその事を知ってしまっている。

 言えない理由があるのかもしれない、それこそ機関って奴の考え方なのかもしれないな。もっと単純に、ハルヒには見えなかったり、見せられないといった事情があるのかもしれん。

 ここまでなら、別に俺が気にする話ではないんだ。

 だが古泉。

 お前は、お前自身は……ハルヒの事をどう思っているんだ?

 ――かつて、俺がハルヒと二人っきりの世界に閉じ込められた時、大人の朝比奈さんや長門

は俺に元の世界に戻るヒントをくれた。

『白雪姫って知ってますか?』

>sleeping beauty

 そこから導き出した答えによって、俺は今こうして元の世界で生活していられる。

 でもな、古泉。お前は何も言わなかったんだ。

 世界を破滅の危機から救う為に日々奮闘しているはずのお前が、朝比奈さんや長門からの伝言を伝えるだけで、あの世界から出る手段については何も言わなかった。

 ハルヒが俺に惚れているだの、アダムとイヴだのとからかうだけでな……。

 あの時のお前は赤い光の姿だったから、俺にはお前がどんな顔をしていたのか解らない。

 もしかして……あの時お前は、世界よりも自分の気持ちを優先させていたんじゃないのか?

 俺はずっと思っていたその疑問を口にしないまま、じっと古泉の顔を眺めていた。

「……」

 俺から視線を外そうとしない古泉は、果たして今何を考えているんだろうか。古泉の顔は俺には困っている様にしか見えないが、そこにどんな思いがあるのかは想像できない。

 自分の気持ちもよく解らないでいる俺には難しい問題だ。

 沈黙に耐え切れなくなった俺は、古泉から視線を逸らして雲ひとつ見えない秋空へと視線を逸らした。

 ――やれやれ、変な空気になっちまったな。

 せっかくの秋晴れだってのに、何で俺はよりによってこいつ相手に二人っきりでこんな話をしなきゃならないんだ……。

 吸い込まれそうな空がこの解けない謎を吸い出してくれないかと眺めていると、遠くから誰かの足音が聞こえてきた。足音の方へと顔を向けて見ると、歩道の先からこちらへと戻ってきている朝比奈さんのお姿が見える。

 ……正直、助かりましたよ。

 可愛らしく手を振っている彼女に笑顔を作って手を振り替えしつつ、俺はベンチから立ち上がった。

「さて……と、お前からの質問だけどな」

「え?」

 お前、俺が誰を好きなのかを聞きたかったんだろ?

「……はい。ですが、それは」

 俺のくだらない独り言を延々と黙って聞いてたんだ、それくらいは答えてやるさ。

 わざと古泉の顔から視線を外した俺は、

「今の所、通俗的な呼び方で言う本命ってのは居ない。もしそんな相手が出来たなら、初めて親しくなった特権だろうが、未来的な事情や……偶然からの好意なんて事を気にするつもりはない」

 ついでに言っておくと、

「誰かさんによれば、恋愛感情なんてのは精神病の一種らしい。そんな病気にかかっちまったのなら、ただの高校生だろうが自称超能力者だろうが、思うままに行動していいんだって俺は思うぞ」

 そう俺が早口言い終えてからしばらく経った所で、朝比奈さんはベンチの前へと戻ってきた。

 おかげで俺は古泉の顔をまともには見ないで済んだ訳なんだが……さて、古泉は今どんな顔をしているんだろうな? 少しだけ気にならなくも無い。

 そんな俺と古泉の顔を見ながら、

「……あの、戻ってくるの早すぎましたか?」

 いえいえ、ちょうどいい所でした。

 心配そうにしていた朝比奈さんに手を振ってそう答えた。

 さて、と。演技が得意な古泉はいいとしてだ。

 あんな話の後で、普段通りに振舞う自信は俺には無い。すでに変な雰囲気が出てしまってるのか、朝比奈さんも落ち着かない様子だしな。

 朝比奈さんに席を譲るようにベンチから離れた俺は、

「喋りすぎで喉が渇いんで、ジュース買いに行って来ます」

 普段の口調を意識しつつ、朝比奈さんにそう伝えた。

「え? あ、じゃあわたしも」

 いえいえいえ、朝比奈さんは今散歩してきたばかりじゃないですか。

「すぐに戻りますから、朝比奈さんはここで待っててください」

 いいか、余計な事は言うなよ?

 そんなニュアンスを篭めた視線をベンチに座ったままの古泉に投げてから、公園の奥に見える自販機コーナーへと俺は歩き出した。

 ……まったく、俺らしくない事を言ってしまった気がする。

 

 

「いい? 秋だから人肌恋しくなるのは解るけど、SOS団の活動中にデートだなんていくら古泉君とみくるちゃんでも許されない事なの! ……っていうかキョンは何処に居るのよ? まさか一人でサボってるんじゃ――ひゃああああ!!」

 ベンチに座る二人を相手に延々と熱弁を振るっていたハルヒだったが、突然自分の頬に押し当てられたジュースの缶の冷たさの前には悲鳴を上げざるをえなかった様だ。

「ってキョン?! あんたいきなり何すんのよ?!」

 おお、真っ赤だ。特に頬が。

 振り向いたハルヒの顔は、わかりやすく怒っていた。

 ……ふむ、背後からの奇襲を許した事がそれ程悔しかったんだろうか。

「違うっ! 冷たい! 寒い! 冷たい! ああっもうっ!」

 いつもよりほんの少しだけ意味不明な言動を繰り返しつつ、ハルヒは自分の頬を指差しながら地面を踏みつけている。

 追撃するなら今しかないんだろうが、これ以上やると古泉の顔が引きつるかもしれんな。

 俺はハルヒをからかうチャンスを泣く泣く諦め、

「朝比奈さんも古泉も、歩き疲れたから休んでたんだよ。で、ジュースを買おうって事になったんだが、みんなで行ってもなんだから俺が買出しに行ってただけだ」

 ハルヒの頬に押し当てた冷たいコーラを古泉に向かって投げた後、ポケットの中に入れてあったあったかいアップルティーを俺はハルヒに渡してやった。

「あったかあぁ……い」

 安い奴だな。

 缶の温もりを頬で味わうハルヒに続き、

「はい、朝比奈さんも好きな方をどうぞ」

 俺は残っていたコーンポタージュとロイヤルミルクティーを朝比奈さんの前に差し出した。

「え? 選んでもいいんですか? ――じゃあ、これを」

 そう言って朝比奈さんがロイヤルミルクティーを受け取った所で、

「ちょっとキョン、それってどういう事よ」

 何故かハルヒからクレームが入った。

 つい数秒前はジュースを貰って喜んでたってのに、いくらなんでも機嫌の変わり方が早すぎないか? 上を見ろ、秋の空でももう少し大人しいぞ。

「何か問題でも?」

 まさか二本飲みたいとか言い出すんじゃないだろうな。

「あんた、どうしてみくるちゃんにだけジュースを選んでもらったのよ」

 はぁ?

 いやまあ、確かにそうだけどさ。

 未だに一言も口を開かない長門には、ハルヒの背後に忍び寄っている途中で暖かいアプリコットティーを先に渡してあるし、古泉にはコーラ、ハルヒにはアップルティーを俺は選んで渡した。

 結果として、朝比奈さんには残った二本から選んでもらったんだが……。

「何か問題でも」

 俺のコンポタが欲しい……んじゃないのか、ハルヒは朝比奈さんの持つロイヤルミルクティーを見つめていて

「……何で、みくるちゃんにだけ選ばせてあげたのよ」

 お前は小学生か。

 溜息の出る様なハルヒの苦情に、俺はうなだれながら頭を振った。

 ……まったく、誰が誰を好きだのと悩んでた俺達が馬鹿みたいだぜ。なあ、古泉。

 そこで視線を投げるのもどうかと思い、俺はただ視線を下げて首を振った。

「い、いいから答えなさいよ?」

 へいへい、解ったよ。

 別にどうでもいい事だと思うが、

「自販機でジュースを買ってる時お前と長門の姿が見えたから、お前達の分もついでに買ってきてやったんだよ」

 深く感謝しろ。

「そうじゃなくて? 何でみくるちゃんだけ特別なのかって聞いてるの!」

 おいおい、逆だ。

「え?」

 特別って言い方はどうかと思うが、

「お前の好きそうなジュースにだけ心当たりがあったから選んで買って、他の三人の趣味は覚えて無かったから、無難なのを選んで買って来たんだ」

 長門は何でも飲みそうだからポケットの一番上にあったのを渡しただけだし、古泉に冷たいコーラを投げて渡したのは単なる嫌がらせ……って言うまでもないか。

 理由を言ってしまえば何ともどうでもいい事であり、こうしてハルヒが顔を赤くして怒る理由など何処にもありはしない……って、あれ?

 俺の説明を聞いたハルヒは何故か俯いて沈黙していた。

 今の説明で解らなかったんだろうか。

「お前は普段、果汁100%のジュースが好きだって言ってるだろ。だから、暖かいジュースの中でなるべく果汁が多い奴を選んだんだよ」

 まあ、割合で言えば一割にも満たないんだけどな。

 ハルヒはまだ俯いたままでいる……あ、もしかして。

「アップルティーが苦手だったのか? それなら俺のと替えてやってもいいぞ」

 まだ開けてないし。

「ち、違う!」

 顔を上げて反論するハルヒの顔は、何故か真っ赤に染まっている。

「お、おいハルヒ?」

 大丈夫か?

「……うっうううるさい! 見るなっ!」

 慌てて顔を伏せてそう反論するハルヒだが、顔を隠そうとしている腕の隙間からはどう見ても平常ではない顔色が覗いている。

 もしかして風邪とかなのか? ……ったく、この寒空で出歩くからだ。

「寒気がするとかなら、上着貸してやろうか」

 返事を聞かずに上着を脱ぎ始めると、

「い、いいから! 本当に何でもないの!」

 お前はそう言うが、ますます顔は赤くなってるじゃないか。

 すでにアップルティーの缶より赤い顔のハルヒは、ついにはその場でしゃがんでしまった。

 ベンチが目の前にあるのに。

「だだ大丈夫ですか? お腹が痛いんですか?」

「いいのみくるちゃん、大丈夫だから心配しないで!」

 心配する朝比奈さんの声にも、ハルヒは顔を上げないまま手を振るだけ。

 何となく長門に視線を送ってみたが、黙々とアプリコットティーを飲んでいるだけで特に反応は無い。

 って事は緊急事態って訳じゃないのか。

 とりあえずは安心したものの……これからどうしたものかとハルヒを眺めていると、同じ様にしてハルヒを見ている古泉の顔が視界に入った。

 めずらしく俺の視線に気づいていないらしい古泉は、いつもの営業スマイルとは違う――妙に優しい顔でハルヒを見ている。

 何となく、そんな古泉の顔を見ているのは悪い気がして、俺はポケットに残っていたコンポタの缶を数回振ってから開け、暖かな液体を喉に流し込んだ。

 

 

 言いたい事は言えない話 〆

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