第2話 引き金を引く

珍しく椎名充(しいなみつき)の表情が暗いので成り行きを見守っている。


高校生の頃の俺は彼女にずっと背を向けていたし、卒業してから何年もの間会うこともなかったから、まさか社会人になってまた彼女に再会するとは夢にも思わなかった。


いつもはなんだかすごい勢いで話しかけてくるのに、今日は無気力な顔をしているから、月曜病だろうかと推測する。


高校時代の彼女に、俺は負のイメージしかなかったので、派遣社員として彼女がうちの支店に配属されたとき、内心穏やかではなかった。

俺の顔を目にした途端、はっと息を飲んだ顔をした彼女は、三上(みかみ)くんだよねと確認した。


「記憶にないかな?」


白を切ろうかとも思ったのだが、瞬時に高校時代の様々な場面が頭に浮かんでしまい、覚えていると思わず言ってしまった。

その日、椎名充と少しの間世間話をしたことは覚えているが、終わった頃にはげんなりしていたと思う。


「頭が混乱してるよ」

喫煙室で同期の清水にそうこぼすと、やつはそういう女はちゃんと突き放した方がいいぞと忠告してきた。


分かってると言いながらも、視線の先にいる椎名充を見つめながら、どうしたものかとため息を漏らした。





高校時代、三上蒼汰(そうた)が充を嫌がっているのは誰の目にも明らかだった。


友達同士の些細な賭けに負けて、彼が充を映画に誘ったのが始まりだった。

はしゃぐ充の隣で懐疑的な顔をした私に構うことなく、三上蒼汰は無遠慮にダルそうな様子で充と会う日を取り付けた。


「三上くんは私のことなんて無関心だと思ってた」

ウキウキしている充を横目に、頭の隅でそれならばまだいいけれど、と思った。


充の彼へのひたむきな気持ちは独り歩きして妙な方向へ行ってしまっていた。

三上も振り返れば常に視界に充が入るのでぎょっとしていた。


「断った方がいいんじゃない?」

それを聞くと充はいつになく戸惑った表情をした。


「どうして?今までの涙ぐましい努力が報われたのに」

その変てこりんな努力に、相手は困り果ててるけどねと思った。


「ねえ」

どうしたらそれほど一人の人を情熱的に想えるのだと聞いた。

「うーん、もともと私一点集中主義だからなぁ」

そう言う充を見ながら、たしかに、他には目もくれないというか、万人受けしようという気は全くなさそうだなと感じた。


短大を卒業した充は、定職に就くこともなく、三上へのアンテナを高くしつつも行き当たりばったりな生活をしていた。


三上の就職先を耳にしてからは、色々な手を打って彼に近づいていった。

まずは彼の就職先の傘下にある会社の派遣社員になり、現在部署は違うが同じ会社の違うフロアで働いている。


三上と再会を果たした日、充はもうお祭り騒ぎのような状態だった。

「詠美もそんな辛気臭い顔してないで飲みなよ~。今日は私のおごり!」

充はワインバーの椅子の背もたれに気持ちよさそうに寄りかかると、幸せそうに身をくねらせた。







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