第392話 転がる石に苔はつかないけど、花は咲くかもしれない
はくっと金魚が呼吸するように何度か口を開け閉めしてた董子さんが、ふっと真顔に戻って「あの!」と手を上げた。
「あの! うちだけじゃなく、ししょーの弟子って大半こんなで! 自分が馬鹿にされんのは良いんです。でもししょーの弟子として、世の中に挑む気概は皆持ってます! だから!」
「気概があって挑むなら、勿論援助は惜しまないつもりです。ただ研究成果は分かち合ってもらいますけど。それだけじゃなく、後任の育成とかもやってもらいます」
「ほぇ!?」
告げた私に、董子さんがフェーリクスさんに視線を送る。
興味深げに私と董子さんのやり取りを聞いていたフェーリクスさんが、顎を撫でつつ董子さんに告げた。
「菊乃井侯爵領は、世界に名だたる学術・芸術・技術研究都市を目指すんだそうだ。世界中から智と芸術を求める人間が訪れる、そういう場所にするんだとか」
「それって、うちらに先生やれって感じっすか!?」
「手紙にも書いたろう? 小さい子どもに勉強したいという意欲を持たせる方法を考えて来なさい、と」
「あ、はい。それはうちも考えて来ましたけど……!」
そんな二人のやり取りに、皇子殿下方とゾフィー嬢が私の方に視線を飛ばしてくる。目は口ほどにものを言うって感じで、三人の視線には「どういうこと?」って疑問がありありと感じ取れた。
どういうことも何も、菊乃井は学問と芸術の都を目指すんだよ。
考えてることは教えといてくれって言われてるので、以前ルイさんやロマノフ先生に話したことに、フェーリクスさんに話したような事を付け加えて説明すれば、三人と董子さんが唸った。
「……君って野心の方向性が穏便なだけで、とんでもないね」
「たしかにそれじゃあ、平地に乱なんか起こしてる場合じゃないな」
「殿下、これは寧ろ私達がお尻を叩かれかねない事案ですわ。もっときちんと国とその行き先を考えよ、と」
シオン殿下の呆れたような言葉に、統理殿下が溜息を吐き、ゾフィー嬢がころころと笑う。
別にお尻を叩く気はないんだよ。だって、私一代で出来るとは思ってないもん。
だからこそ、今の内から次の世代を育てる人材を探しておかないといけないんだよ。そしてその次の世代の育成には、世の中を良いように変えて行こうっていう気概がある人に関わってほしい。
そういう意味では董子さんは飛んで火にいる何とかだ。
他のお弟子さん達も、同じような気概のある人なら儲けもんだよね。
そんな事を考えてたら、ロマノフ先生がとうとう耐えきれないって感じで笑い始めた。
「いや、董子さん。貴方、とんでもない子に見込まれましたね」
「ぅえ? そ、そうなんです、ししょー?」
「吾輩の弟子の中なら世界を救うものが現れるか……。うん、楽しみだ」
「ししょー!? なんでそんな爽やかな笑顔なんですか!?」
「ししょー!?」と董子さんの悲鳴のような言葉が食卓に響く。賑やかな食卓は実に豊かだった。
明けて翌日。
本日は朝から少しバタバタ。
予定としては朝ご飯の後で、私達兄弟と皇子殿下方、ゾフィー嬢は家庭菜園の世話をすることになってる。
その間にヴィクトルさんが梅渓宰相閣下のお宅に和嬢を迎えに行ってくれて、歌劇団の使ってるカフェの前で待ち合わせ。
今ちょっとお城に貴賓が来てるから、城内劇場が使えない。でも演目はダンスと歌中心の短いショーだからカフェでの公演は出来るってことで、今日は歌劇団の元々の本拠地での公演と相成った。
で、いかにも貴族ですよって感じの服で行くのもなんだから、ちょっとお金持ちの商人の子どもって感じの簡素な服にお着換え。
和嬢にもそうしてもらう間に、殿下方やゾフィー嬢は件の冒険者三人に回復魔術をかけに行くことになってる。
私とレグルスくんは普段着。
だって顔知れてるし、ブロマイド売ってるし。変装したとして、何になるのかっていう。
それにお金持ちの子どもが一番良い席に陣取ってたらちょっとややこしいけど、私が隣にいたら「友達なんだな」で済む。
菊乃井は他所に比べて治安が良いほうだけど、完全に何にも起こらない訳じゃないしね。
それはそれとして、レグルスくんが朝から何やら張り切ってる。
鏡に向かって、ブローチの位置をああでもないこうでもないって悩むところなんか初めて見た。
「何してるの?」
「どうやったら、かっこいいかなって」
「いつもレグルスくんはカッコいいよ?」
「ほんとう? れー、カッコいい?」
「うん。和嬢もカッコいいって言ってくれるよ」
「うん……!」
にぱぁっと笑う弟が尊い。
もう! これは! アレだ、初恋ってやつなんだよ、きっと!
これは是非一部始終を見届けて、姫君様にもお知らせしないと!
内心盛り上がりながら、レグルスくんの身支度を手伝う。すると、レグルスくんがモジモジと私の手を握った。
「にぃに、なごちゃんにあげるおはな……」
「うん、ちょっと待っててね。ござる丸、起こすから」
「はい!」
良い子のお返事をするレグルスんが可愛い。
ござる丸は昨夜のうちに、籠に入れて寝室まで連れて来ていた。
その籠を覗けば、ぷうぷうと何処にあるか判らない鼻から寝息を漏らして大根がすやすやと寝ている。
大根をちょんと突く。
「おはよう、ござる丸。ちょっといい?」
「ゴザ―?」
これまた何処にあるんだか解らない目を擦っているような仕草で、ござる丸が籠から起き上がる。
ロッテンマイヤーさんに躾られているせいか、洗面器に水を用意してやると自分で顔を洗い、フサフサな葉っぱを解かして、改めて私とレグルスくんに「ござ!」と朝のご挨拶をした。なんか、人間みたい。
「ええっと、ござる丸。お花が欲しいんだけど、出せる?」
「なごちゃんにあげるの!」
「ゴザ~?」
大根が首を傾げる。
それにレグルスくんが和嬢の事を「かわいくて、ちいさくて、ふにふになおんなのこ」と説明すれば、ござる丸は解ったのかポンと手のような根を合わせた。
「ござ~!」
ぽふんっと音がして、マンドラゴラのフサフサの葉っぱの中に、一輪可憐な花が揺れている。
それは去年の夏、私がネフェル嬢に贈った花にそっくりだったんだけど。
「え?」
首を傾げる。
あの時の花はたしか虹色に輝いていたけれど、今の花は透明で仄かな輝きを放っている。
「ござる丸、どうして?」
「ござー! ゴザルゥ!」
相変わらずござる丸の言葉が私には解らない。けど、レグルスくんは解ったみたい。
「えっと、なごちゃんがさわったらいろがかわるの?」
「ござ!」
「あー、なごちゃんのまりょくでいろんないろになるんだね。わかった、つたえる!」
「どういうこと?」
レグルスくんに聞けば、なんとこの花、和嬢の魔力で色んな色にころころ変わるらしい。しかも光るっぽくて、夜にはルームライトの代わりも出来るんだとか。ロマンチックじゃん。
あれ、でも、和嬢って魔術使えるんだろうか?
そこは後で聞いてみなきゃ解んないな。
なので、それは一旦置いとくとして、花を生ける花瓶的な物を去年のネフェル嬢にお花を差し上げた時同様、私の魔力と迎えに来てくれたタラちゃんの糸で作り上げる。
それを持って食卓に行くと、同じく食卓に着こうとしていた殿下やゾフィー嬢、先生方とばったり。
ヴィクトルさんが、レグルスくんが持っていたござる丸のお花をじぃっと見て、それから肩をすくめた。
「それ、和嬢にあげるの?」
「はい。ダメ?」
こてんと可愛くレグルスくんが首を倒す。
ヴィクトルさんはレグルスくんの頭に手を伸ばし、わしゃわしゃとその金髪を撫でた。
「ダメじゃないよ。和嬢も喜ぶと思う……けど」
「けど?」
「けーたんも喜ぶね、間違いなく」
聞き返した私に、げっそりとした顔でヴィクトルさんが言う。
それだけじゃなく、統理殿下やシオン殿下、ゾフィー嬢が「やれやれ」って顔だ。
なんでさ?
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