第420話 ロマンのかけらもないファンタジー
今日は結局、皆で調べ物に時間を費やした。
生ける武器について書かれている本を探す際に、それぞれ興味を惹かれる本を見つけてしまったから。
奏くんは錬金術の本を読んでたし、レグルスくんは「じょうずにおえかきができるほん」とかいう、児童向けの解説書を読んでた。
それでもしかすると、ここの図書館を帝国全土の歴史研究家に限定して開放することになるかもって話が出たんだよね。
切っ掛けはラーラさんが見つけた歴史の登場人物たちの往復書簡だ。
その二人は音楽家で、彼らはよると触ると喧嘩をしていたという目撃証言が、その二人の知人らしい人物の日記に残っている。
なので彼らは犬猿の仲というのが、歴史上の通説というヤツだった。
しかし、この空飛ぶ城に残されていた彼らの書簡にはなんと、その真逆の様子が窺えたのだ。
仮に一人をA、もう一人をBとして。
その書簡ではAが病気をして明日をも知れないという噂を聞いたBが「貴方の病が治るなら、私は大好物のリンゴを生涯食べないと誓う」と誓いを立てたので「元気になってほしい」とあったり、その後元気になったAの返答に「お礼に、貴方が病気をしないようお祈りして、私も大好きなオレンジを一生食べない」という誓いを立てたとあったり。
他にも「お揃いの筆を手に入れたので近々詩作の旅行をしよう」とか「こんな計画で旅をしよう」とか、凄く細かく楽しそうに計画を立てる様子が見えた。
仲が悪く見えたのは二人のお互いの気安さやらツンデレが炸裂した結果だったのと、その二人の関係者と言われる人物が、彼らの真実の友誼が理解できる程親しい関係者ではなかったという事なのだろう。
そんなのは歴史のあるあるだ。
そして探してみると、レクスの図書室には歴史に名を遺している人達の手紙やらがかなり残されていて。
これは本格的に調査の手を入れた方が良いかも知れない。
統理殿下から「調査のための開放を視野に入れてくれ」って言われたんだよね。
そもそもこの空飛ぶ城自体が歴史的建造物だし、搭載兵器・魔術・関連施設の調査をやってる最中。そこに誰とも解らない人を入れるのはちょっと……。
歌劇団の帝都公演では、沢山の人を受け入れたけど、あれは結局私やエルフ先生方が常在していたからで、調査の間中それは流石に無理がある。
とすれば、調査にくる人間と時間と期日を限定するのが無難だ。
その間は私が城にいるようにするか、フェーリクスや董子さん識さんという叡智の集合・象牙の斜塔からいらした方々にいてもらうようにする。
そうすればちょっと癖ありの人が来ても、揉めることなく終わらせられるんじゃないかな。
この辺りの話は、おやつの時間にフェーリクスさんや董子さん、識さんとノエくんにも加わってもらってお話した。
フェーリクスさんも董子さんも識さんも同意してくれて、図書室の司書さんを後で紹介する運びに。
ここでノエくんについて思わぬ事実が判明したのだ。
なんと彼は現代公用文字と神代文字両方の読み書きが出来た。
現代公用文字って言うのは、私達が今使ってる全国共通文字で、神代文字っていうのは神聖魔術王国があったような大昔、レクス・ソムニウムが生きていた当時くらい昔に使われていた文字。
と言っても、現代公用文字については自分の名前を書いたり簡単な四則計算ができるかなっていう程度。
一方で神代文字に関しては、識さんが教えを請うレベルだそうな。
ノエくんによると現代公用文字が本当に解るようになったのは、識さんと一緒に暮らすようになってからで、それまでは一切読み書きできなかったとか。
識さんによれば「一緒に暮らしてたら、お互いに教え合うくらいの時間は出来ますし」って事だって。
仲良きことは美しきかな。
で、その特技が判明したところで、ノエくんのお仕事も決定した訳で。
「ふぅん? そのドラゴニュートの小僧に神代文字の訳を頼むのか」
「はい、レクスの図書室にも神代文字で書かれた本が沢山ありますから」
惜しみなく筋肉質な胸元をさらけ出して、ロスマリウス様が湯呑に入ったほうじ茶を啜る。
ご持参くださった絨毯を敷き、その上に足を投げ出して、積み上げられたクッションにもたれるという自由な姿が凄く似合う。
けど、その傍には胡坐をかいて座る猫耳のオジサマ・イシュト様もいらっしゃるし、私の隣には前世のチャイナドレスというのだろうか、斜め袷の襟に腰骨あたりに深いスリットの入った細身のドレスをお召しの氷輪様も。
輪になって座る私達の真ん中には、料理長の作ったクッキーとポムスフレ。
窓から見える空には月がかかっている。夜中のお茶会再びってヤツですよ。
レグルスくんが寝た後、月の光に乗って氷輪様がおいでになったかと思うと、その後ろにロスマリウス様とイシュト様をご同伴なさってたんだよね。
『破壊神や生ける武器について聞きたかろうと思ってな』
口角を僅かに上げた氷輪様の後ろで、ロスマリウス様が『クッキーとポム何とかあるか?』って、手を振られるから思わず白目になりそうだったけど。
要するに上から私の今日一日をご覧になって、質問がありそうだからと先手を打ってくださったのだ。
イゴール様がご不在なのは『百華に先を越された』からだそうな。ありがたい事だ。
『して、破壊神の話にするか? それとも生ける武器にするか?』
「あ、では、破壊神の方から。友人になれそうな人の命がかかってるので」
私の言葉にイシュト様は、ポムスフレを肴に持って来られたお酒を一口飲み込む。
それからプハッとお酒のにおいの混じる息を吐き出された。
「あのような出来損ない、神でもなんでもないわ」
「やっぱりデミリッチパターンですか?」
「アレよりは強いが……殺せぬことはない。だが厄介と言えば厄介だ」
「厄介……?」
「奴は呪(まじな)いで自身に致命傷を与えられる条件を設定して、その通りにしなければ殺せぬのだ」
「それは……」
つまり、ダメージは与える事は出来るけど、その条件を満たさなければ殺せない・倒せないって事か。
そう考えていると、イシュト様もロスマリウス様も「是」と頷かれる。頭の中の事が駄々洩れなのはちょっと恥ずかしいけど、こういう時は凄く便利だ。
じゃあ、その条件は何だろう?
首を捻るとロスマリウス様が肩をすくめた。
「ああ、それはな。あのドラゴニュートの小僧がラストアタック食らわすってことさ」
「ラストアタック!?」
「そ、トドメの一撃ってやつだな。あのドラゴニュートの小僧が心臓か脳、生命維持に関わる場所への致命的な一撃を入れる事だな」
それなら簡単な話じゃないか。
神様ではなく人間の手で倒せるものであるなら、ノエくんを鍛え上げて、一撃を届かせればいい。どのくらい鍛え上げれば良いかの指標がほしい……。
けど、そんな私の頭の中を読まれたイシュト様が「そんな単純な話でもない」と、緩やかに首を振られた。
「え?」
「ドラゴニュートの小僧を鍛え上げるのは当然の事だが、もう一つダメージを与えるためには制約がある」
「もう一つの制約ですか?」
「ああ。彼奴め、なり損ないの癖に体内に賢者の石を取り込んでおる。故に武器や魔術の攻撃では外側から崩すのがかなり難しい」
「賢者の石……?」
何かよく解らんのが出て来たぞ?
きょとんとしていると、クッキーを加えたロスマリウス様の手が私の髪の毛をかき回す。
「お前は興味なさそうなヤツだよ。持つ者に不壊の肉体を与えるっていう石だが、その不壊の肉体の与え方が、究極の身体強化だっていう脳みそに石が詰まってんじゃねぇのかっていう頭の悪さでよ」
「えー……」
なんだそれ? ロマンもへったくれもないんですけど?
思わず顔をしかめたら、ロスマリウス様がお腹を抱えて笑い出した。
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