第411話 あけてびっくりパンドラの箱
『いきものはいきているかぎりせいちょうします。たぶん、そういうこと』
タラちゃんが尻尾で器用に掲げたスケッチブックには、そんな風な事が書いてあって。
「なるほど?」
と言ってみたけど。うん、解らん。
首を傾げる私やレグルスくん、エルフ先生方に皇子殿下方を前に、トウモロコシの髭のような葉っぱ……いや、これも葉っぱかどうか解らないし、鳴き声は「ぴよ!」だし、そもそも大根から何で蕪っぽい物が生えるんだと聞かれたござる丸の回答がそれ。
タラちゃんの通訳をもってしても、全く解らん。
だけどその蕪っぽいものが二足歩行するんだから、マンドラゴラには違いない。なので飼ってると良い事がある、はず。
あちら様は特に返品のご要望ではないらしく、寧ろ和嬢はその金のフサフサをして「れーさまのおぐしみたい! かわいい!」と仰ってるそうな。
うーん、マンドラゴラだけじゃなくモンスターの生態ってよく解って無いんだよね。
大根先生もそういう事例に当たった事がないそうだから、突然変異なのかも。
眠そうにどこにあるか判らないけど目を擦るような仕草をするござる丸は「おせわになるひとのいうことはききます」と、タラちゃんを解してそう伝えてくる。
それなら一先ずは気にしなくていいんじゃないだろうか。
そうヴィクトルさんに言えば、彼も頷く。
「そういう風に返事しておくよ」
「お願いします」
という訳で、謎は謎のままだけど観察を続けていたらいつか解ける日が来るかもしれない。
ござる丸は日没とともに眠るので、夕食後の時間は大概ベッドにいる。それを起こしての事情聴取だったから、魔力をいつもより沢山あげると、喜んでタラちゃんとベッドに帰って行った。
「……菊乃井ってビックリ箱みたいですね」
「俺は駆け込みお悩み相談所だと思うぞ」
「どっちでもなく、普通の開発中の領地です」
皇子殿下方の言葉に首を横に振ると「またまたぁ」っていう、どこか呆れたようなリアクションが帰って来る。
何でさ。
何処の領地も色々忙しいだろうし、揉め事だって色々あるだろうに。
そう思って肩をすくめると、同じように皇子殿下方も肩をすくめる。
認識のずれがあり過ぎるんだな、多分。
それは追々すり合わせて行けばいいからいいや。
不思議なマンドラゴラの件はそれで終了、お茶を飲み終わった辺りでこの日はお開きとなった。
事が動いたのは、次の日の早朝だった。
身支度を終えた後、ロマノフ先生が私とレグルスくんの泊っている部屋へといらして。
「叔父上から識さんが目覚めたと連絡がありまして」
「そうなんですね。ドラゴニュートの少年のほうは?」
「そちらはまだ。ただ、彼が目を覚ました時に識さんがいないと、もしかしたら恐慌状態になるかも知れないので、出来れば鳳蝶君に来てほしい、と」
「そうですか。勿論行きますよ」
目が覚めたからってそもそも怪我人を呼び立てる気なんてない。
レグルスくんには先に食堂に行ってもらおうかと声をかけたけど「れーもいく」と、手を握られてしまった。
皇子殿下方にはエリーゼから食事を一緒に取れないかもしれない事を連絡してもらって、私とレグルスくんはロマノフ先生と一緒に識さんの待つ部屋へと赴く。
ノックして扉を開ければ、大根先生だけじゃなく董子さんもいた。
「おはようございます」
「おはようございます!」
レグルスくんと二人で挨拶すれば、大根先生と董子さんが穏やかに返してくれる。
同じく太ももの中頃まである黒髪を揺らした女の子──識さんも、緊張の伺える小さな声で「おはようございます」と頭を下げた。
彼女の頭が動くと同時に黒髪が揺れると、その髪の内側は深い青色になっている。
来ているモノは薄手のポンチョのようで、肩から腕にかけてゆったりした袖はいわゆるケープスリーブってやつで、びっしり見事な刺繍がしてあった。
いや、マジで凄い。エルフ紋が幾何学的な模様を作っていて、まさにアラベスクって感じ。
思わずその刺繍に見惚れていると、後から咳払いが。
あ、いかん。
「失礼しました。あまりに刺繍が見事だったので」
「……あ、ありがとう、御座います」
緊張した面持ちの識さんに声をかけると、彼女も強張りながらも笑う。
笑顔というのは敵意の無さを示すツールなんだけど、無理に浮かべさせるものじゃないな。
一応昨日も軽くは挨拶したけど、最初からやり直す方が良いだろう。
「昨日はお疲れさまでした。ここは麒鳳帝国の菊乃井領です。ようこそ。私は菊乃井侯爵家当主の鳳蝶です。よろしく。隣にいるのは私の弟のレグルス」
「菊乃井レグルスです、はじめまして!」
なるだけ穏やかに、けして圧を感じさせないように声を丸くするように努めて声掛けする。レグルスくんもいつもの元気な笑顔を識さんに向けた。すると彼女もほっとしたのか、深く息を吸い込む。
「改めまして、識です。助けていただいてありがとうございます」
「いえいえ、困った時はお互い様ですよ」
昨日は大泣きしてすぐ眠ってしまったけど、今日は大分疲れが取れたのか顔色は良さげ。
「大変でしたね」と声をかけると、識さんはちらりとベッドで眠るドラゴニュートの少年に視線を向けた。
「はい。でも私よりノエ君のほうがもっと大変だったと思います」
「彼、ノエくんというんですか?」
「はい。正確にはノエシスというんですけど……まだ、あの、えぇっと、十二歳なんです……」
そういったところで、識さんの眉毛が困ったように下がる。
これって私がそのノエくんより小さいから、なんて言っていいか困ったんだろうな。
心配しなくても前世の記憶がある分、精神的には多分ノエくんよりきっと大人だ。それに貴族の子どもなんか、実際の年齢より教育のお蔭で、心の方は年嵩だったりするし。
統理殿下も十二歳だけど、もっと上の十五、六歳くらいの感じするもん。
それを今問題にしても仕方ない。
事情を聞かせてほしいと言えば、識さんはこくりと頷いた。
彼女の口から語られたのは、凡そ大根先生から聞いたのと同じで、象牙の斜塔にずっと伝わっている生きている武器に寄生されたこと、その武器のせいで恩師や兄姉弟子に迷惑をかけそうだから世界を視てくると飛び出したこと、けれどやっぱり人恋しくて、縁あって迎えてくれたドラゴニュートのとある家族と暮らしていたことがするっと出てくる。
でもそのご家族、なにやら同じドラゴニュートの一族の中で村八分にされていたそうだ。それがノエくんのご家族。
「村八分にされていたから、ノエくんは一人で生計を立てざるを得なかったと?」
「はい。先代の村長さんは良い人で、ノエくんのご家族も訳アリだけど村八分にしたりしなかったそうなんですけど、今の村長さんはその息子さんで……。代替わりしてからというもの、ノエくん一家に辛く当たっていたそうなんです。それでご両親が亡くなったら、今度はノエくんを追い出しにかかって……」
だったらいっそどこかで二人で暮そうか。
識さんはそう考えたらしい。
識さん的には十六歳と言えばあと二年ほどで成人だし、寄生されている武器を使えば冒険者としてそこそこ生計を立てる事もできる。
ノエくんも同年代の子どもにしてはドラゴニュートな分強いし「二人で協力して、世界を巡る旅をして生きて行けばいいのでは?」と、そんな話をノエくんとしていたそうだ。
その矢先、識さんがお金を作るために彼女が調合した薬を、遠くの街に売りに行っている間にノエくんが攫われてしまっていて。
「村長がノエくんを奴隷商に差し出したそうです」
その事実を聞いた識さんは、急いでノエくんを救出すべく旅立ったという。
他国の話ならそういう事に干渉できないけど、できればその村長は公権力に突き出しておいてほしかったな。
一緒に話を聞いていた董子さんが僅かに首を捻る。
「識ちん、その村長どうしたの?」
「もう悪党が近付かないように、集落全体に神聖魔術の結界を張ってあげたんですよね。邪心持つ人には悔い改められるよう、夜ごとの眠りや白昼夢で死ぬよりも恐ろしい夢を、その人が罪を贖うまで見せるおまけつきなんですけど。何にも起こらない人ってどれくらいいるんでしょうね? 小さな男の子を虐めるようなことに荷担する集落の人達だし、人身売買する村長だし」
あー、なんかこの人とは話せる気がするわー。
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