第391話 リベンジマッチ、食卓から世界へ

 リュウモドキの内臓のうち、二つある肝臓の丸一個と心臓の三分の二、腸と胃の半分、すい臓と脾臓の半分ずつと、血と舌半分、卵と卵巣をうちで引き取ることになった。

 勿論切り分けてもらった肉も。

 この結果に、ギルマスのローランさんは「良いんじゃね?」の一言。

 骨はやっぱりギルドに飾って、肉のほんの一片と皮の全部と残った内臓を売りだすんだとか。

 それで良いっていうのは、結局全部売り出したところで買い手がつかないって判断なんだとか。

 ドラゴンの内臓やら血なんて食べる以外には秘薬の材料にしかならないので、買い手が決まって来る。でもその一番の買い手っぽい、象牙の斜塔の大賢者様や研究者連中は何故か菊乃井にご滞在だし、貴族が買ってやんごとない方々に献上って手もあるけど、それはうちに皇子殿下方がご滞在中なので先んじてやっちゃってる。

 他の国の貴族が買わない事もないだろうけど、それだってそんな沢山買える貴族のお家なんか知れてるそうだ。

 それなら皮の方が余程良く売れるって算段なんだって。

 ただ腸についてはもう買い手がついたらしい。

 これは職人ギルド、それも楽器を作る部門が飛びついたそうな。なんでも何処かの国のお姫様に依頼されてた最高級ハープの弦に使うらしい。金貨百枚でお買い上げ。

 書類上、利益の一割が私個人に支払われるっていう処理をして、あとはお役所への寄付へと処理。

 この調子で他のも売れてくれれば、領地が潤うってもんですよ。

 それでこの件は公けには終わり。次は私の部分。

 屋敷に持って帰って料理長に食材としてお肉とか内臓や卵を渡したら、めっちゃ笑われた。


「いいんですかい? 皇宮の料理人の方が、もっと旨いモノをこさえるかも知れないのに」

「料理長のレバーペースト最高だし、私もレグルスくんも料理長のご飯が一番安心出来るから。駄目?」

「いやいや。嬉しいですよ、任せてください」


 そう言ってにっかり豪快に頷いて引き受けてくれた。

 そんな訳で、本日のお夕飯はリュウモドキのステーキ登場!

 お肉の熟成にはロマノフ先生やヴィクトルさんが手伝ってくれたそうで、董子さんも研究して解った一番美味しい熟成期間の説明を三人にしてくれたんだって。

 今日の食卓は一層賑やかで、ゾフィー嬢もだけど奏くんや紡くん、アンジェちゃんやラシードさん、董子さんも加わった。

 料理長はアンジェちゃんからゾフィー嬢が肉の臭みが苦手だって聞いたそうで、本日のソースは姫君からいただいた蜜柑をジャムにしたものをベースに作ったそうな。

 結果は大好評。

 ゾフィー嬢がビスクドールのような白い頬っぺたを僅かにばら色に染めて「まぁ、素敵」って言うもんだから。

「鳳蝶、このソースのレシピが欲しいんだが」って、統理殿下に耳打ちされた。

 皇宮にゾフィー嬢が来た時に、苦手なお肉も無理なく食べられるようにしたいんだそうだ。甘ったるい。

 他の料理だって皇子殿下方がもぎったキュウリの冷たいスープや、トマトとナスや玉ねぎを煮込んだものとか、凄く美味しかった!

 本当に料理長はこういう時外さない。

 さて、その料理長の外さないお料理に貢献してくれた董子さんなんだけど、やっぱり菊乃井移住希望みたい。


「うち、明日は魚卵の醬油漬け、じゃない、リュウモドキの卵の醬油漬け作るのに協力するんで、泊めていただけると助かります」

「董子の身分は私が保証するので、駄目だろうか?」


 フェーリクスさんも後押ししてくるけど、そもそもお弟子さんが来たら受け入れるのは約束済みの事。

 勿論部屋の用意もしてるし大丈夫と伝えれば、ロッテンマイヤーさんが頷いてくれた。


「お家の方もいくつか見繕って御座います。街中の物件ではありますが、明日内覧なさるのはどうでしょう?」

「マジっすか!? いつ来ても良いようにしてもらってるって、ししょーから手紙貰ってましたけど……!」

「勿論ですよ。何なら他のお弟子さん達に手紙でそうお知らせくださって大丈夫ですよ」


 穏やかに告げれば、董子さんが「はわわ!」と慌てる。

 そしてフェーリクスさんと私の間で視線をうろつかせると、ほうっと大きく息を吐いた。


「マジでししょー、うちらにも居場所が出来たんすね」

「だから手紙に書いたじゃないか。安心して来なさい、と」

「うん? どういうことです?」

「だれかに、いじめられたの?」


 私の言葉を受けて、レグルスくんも首を捻る。

 それだけじゃなく、皆の目が董子さんとフェーリクスさんに向いた。

 それにフェーリクスさんがそっと目を伏せる。


「あの、その、うちも他の弟子も、研究が中々お金にならないんです。でも研究するにも食べていくにもお金は必要で……。他の象牙の斜塔にいる研究者に、邪魔者扱いされて肩身が狭くて。そいでもししょーが面倒見てくれてて……。だけど、ししょーにも圧力かけるヤツもいたし、だからうちら、なるべく象牙の斜塔から離れて研究してたんです」

「研究には元手が掛かるし、結果が出るのが恐ろしく先だという事もある。あまたの失敗の上に、たった一つの成功しか残らぬこともあろう。無駄なことなど何もない。それが今の象牙の斜塔の連中には解らんのだ」


 世知辛いなぁ。

 フェーリクスさんと董子さんの話に、食卓が静まる。


「人間、パンだけ食べて生きてる訳でもあるまいに。なぁんでそんなに効率ばっかり求めるんでしょうね?」


 ちょっとヤサグレた気分でそう言えば、董子さんがキョトンとする。


「私はパンだけ食べてりゃ生きていける人間じゃないんです。レバーペーストも必要だし、お肉も野菜も必要なんですよ。だいたい、何が必要不可欠になって効率が良くなるとか、解んないじゃないですか。いつか董子さんが品種改良した麦が、世界を救うとかあるかも知んないし」

「え? う、うちが?」

「そりゃそうでしょ。品種改良って味だけじゃなく生命力が強いとか、干害塩害虫害、その他もろもろに強い上に、量が沢山獲れるってのを目指すもんでしょう? いつそんなのが起こるか解らないけど、それに備えておけば、何処かの未来で死ぬはずだった人が助かるかも知れないんです。バタフライ・エフェクトってそういう事も含まれるんですよ。それを起こす一手になるかも知れないものを、同じ現象の意味するエフェ・パピオンの名を持つ商会が見逃すわけないじゃないですか。いつかの得のために、今投資するのは商売の基本ですよ」

「は、はぁ……」

「それに私、復讐戦得意なんです」

「え? ふ、復讐って」


 おろおろする董子さんに、にやっと笑いかけると視界の端々でロマノフ先生やヴィクトルさんやラーラさんが忍び笑い、レグルスくんや奏くん、紡くんやラシードさんがワクワクしたような目をしてる。


「美味しい麦なり米なり、なんだっていいけど、そういうのを作って世界に流通させるんですよ。そしてその時に無駄だと言った連中に『お宅が今食べてるの、私が作った美味しい研究成果なんですけどぉ? 無駄なんでしょ? 食べてもらわなくて結構ですけど? でも私が作ったもの食べなきゃ、お宅食べるもんなくなるけど?』って煽ってやったらいいじゃないですか。餓死する気概があるやつ以外は皆貴方にひれ伏しますよ」

「う、え、そ、そんなこと出来るはず……」

「なくない。貴方にその気概があるなら、いくらでも手は貸す。エストレージャもベルジュラックさんもその気概があったから拾ったんです。貴方にその気があるんだったら、一緒に復讐しましょうよ」


 さあ、どうする?

 じっと董子さんを見ていると、彼女が迷うように俯く。

 声もなく見守っていると、董子さんがツインテールにした菫色の髪を揺らして顔をあげた。


「やります。うち、やってやる」

「そうですか」

「はい。でもうちの事を馬鹿にしたやつなんかどうでもいい。うちは大賢者・フェーリクスの弟子です。偉大なししょーの名前に恥じぬ弟子でありたいから、挑みます!」

「よろしい。そういうの、私大好きです」


 これからよろしく。

 そう言えば、董子さんの顔が真っ赤になった。

 こういう気概がある人って、なんか皆感激屋さんなんだよなぁ。

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