第412話 窮鳥の勇気
この人と私はやり口が似てるな。
私の感想はそれだけど、フェーリクスさんは少しばかり眉を顰める。
「識。疑う訳ではないが、この少年と家族が村八分にされた理由は後ろ暗いことではないのだな?」
「誓って。集落の人から裏も取りましたし、何よりアルトリウスさんとゼノビアさんが……ノエ君のご両親ですけど、村八分にされた理由を教えてくれたのは、ノエ君やご両親が私が武器に寄生されてることを偶然知ったからです。誰にも言うつもりのなかったことを知ってしまったお詫びに、自分達の秘密を教える、と」
「なるほど。して、その理由とは……?」
「それは……ノエ君が話していいと言うまでは、師匠にでも言えません」
きゅっと勝気そうな眉を寄せて、識さんが俯く。
師弟の話に嘴を突っ込むのは気が引けるけど、今の段階で決められる事なんかほぼない。
「まあ、私としては他領の事ですから口出しできませんし、干渉もされないでしょう。それに善意で張った結界がどんな作用を齎した所で、呪いではないのだからどうしようもない。取りあえず今は彼の具合が良くなることを優先しましょうよ」
落としどころとしてはこんなところだろう。
仮に何処かの国から識さんに対して何らかのリアクションがあったとしても、普通なら害意を弾く結界で苦しむ人間の方がどうかって話なんだから。
それに私は大根先生のお弟子さんは皆受け入れるって約束した。ならそれは守る。
利益だけを得て、その利益分の何かを返さないなんて、商人としても魔術師としても等価交換の原則から外れる行いだ。
第一怪我人を放り出せるわけがない。それは本当に人間としてどうなんだ。命が危うい人間が良い人か悪い人かなんてのは、助けた後に考えたらいい事じゃないか。
菊乃井は法を守り、他者に危害を加えないのであれば、特に閉ざす扉はない。それが理念です。
そう告げれば、大根先生も識さんも董子さんも、ほっとした様子を見せた。
ロマノフ先生は何かニヤニヤしてるけど、先生はこういう時はいつもこんな感じだしな。
ノエくんが目を覚ますまで、特に彼関係の話は進まない。
なのでもう少し識さんの話を聞こう。
気になるのは闇カジノとか、それがどこの国にある物かってとこなんだけど。
単刀直入に聞けば、識さんは少し困ったような顔をした。
「えぇっと、あそこは大陸が違うんです」
「海の向こうの大陸とは聞いていますが」
「はい。私、一応転移魔術使えるんで、何処でも行けるというか、そういう訳なので。砂漠の中にある国なんですけどね」
「砂漠」
「はい。こっちのシェヘラザードと同じで、商人達の国なんです」
「あー……」
うーん、思い当たる国はある。
私もまだ当主として勉強しないといけない身なので、ロマノフ先生の授業を受けてる時に出て来てた気がする。
でも名前が思い出せない。帝国とは一応国交があったけど、それって貿易の一環だから、実際友好関係かと言えば微妙って言う。
あそこはカジノをやるには許可がいる国だ。だって国営のカジノがあるんだから、客はそっちに集めたいんだもん。
何処にでも法の網目をくぐるならまだしも、堂々と破るやつはいる。
今回ノエくんは巡り巡ってその闇カジノで開かれる、闇武闘会の賞品にされてしまったらしい。
ドラゴニュートは珍しいし、彼らから取れる鱗や爪はドラゴンのそれと同じ価値を持つ。おまけに年端も行かな少年。愛好家には高値で取引されるんだろう。
子どもを食い物にする大人は、全員等しく地獄に落ちろ。
心の中で呪詛を吐いていると、董子さんと識さんの会話が聞こえて来た。
「非合法だったら、治安維持部隊の人とかに協力してもらえたんじゃないの?」
「それが、街の治安維持部隊のおえらいさんは闇カジノからお金貰ってたみたいで、全然取り合ってくれなくって。しょうがないから私が闇武闘会にエントリーして、ノエ君助けて来たの」
「もー、そういう事ならししょーだけじゃなく、お姉ちゃんにも相談しなよー。一滴でも浴びたら死ぬほど痛い香辛料譲ってあげたのに!」
「お姉ちゃんは旅に出たって聞いたし、ノエ君弱ってるって聞いたから、急がないとって思って。怖かったけど、私しかノエ君助けられないし!」
「そっか。識ちん、暴力とかそれ系の雰囲気がする人とか場所とか怖いのに頑張ったんだねぇ」
「ノエ君助けるので頭がいっぱいだったから、それまでは怖くなかったんだけど……。ホッとしたら凄く怖くなって、涙が止まらなくなって……」
恐慌状態だったのは彼女もそうだったんだろう。
お世話になった家の、親しくしていた子どもが攫われて平静でいられる人間なんか少ない。まして大人は助けてくれないどころか、見て見ぬふりだ。助けられるのは自分だけ。
怖くないなんて、誰にも言えないことだ。けれどそれをなしたのだから、この人は本当に強い人なのだろう。
てこてことレグルスくんが識さんに近づいて。
「おねえさん、つよいんだね。れー、すごいっておもう」
「そんなことないです。本当は凄く怖くて。でもノエ君が今以上に酷いめにあうのはもっと怖かったから」
「うん。おつかれさまでした。でももうこわくないよ! にぃにがまもってくれるし、れーもがんばるから!」
にぱっと爽やかに笑うレグルスくんを凝視していた識さんだけど、身体を大きく震わせたかと思うと、その目が涙で決壊した。でもレグルスくんは慌てずに、ポケットから真新しいハンカチを取り出して識さんに渡す。
「ね、にぃに。おねえさんたち、もうあんしんだよね?」
「うん。後の事は請け負います。悪いようにはしないから安心してください。さっきも言いましたが、そういう約束でフェーリクスさんにも董子さんにも留まってもらってるんですから」
識さんの背中を撫でていた董子さんやフェーリクスさんが、彼女の目を見て真摯に頷く。
レグルスくんから渡されたハンカチで涙を拭うと、識さんはがばっと私に頭を下げた。
「ありがとうございます、これからよろしくお願いします! 特技は生ける武器依存ではありますけど、転移魔術とかその他攻撃魔術です。研究テーマは痛みを伴わない回復魔術の開発と、回復魔術と同じくらいの効力の出る薬の開発です!」
「おお、それはそれは! 研究費に関しては捻出できるよう頑張りますんで、実用化に向けて研究を進めてくださいね」
「はい!」
ってな訳で、お弟子さん二人目とそのお友達が菊乃井に合流することに。
寝てる怪我人の近くで早々騒ぐのも何なので、私やレグルスくんやロマノフ先生は朝食へ。
フェーリクスさんと董子さんは、ノエくんが気付いた時に対処できるよう部屋に留まって朝食を摂ることになった識さんに付き合うという。
先に朝食を済ませてもらうよう皇子殿下方には声をかけたんだけど、お二人とヴィクトルさんとラーラさんは私達を待っていてくれて。
「……なんか、トラブルもだけど代りに人材が転がって来るね」
「良い事と悪い事が同時に来るというのも、中々困った話ではあるなぁ」
感慨深そうにシオン殿下と統理殿下が仰る。
いや、実際等価交換が出来る分、そんなに困った事じゃないんだけどね。
ジャガイモの冷たいスープに口を付ければ、サッパリとした味わいが口に広がる。本日の朝食はバターたっぷりのクロワッサンにハムや卵を挟んだもの、庭で採れた野菜のサラダ、ジャガイモの冷たいスープにデザートは桃のコンポートだ。
「それにしてもアレだな。今回は俺達の出番はなさそうだぞ、シオン」
「そうですね。一度くらい『この紋章が目に入らぬか!?』をやってみたくはありましたけど」
「人の領地で不穏な事いうのやめてください」
野菜をもぎれて煎餅焼けるようになったからって、何てこと言うんだこの箱入り息子さん達は。
そんな意味を込めて二人にジトっとした目線を向けると、彼らはさっと明後日を見た。
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