第449話 美女神の公開大告白with夏休み中の草食通り越して絶食系七歳児

 これは私が思うよりずっと以前から拗れ始めてて、今に至って完全に絡まった感じなんだろう。

 糸を解こうと頑張って解したら、根元の部分で変な結び目が出来てたのに気づいたやつだ。

 元々ゴイルさんの中には自分の容姿に対する劣等感があって、それが美しい雪の女王様の傍にいるのに相応しくないって方向に膨れあがってしまったんだろう。

 それで自身の容姿を何とかしたいと考えてレクスの城に行ければ……って思いが、ゴイルさんの眼差しを切なくさせていたって落ちだ。

 つまり帰りたい訳じゃない。それどころかゴイルさんはキアーラ様の傍にいるための自信がほしくて、城を見ていただけなんだ。


「あの方はお優しい方だから、こんなに醜い私が傍にいる事を許してくださっているだけで、本当はもっと可愛いものをお傍に置かれたい筈なんです……」

「キアーラ様がそう仰ったんですか? もしくは可愛い物を愛でる傾向があるとか?」

「……美しい貴方に『お宝をあげる』と……」


 ぴくっと眉が上がる。

 正直に言えば、私は容姿の話とかが好きじゃない。何でかって言えば、私にもまだ克服できないコンプレックスがあるからだ。

 面の皮一枚の美しさなんか、私にとっては内面の醜さを隠すための道具に過ぎない。そんな物を羨ましがられたり、持て囃されたりするのは、私にとってはまだ治らない傷を抉る事でしかないんだ。

 噛み締め過ぎた奥歯が痛い。だけど、これはゴイルさんの抱えたコンプレックスとは問題が違う。

 どうにか腹の中で煮える物を飲み込んで、首を横に振った。


「それは私が夢幻の王を継いだ身の上だったからで、強いてもう一つ理由を付けるなら宝探しをしていた子どもだからですよ」

「そうだぞ! そもそも女王様はゴイルさんを城に帰らせようとしてたんだから、夢幻の王なら若様じゃなくても誰でもよかったんだ。偶々おれがお宝無いのか聞いたから、そういう言い回しになっただけだって。いくら若さまの顔が良くても、夢幻の王じゃなかったらお呼びじゃねぇって」


 奏くんの援護射撃に、レグルスくんや紡くんが頷く。


「そうですよ。面(ツラ)が良いだけの子どもなんかお呼びじゃねぇんですよ!」


 さらに私が畳みかければ、奏くんがからからと笑った。


「若さま、口が悪くなってるぞー」

「おおぅ、奏くんにつられたねー」

「おれのせいじゃないぞ。若さまわりと前から怒ると口悪いじゃん」


 知らないよ、そんなの。

 ぷいっと顔を背けると視界の端で、先生達がホッとしたような表情なのが見えた。容姿の事が私の逆鱗に近いのを、ロマノフ先生は知ってるし、ヴィクトルさんやラーラさんにも察せられている。

 明らかに一瞬ぴりついた雰囲気を、奏くんが混ぜ返してくれたのだ。レグルスくんも何か察したのか、私の手をそっと握ってくれてるし。

 修行も経験も足んないよ。

 まあでも、ゴイルさんの気持ちは完全にとは言わないけど、理解することは出来なくもない。

 見かけっていうのはそれだけ内面にも影響を及ぼすんだよ。だから頑張って可愛いを作ろうとするし、行いも仕草も美しくあろうとする。

 っていうか、この話キアーラ様聞いてるんじゃないかな?

 唐突に思いついて、私は顎を一撫でして口を開いた。


「解りました。ゴイルさんがそんな風に思うんだったら、レクスの城に一度戻られたらいいですよ。魔術人形の外見を作り変える術があるなら、そうしたらいいです。うん。外見を作り変えて新たな道を歩んだらいいんですよ。キアーラ様も作り変えた外見を気に入ってくださるかも知れないし」

「え? いいんですか?」

「良いんじゃないです? キアーラ様はそもそも貴方を自由にするおつもりだったんだし、貴方が外見を変えて戻って来たとしても、それはゴイルさんの自由なんだから。魔力が必要なら、融通しますよ」


 本人が変わりたいというなら、そうすればいい。自由にっていうのなら、そこに口出しするのはいかんだろう。

 そう言って頷くと、頭上から「何で!?」と女性の声が降って来た。やっぱり聞いてたな。

 ジト目になって上を見上げると、涙目のキアーラ様が浮かんでいた。


「だ、駄目よ! ゴイルさんはその姿がいいのに!」

「は? 本人がこの姿嫌だって言ってるのに?」

「私はありのままのゴイルさんが好きよ!」

「勝手だなぁ」


 呆れたように言えば、キアーラ様はぐっと言葉を詰まらせる。そんな私とキアーラ様のやり取りにゴイルさんは目を白黒させているけど、実際身勝手なのは本当の事だから私は動じない。


「キアーラさま、おはなしきいてたんですか?」

「え? あ、うん。気になっちゃって……」


 こてんと首を傾げるレグルスくんの素直な言葉に、キアーラ様は少し気まずげだ。

 自分で真意を確認できずに人に任せたのはいいけど、それも気になって盗み聞きしてたのがバレたんだから、そりゃ気まずかろう。

 まだるっこしい事はやめだ。一気に片付けよう。

 決めて、私はキアーラ様に視線を送った。


「聞いてらしたんなら、話は早いですよね。キアーラ様、ゴイルさんに自由になってほしいって仰ったのに、どうして外見を変えちゃ駄目なんです?」

「それは……だって……」

「だって?」

「そんなつもりで自由になってほしいって言ったんじゃないんだもの。私は故郷に帰りたいと思ってるんだって考えてたから!」

「そうじゃなかった訳ですけども?」


 あえて冷たく非難するような声を出せば、キアーラ様は両手の指先をつんつんと合わせて言い淀む。乙女チックな仕草で、ゴイルさんと私の間で視線をウロウロさせているけれど、そんなんで許す私じゃないんだよなぁ、これが。

 私の気性は姫君から教えられているようで、諦めたようにキアーラ様が大きく息を吐いた。


「ゴイルさんは目立たないように石膏に徹して、いつも町を見守ってくれる。マグメルを守って佇む貴方の姿は、とても町の風景に溶け込んでいるわ。変わらぬものなどない中で、貴方だけが変わらずにそこにあってくれると安心できる。千年ほどここにいるけれど、貴方が変わらずに傍にいてくれるから孤独じゃなかった。大きな嘴も羽も、この町を私と共に守るためにあるって思ってた」

「そんな、女王様……。勿体無いお言葉を!」

「貴方、私が『友達になって?』とお願いした時、『私で良ければずっとお傍に』って言ってくれた。でも貴方はここ数百年、気候が荒れる度に空を見上げてため息を吐いてた。憂いがあるなら話してくれると思ってたけど、でも何も言ってくれないし……」


 キアーラ様はそれで心配になったそうだ。

 曰く、優しいゴイルさんは、優しさ故に本音を自分に言えないのではないか、と。自分が「友達になって?」なんて言ったせいで、ゴイルさん同情心で傍にいてくれているのでは……なんて。

 生前キアーラ様は権力の中枢で、人の心を掌で転がすことも必要に応じてやって来た。その中で他者の好意につけ込むことも、それを利用することも平気でやって来たらしい。そのツケが回って、ゴイルさんの優しさが不安でならなかったそうだ。

 不安に拍車をかけたのは、最初のうちは聞けていたゴイルさんの心の声が、年月が経つにつれ聞こえなくなった。つまり本当にゴイルさんがキアーラ様にとって、どうあっても嫌われたくない相手になってしまったから。

 私を巻き込んだのは、百華公主様から人となりを聞いた上で、どう転んでもゴイルさんを悪く扱わないだろうという確信からだったとか。

 私は夏休みだって言ってんだろ⁉ 幼気な子どもを働かせるんじゃないよ‼

 さてトドメを刺そう。そうしよう。

 腕を組むと、私は顎を少し上げた。生意気に見えるだろうけど仕方ない。


「で、結局どうなんですか?」

「……」


 私の言葉にキアーラ様は答えずに、ただ指をもそもそと動かしつつ、助けを求めるようにゴイルさんをひたすら見てる。

 ゴイルさんがその視線に耐えかねて開こうとした口を、彼の肩をひっつかんで止めた。そしてにっこり笑って見せる。

 痴話話に巻き込んで来るのは、何処かの第一皇子だけで十分だっての。


「じゃあ、ゴイルさん、ご希望を叶えに行きましょうか?」

「ま、待って! 変わってしまっても、それがゴイルさんの望みならいいけど! いいけど、帰って来てくれる……?」


 キアーラ様は器用に、片方だけで涙を零した。

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