第407話 改革は会議室から始まらない
宮廷の魔術師って魔術を使って料理とかしないらしい。
魔術って言うのは集中力と想像力だけど、それは根幹であって鍛錬というか研鑽に必要なのは反復練習だ。
起こすべき事象を想像し、再現するまで集中する。
それを繰り返して瞬時に発動できるようにするために行うのが反復訓練の目的な訳で。
じゃあ反復訓練ってどうするのかと言えば、そりゃ実際魔術を何度も使うのが一番手っ取り早い。
でも宮廷の魔術師は戦場に早々出ないから、魔術を使う機会がそんなにないそうだ。
この点市井の冒険者なんかは魔物との実戦の他に、冒険の間にする煮炊きを魔術で行うから、それも反復練習の代りになる。
でも冒険者を生業とする魔術師は圧倒的に使える魔術の種類が少ない。それは魔術の教科書や魔導書なんかが高価で稀少だから、国立図書館の禁書扱いで一般市民には触れられないモノだったりするから。
魔術に関する知識は圧倒的に宮廷に仕える魔術師の方が多い。
どっちもどっち。
そんな中でも宮廷魔導師長を兼ねる宰相閣下はハイブリッドで、市井の冒険者並みに実戦にも強くて、魔術の知識にも明るい。
宮廷の魔術師達の目指す魔術師の理想を体現しておられるそうな。
でもそんな宰相閣下も、皇子殿下方に「料理に魔術を使え」とは言わなかったとか。
「……だって殿下方、料理しないじゃないですか」
「それはそうだな!」
「君だってするような立場じゃないじゃないか」
「私は趣味なんだから良いんですよ」
パリパリと焼けたカレー煎餅片手に、私達は再び政務とか勉学に戻っていた。
カレー煎餅の方は料理長に斯々然々あれこれどうこう話して、董子さんと共同研究してもらうことになった。
料理長には「また面白い事を考えて」って苦笑いされたけど、カレー煎餅みたいな事はちょっと考えてくれていたらしい。
と言っても、料理長はポムスフレにカレー味を着けようと思ってたみたい。それはそれで董子さんの好奇心を刺激したようで、そっちも考えてくれるとの事。
美味しい物が増えるのは良い事だ。
閑話休題。
つまり宮廷魔術師の弱みは実戦に弱い事だ。
だけど宮廷の魔術師達にそこまでの火力を求める必要があるのかっていうのは、ちょっと疑問。それでも最善が無理なら次善を用意するのは当然だとは思う。
納得していると、仕事を手伝いながら話を聞いていたラシードさんが首を傾げた。
「あのさ、宮廷魔術師にそんな高い火力って必要かな? どっちか言えば何かあったら逃げられるように転移魔術とか、誰も悪意のあるヤツは近寄れない結界とか防御壁を作れるヤツのがよくね?」
そうなんだけどね。
私が口を出す前に、奏くんが「無理じゃん」と答えた。
「無理ってなんで?」
「あんな、ラシード兄ちゃん。転移魔術って複合魔術の極みなんだよ。色んな魔術式を組み合わせて転移って言う結果を導き出してる訳で、だから複合魔術って言われてるんだ」
「お、おう?」
「それで複合魔術の上位魔術が転移魔術なんだけど、その下位に当たるのが付与魔術な。そんでヴィクトル先生は若さまを帝国一の付与魔術の使い手だって言ってる」
「それは聞いた事ある」
「付与魔術の帝国一の使い手の若さまが転移魔術出来ないのに、若さまより魔術が使えない奴が転移魔術なんか使えるかよ」
「ああ、なるほど」
だから、高火力で敵を薙ぎ払って時間稼ぎをしている間に、皇家の方々には逃げてもらう。或いはその魔術師が護衛しながら逃げるってのを採用したい訳だ。
結界や防御壁にしても同じことが言える。
使える人材がいないから次善の高火力を採用しているんだろうけど、その次善策もちょっと心もとない。それって良いか悪いかの二択で言えば「良くない」って事になる。
統理殿下とシオン殿下が揃ってため息を吐いた。
「なあ、鳳蝶……」
「謹んでお断り申し上げます」
「まだ何も言ってないんだが」
「レグルスくんも奏くんも紡くんも貸し出ししませんし、引き抜きも許しませんよ。勿論ラシードさんやイフラースさんも駄目だし、ギルドのシャムロック教官もあげませんからね?」
「出張は? 半年くらい」
「いやいや。そっちから出張なさっては?」
無茶言うな。
ただでさえウチは人手不足なんだ。特に冒険者ギルドなんか、皆働きすぎって監査で怒られたところだし。
ローランさんが滅茶苦茶申し訳なさそうな顔で、注意勧告の書類見せに来た時は気が遠くなりそうだったんだから!
視線に力を込めて皇子殿下方を見れば「やっぱりダメか」と、統理殿下が肩を落とす。しかしシオン殿下が何か考え付いたようで。
「菊乃井に来れば良いんだね? よし、送り込む手配をしようじゃないか!」
「あ」
「兄上、送り込むのは良いんですって!」
「おお、シオン! よくやった!」
あー、しまった。言質取らせちゃった。
自分の迂闊さに天を見上げると、ポンっと肩を叩かれる。
奏くんがめっちゃ笑ってた。
「菊乃井のが対応良かったら帰んないかもじゃん」
「は!? それだ!」
「いやいや、送った人材は返してもらうぞ?」
けらけらと笑いながら話してるけど、これって帝国の人材育成改革ってやつだよね。なんか一事が万事大きくなっていってる気がするけど気のせい……じゃないな。
協力するからには協力金とか入って来るんだけど、これ本当に帝国に菊乃井が取り込まれてる感じがする。
それなのに外から見たら私がお二人を唆してるように見えるんだろうか?
だとしたら他所の貴族は人を見る目がない。この兄弟タッグ手強いよ。
でもまあ、これなら帝国安泰かな。
肩をすくめていると、不意に書斎の出入り口付近に魔力の渦が出来る。
これは誰かが転移魔術で転移してくる時に起る現象だ。
菊乃井の屋敷にはヴィクトルさんが何重にも強固な結界を張ってあるから、生半可な使い手の魔術は弾かれる。それにも関わらず転移魔術で書斎に転移出来るなら、それはヴィクトルさんや私が許可した上で、ヴィクトルさんの結界を物ともしない実力の持ち主だけ。
キラキラと魔力の渦が光の粒子を巻き込んで眩しい。目を細めて渦を眺めていると、そこには段々と人影が浮かんできて。
その人が誰か最初に気が付いたのは紡くんだった。
「あー、だいこんせんせー!」
とてとてと椅子から下りて、魔力の放出で揺れるフェーリクスさんの白衣にしがみつく。
「やあ、ただいま。鳳蝶殿、つむ君」
「お帰りなさい、フェーリクスさん」
和やかな言葉に、部屋にいた全員が思い思いにフェーリクスさんに挨拶すると、彼の方もゆったりと穏やかに手を上げた。
きっと来客の話を告げに来たのだろう。
レグルスくんが私の顔を見て頷くと、紡くんと同じようにフェーリクスさんの白衣にしがみつく。
「だいこんせんせい、おでしさんは?」
「ああ、それなのだけどね。弟子だけでなくもう一人連れて来たいのだが、よろしいか?」
ビンゴ。
奏くんと顔を見合わせて「用意は出来てますよ」と声をかければ、フェーリクスさんが少し不思議そうにする。
なのでおやつ前に奏くん達としていた会話をお聞かせすると、大根先生は驚きながらも頷いた。
「いやはや、話が早くて助かるな。弟子には友人がいてね。難儀しているのはそっちの子だったんだ」
「そうなんですか。こちらは一応準備できていますが、今日中にいらっしゃいます?」
「うーん、それがな……。早かったら今日中に片を付けて来られるだろうが、遅かったら明日……いや、どうだ?」
『あ、大丈夫で~す。今、準決勝に進みました~』
フェーリクスさんが手元の小さなカメオのブローチに話しかけると、軽やかな女の子の声がそこから返る。
恐らくソーニャさんが開発した遠距離通話の魔術があのブローチには掛かってるんだろうな。
でも「準決勝?」とは。
キョトンとしていると、フェーリクスさんが溜息を吐いた。
「いやぁ、その弟子なんだがね。今とある国の闇武術会に出てるんだよ。どうも友人がその武術会の優勝賞品にされてるとかで、それを助けるために」
えらいこっちゃ、じゃん!?
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