第448話 たかが面の皮一枚、されど面の皮一枚
前世の巨大な西洋の城や建物に、雨どいとしてそれは付けられていた。
悪魔的な容姿で、ゴシックな雰囲気を漂わせるその石像の名をガーゴイルという。
レグルスくんと奏くんに背中を擦られて泣いている像は、いかにもそんな感じだった。
「その姿は……ガーゴイルですか?」
ロマノフ先生の言葉に石膏像が首を上下させた。肯定。
ガーゴイルってのは、こっちでは動く石膏像な訳だ。
一人で納得して、ポケットに手を突っ込む。ハンカチがあった。
どうしたもんかと思いつつポケットからハンカチを取り出すと、レグルスくんがそれを受け取って石像の目を拭う。
いきなり触られた石像は驚いたように羽をばたつかせたけど、結局されるがままに涙を拭かれた。
「えぇっと、お話できます?」
「はい」
「あの、貴方がレクスの魔術人形でいいんですかね?」
「はい。レクスからは『ゴイルさん』と呼ばれていました」
私の言葉に石膏像が返す。
ガーゴイルだからゴイルさんってなんだよ。そこはガーおくんとかガー子さんとかだろうに。レクスのネーミングセンスどうなってんだ?
若干の疑問を飲み込んで、私は話を続ける事にする。
「あの……どこの辺りから、話を聞いておられました?」
単刀直入に尋ねると、ゴイルさんの羽がぶわっと開いた。そしてまたしたしたと、その鋭い目から涙を落とす。
「日課の見回りをしていて、女王様の神像近くを通りかかった時に『そのお宝持ってっちゃっていいよ』と聞こえて、嫌な予感がしてあの場に行ったら『そもそもあの子は夢幻の王が作ったんだもん。造った人に返すのが筋』と……」
「あー……」
よりにもよってというか、また拗れる場所だけというか。【千里眼】よ、お前は正しかった。見事に拗れたわ。
いや、でも巻き返せるところだ。頑張ろうか。
私は大きく息を吐いて、腹に力を入れた。
「誤解です」
「え? いや、でも……」
「結論を先に言いますが、本当に誤解です。貴方が聞いたところは、あえてあのお方が貴方を誤解させようと聞かせた言葉です」
「……!?」
ぼりぼりと頭を掻く。
大人っていうのはさ、大きくなって色々出来る事や察せられる事が増えて他人を慮る事が出来るようになるのと引き換えに、素直に相手の好意を信じたり受け入れたりが出来にくくなるのかね?
だとしたら大人になることが、誰かを守ることに必ずしもつながらないのかも知れないな。
苦々しい思いを抱きつつも、ゴイルさんに穏やかに話しかける。
「あのお方、ゴイルさんが荒天の日に空を切なげに見ておられるのを察して『お城に帰りたがってる』と思ったんですって。でも千年くらいの付き合いがあるし、ゴイルさんはあのお方がその役割を交代することが出来ても、ここにいてくれるんじゃないかと思っていらっしゃる。何でそんな自信があるかは知りませんが、貴方は普通に言っても自分から帰りはしないだろうと思ってああいう言い方になったそうですよ。嫌われたら、貴方を自由にしてあげられるって。そもそも何でそんなに好かれてる自信があるか、それが私は一番疑問なんですけども」
「……あの方を嫌う人がいるはずないじゃないですか」
「いや、私、正直ちょっとイラついてますけど」
嫌いではないけどな。
だけどそれは面に出さないで、どっちか言えばぶすっとした表情を作る。するとゴイルさんがまたぶわっと羽を広げた。
「何故ですか!? 私の女王様はとてもお美しくて聡明で明るくて闊達で優しいお方ですのに!」
「優しいお方が貴方をワザと傷つけますか? 貴方を泣かせますか? 私には面倒ごとを押し付ける自分勝手なお姉さんですよ!」
「!?」
言い切ると、ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんにお口を塞がれる。三人ともちょっと青褪めてるけど、ここは言わせてもらうぞ。むしろ後で姫君様にも直訴だわ!
そんな私と先生達をしり目に、レグルスくんと奏くんが首を捻った。
「ゴイルさん、じょおうさまのことすごくすきなんだね?」
「だよなー。返すって言われて泣くぐらいだもんな?」
「あ、あの……はい……」
二人に言われてゴイルさんはその煤けた灰色の羽をワサワサと震わせる。
そうだよね、私に対する反論が怒涛の早口だったもんねー。
アレだ。推しを悪く言われた時の沼の住人の反応に似てたしね。
視線が集中する中、ゴイルさんはその大きな嘴を開いた。
「昔、レクスに作られたころ、私はとても悲しかったんです」
ゴイルさんのいう事には、レクスの魔術人形は皆可愛かったのだそうな。自分を除いて。
ウサギのうさおだけじゃなく、他にも茶色のふかふかした小さな子犬や長靴を履いてマントを羽織った子猫やら、緑色の長い尾羽も艶やかな小鳥に、それはもう色々。それに比べて自分は……と、劣等感満載だったそうな。
その上兄弟人形達は城で大事にされていたり、大事にしてくれる人に貰われていったり。なのにゴイルさんは搭載された防御システムのせいで、お城から出されてマグメルに置いてけぼりだ。
レクスは作ったものの、可愛くない自分を持て余していたのだろう。ゴイルさんはそう考えていたとか。
「でも、私が置いて行かれてから十年くらいたった頃、女王様が話しかけて下さったんです」
自律型の魔術人形のゴイルさんはその時大聖堂の屋根の上で黄昏ていたそうで、凄く驚いたという。
だって神様だ。そんなまさしく雲の上の存在が単なる魔術人形に話しかけてくるなんて思わなかった、と。
そして神様、キアーラ様はゴイルさんと目線を合わせて「いつもありがとう」と言ってくれたそうだ。
麗しの雪の女王様に「貴方の灰色の大きな翼に守って貰えている。良かったらお友達になってくれる?」と言われて、ゴイルさんは「機能停止しても悔いなし」と思ったらしい。
「だってあんなにお美しい方が! この醜い私に! お友達になってって!」
「うーん? ゴイルさんが醜いっていうのは同意しかねるんですけど?」
ガーゴイルの美人はガーゴイルの美人だろうよ。
ゴイルさんの価値観を人間よりに調整したというか、人間が作ったからそうなっちゃっただけなんだろうけど解せぬ。
そう言えば、ゴイルさんが俯く。
「女王様もそう仰って、『私はその大きな嘴可愛いと思うけど?』とか『大きな羽に細い足が素敵よ』とか慰めて下さるんです。お優しい御方なので、気を遣ってくださって」
「慰めっていうか、本心でしょ。お世辞とか嘘を言う必要ない立場の人だし、気を遣うほど神経細かくは見えな……げふん」
そっと目を逸らす。
かつて女王となって人民を統治してた人だ。あの天衣無縫さの中に幾許か、人心掌握のための毒が仕込まれているだろう。
そんな人が使う必要のない気を遣うかっていうと、NOとしか。これは統治者って立場にあった人への偏見が含まれていると言われればそうだけど。
でもだいたい見えて来た。
友達だから、役割がなくなってもきっとそばにいてくれる。帰りたい気持ちを押し殺して、きっと。そのくらいには好かれてると、キアーラ様が確信するくらいには二人の仲は良好だったってのが確定したわけだ。
だったら余計に確認必須じゃん。またも口から大きなため息が出た。
キアーラ様の動機は確認できたわけだから、あとすることは一つ。
そう思っていると、紡くんが声を上げた。
「ゴイルさん、おしろにかえりたいの?」
「……帰りたい訳ではないんです。でも、ちょっと、思うことがありまして」
「思う事、ですか?」
聞き返した私に、ゴイルさんが目を潤ませながら頷いた。
「はい。レクスのお城には魔術人形を作るための工房があります。そこで、この身体を挿げ替えられないものかと……。あのお方に見合う美しい姿になれればと思ったものですから」
「あー……」
私は天を仰いだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます