第376話 凪の庭にて

 朝ご飯の後は皆で菜園のお仕事。

 今日は皇子殿下方がいらっしゃるから、夕飯に使う用のお野菜を収穫する。

 庭に生(な)ってるのが、キュウリとナスとトマト、枝豆もトウモロコシも収穫できるって源三さんから許可が出た。

 今日はアンチョビ枝豆かな?

 次男坊さんの所からアンチョビとかオイルサーディンとかが届いたんだよねー。

 EffetエフェPapillonパピヨンの食品部門は、次男坊さんにほぼお任せ状態だ。

 勿論開発とかには私も携わってるけど、販路を広げるのはお任せしてる。次男坊さんの本拠地には港があるから。

 シュタウフェン公爵の領地じゃないんだけど、ちょっとした縁で港のある街を本拠地にすることが出来たらしい。

 今度もっと良いものを送るって手紙をくれたけど、内陸の菊乃井では中々食べられないような鮮魚を季節ごとにくれるってだけでありがたいんだけどな。

 お礼にうちからは特産品の蜂蜜とか、ござる丸が出してくれる珍しい植物とか、ござる丸の皮とかを送ってる。

 ござる丸の皮を食べさせてた次男坊さんの馬は、最近なんか滅茶苦茶大きくなったとか。うん、マンドラゴラマジック。

 閑話休題。

 収穫用のハサミや手袋を付けた手で、思い思いの野菜を収穫する。

 私とレグルスくんはトマトをもいでたんだけど、そこに統理殿下がやって来た。


「野菜をもぐのは初めてだ」

「そう、でしょうね。大概の貴族は野菜をもがない人生を送るんじゃないです?」

「そうだな。という事は俺は野菜をもげる皇子に進化したんだな」

「大袈裟な……」

「いや、野菜をもげない皇子よりも野菜をもげる皇子の方がいい。やったことがある・出来る事が一つでも多いほうが良いんだ」


 そりゃそうだ。

 私が頷くと、レグルスくんも頷く。

 そうしているとシオン殿下も、キュウリ片手に話に交じる。


「源三殿から聞いたんだけど、これ、このまま食べても良いの?」

「え? はい。丸かじりできますよ」

「そうなのか!?」


 私の返事に統理殿下やシオン殿下が目を丸くする。その様子にレグルスくんもびっくりして。

「おうじでんか、キュウリたべたことないんですか?」なんて神妙に聞くから、これまたシオン殿下が真面目な顔で頷いた。


「僕達はほら、毒見とかの心配があるから……。温かいものを温かいうちに、冷たいものは冷たいうちにって言うのが難しくてね。ここのご飯は……温かいものは温かいし、冷たいものは冷たくて……」

「旨かったな。まあ、それもこれもエルフの大英雄がお三方いらっしゃる環境だからだろうな」

「ああ、毒見しなくても見ただけで解りますもんね」

「うん。それもあるし、永きの信用と信頼というのもあるな。彼の方たちがいて、皇家の人間が守られない筈はないって」

「ああ……」


 ぷちっとトマトをもぎると、レグルスくんに渡す。

 赤く熟れたそれは、先が尖っていてまるでハートみたい。

 じっとそのトマトを二人の皇子殿下が見ていた。なので魔術でちょっとだけ出した水で、そのトマトを洗う。

 レグルスくんはそれを持っていたハンカチで拭くと、殿下方に差し出した。


「どうぞ」

「え? いいの?」

「行儀とか、大丈夫か?」

「うん? いつも気が向いたらやってるんで」


 それに先生達もやってるし。

 そう言って指差した先には、フランボワーズをつまみ食いしてるロマノフ先生と、仲良くキュウリを半分こにしてるヴィクトルさんとラーラさんの姿があった。傍では源三さんがフェーリクスさんとナスの出来栄えについて熱く語ってる。


「……自由だな」


 統理殿下とシオン殿下がその光景を眩しそうに見ていた。


「はい。外では兎も角、ここは私の家で私が法律。私が良いと言えば、ちょっとくらいの無作法はありです」

「なるほど。じゃあ、いただこうか、シオン?」

「はい、兄上」


 二人はレグルスくんが差し出したトマトを魔術で半分に割って、滴る果汁に歓声をあげながらむしゃぶりつく。

 私もレグルスくんとトマトを半分こ。それだけじゃなく近くにいたリートベルク隊長にも、お裾分け。

 恐縮してたけど、トマトは水分補給になるからって言ったら齧り付いてた。

 地位のある人には地位のあるなりに、無い人には無いなりに悩みってのがあって、それを羨み合うのは違うんだ。

 私は当主になる前もなった後もわりに自由だけど、他の家がどうかなんて解らない。

 でも、だ。

 地位があるってことは、それだけでアドバンテージになる訳で。

 その使い方如何で、世の中が少しだけ変えられるかもしれない。それって重要な事なんだよね。

 そしてこの二人の皇子殿下はそれを知っている。

 頼もしいには違いないけど、その裏で統理殿下は自分を否定するまで追い込まれた事もあるし、シオン殿下はそんな兄を守るために自爆も辞さない覚悟を胸に秘めている。

 やだなぁ、もう。

 こう言うの知っちゃうと、人として何とか出来ないかとか思う訳だよ。自分の事もままなりはしないのに、お節介だし心の無駄肉だと思うんだけど。

 それでも。


「……たまにだったら、こういう感じで遊びに来てもいいですよ」

「本当か!? シオン、聞いたか!? 聞いたな!?」

「はい、兄上! また来させてもらいましょう!」


 喜ぶ殿下方の向こうで、話が聞こえたんだろうロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんが「あーあ」って顔してる。

 だってしょうがないじゃん。この人達の事、「菊乃井が安泰であればどうでもいいです」なんて言えないくらい知っちゃったんだもん。

 甘いなぁ、もう。

 肩をすくめると、先生達が苦笑してる。

 いいんだ。どうせ、中央の事に巻き込まれるなら、太いパイプがあった方が良いんだし。そういう計算なんだ、これは。善意とかじゃない。

 そういうのはちょっと置いて、夕飯に使う分の野菜を収獲すると、次は動物の世話が待ってる。

 そんな訳で、野菜を厨房に運ぶのはタラちゃんとござる丸に任せて、私達はヨーゼフの待つ厩舎へ。

 新しくなった厩舎は広くて、先生達のお馬さんの部屋と、ポニ子さんと颯、グラニの部屋と、モンスター牛の花子さん……身体にお花の模様っぽいものがあるから、レグルスくん命名……のお部屋、ガーリーとアズィーズのお部屋に、絹毛羊のナースィルと星瞳梟のハキーマのお部屋がある。

 他にも鶏舎とかあるし、火眼餐猊のポチは空飛ぶ城の控えの間が部屋だ。

 それでどこを掃除するかって言うと、先生達のお馬さんの部屋、ポニ子さん一家のお部屋と花子さんのお部屋。

 ガーリー達はラシードさんとイフラースさんが「飼い主の務めなので」って、二人で担当してる。

 奏くんや紡くんがいたら手伝ってくれるんだけど、今日は昨日に引き続きお父さんの代わりに農作業。その後で初心者冒険者講座にて合流だ。

 うちのお馬さん達、奏くんの事が大好きだからよく言うこと聞くんだよね。

 レグルスくんも好かれてるけど、お馬さんたちひよこちゃんのフワフワ綿毛みたいな金髪を、隙があったら舐めるから油断ならない。舐められて困って「にぃに~」言うてくるの可愛いけども!

 と、思っていたら、今日はシオン殿下がお馬さん達に狙われて。


「……あの、人懐っこすぎじゃないかな」

「えっと。何だろう……? 金とか銀の髪の毛好きみたいで」


 危うく涎を着けられそうになってたシオン殿下をヨーゼフが守り切った訳だけど、シオン殿下はげっそりだ。


「良かったな、シオン! あんまり動物に懐かれないって嘆いてたじゃないか。ここの馬達はお前が大好きなんだろう」

「あー……えー……僕、出来れば星瞳梟の雛とか、小さいのがいいかなー……」


 肩をポンと統理殿下に叩かれて慰められてたけど、シオン殿下はやや引き攣り気味だった。

 因みにこのやり取りを見ていたハーキマは、「マスターの上司の、その上司ならきちんとおもてなしするのだわ」と、シオン殿下の肩に止まるなど大サービスしてくれて。

 実は一番空気を読んでるのが、星瞳梟の雛だったというオチが付くのだった。

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