第372話 昔と今の交差する時

 待つこと暫し、レグルスくんが統理殿下をお迎えにやって来た。

 源三さんも迎えに来ようとしたのを「おうじでんかもやりたいっていうとおもうから、じゅんびをしてねっておねがいしてきた」そうで。

 統理殿下と護衛のリートベルク隊長は、レグルスくんとお庭に出かけていった。

 私はシオン殿下と一緒に自室へ。

 その間ちょっと沈黙。何と言うか、私はシオン殿下が苦手だし、恐らくシオン殿下もそうだろう。

 似てるんだよね、私達。

 とはいえ、似てるタイプが苦手でもやりたいって言うなら、それも本当にやりたいんだ。それは解る。

 なので私の部屋に入ってもらうと、テーブルの上に手芸の道具を並べていく。

 完成したフェルティング・ニードルは、使い心地がいいって奏くんに伝えたら「そりゃよかった」と笑ってた。

 それもちゃんと机において、絹毛羊の綿もきちんと準備。


「この綿毛って、絹毛羊の?」

「そうです。これに色を付けたヤツもあるんですよ。それで絹毛羊のマスコットを作ろうかと思いまして」

「そうか。それのやり方を教えてくれるのかい?」

「これって慣れてないと指を刺すので。それだと危ないから指編みから始めましょうか」


 指編みって言うのは、指を使って毛糸を編むやり方。

 指に毛糸を通すから擦れてりすることもあるけど、ゆっくり編むか手袋をすれば怪我の心配はない。これならえんちゃん様でも楽しめるだろ。

 それにこれなら、初心者にもそうハードルが高くないはず。可愛い髪飾りも作れるし、慣れればマフラーだって編めるようになる。


「じゃあ、そうしようか」

「はい」


 って訳で準備だ。

 今回作るのはブレスレット、ある程度編んだら処理は私がすればいいから。追々それも覚えてもらえばいいかな。

 親指に毛糸を巻きつけて、そこから人差し指の前、中指の後ろ、薬指の前、小指で折り返して……という感じ。

 前に持って来た糸を、指にかけた糸で編んで行くのを繰り返す。

 沈黙。

 私は私で、フェルトをプスプス突き倒していると、バサッと何かが落ちる音がした。

 なんだと思ったら、ベッドサイドに置いてあった本が一冊、床に広がっている。

 あっと思った時には遅く、椅子から降りて、空いていた片手でシオン殿下が本を拾ってしまった。そしてそこに記された祖母の名前を読んだんだろう、軽く目を見開く。


「これ……」

「祖母の日記です。置いてたのが落ちたみたいですね」

「君の祖母様の話はソーニャ様から聞いてるけど、君に似た綺麗な人だったんだって?」

「綺麗かどうかは別として、まあ」


 ふぅんと気の無さげな雰囲気だけど、シオン殿下が「そう言えば……」と切り出した。


「君のお祖母様は、どんな人だったかっていう話を昔聞いたことがあるよ」

「え?」

「いや、僕が聞きたくて聞いた訳じゃなくて。シュタウフェン公爵が去年の武闘会の後でグチグチと煩かったんだよ」

「去年の武闘会……。ああ、バラス男爵の件です?」

「そう」


 去年、武闘会でバラス男爵に追い込みをかけた件は、変な所でシュタウフェン公爵家へと波及していたそうな。

 バラス男爵の件でロートリンゲン家の足を引っ掛けてやろうとしていたところを、私が何だかんだぶっ潰しちゃったせいでそれが上手くいかなかったんだそうな。

 それ以前にもマリアさんの喉を誰かが焼いた事件で、シュタウフェン公爵家はどこの誰とは解らないまでも何となく私の存在を感じ取っていたそうで。


「君が女の子なら、シュタウフェン公爵家に嫁入りさせてやらなくもないのに……とか?」

「は? 私、嫡子なんで女子でも普通に嫁入りとかお断りですけど?」

「あの手の人間は常に自分達が選ぶ側で、選ばれる側に回った挙句お断りされるなんて考えもしないんだよ。自分の事を客観的に見れない奴に羞恥心ってものがあった例(ためし)があるかい?」

「……それで、それが祖母とどう関係するんです?」


 私は話題を強引に変えた。

 羞恥心の無い奴らの事なんか、考えたって解んないもんな。

 それよりはどうして祖母の話が、シュタウフェン公爵から出たかって方が気になる。


「それなんだけどね、先に謝っとくよ。凄く胸の悪くなる話だから」

「そう、なんです?」

「うん。なんかね、君のお祖母様が菊乃井に嫁に行った当時、『菊乃井に嫁ぐなんて勿体無い』って声があちこちから出たそうだよ。でも頑として稀世夫人の父がそれを聞き入れなかった。それどころか厄介払いできて良かったって感じで、菊乃井とも疎遠になるように離れていったらしい」


 ああ、なるほど。

 私には思い当たる節があった。

 というか、なんでそんな事になったか、答えは日記の中に書いてある。

 先に答えを知ってるだけに、私は然程驚かない。なので、シオン殿下の方が怪訝そうな顔をした。


「美人で賢くて。帝国中の男性貴族がこぞって求婚したけど、誰も受け入れなかったそうだよ。それどころか、親が率先して断ってたって話だったから、その当時の人たちは菊乃井の前々代夫人をちょっとおかしい人だと思ってたみたい。それでシュタウフェン公爵が『そんな狂女の血を引くんだから、その娘も孫もおかしいのかもしれんな。やはりそんな人間の血を、高貴なるシュタウフェン公爵家に入れるわけにいかんな』って嗤ってたんだよね」

「ああ、そういう……」


 でも、そのシュタウフェン公爵でさえ今度の神龍召喚は態度を変えざるを得なかったらしい。とは言っても「帝国の正当性を示した」ってとこらへんだけは認める的な。

 別にシュタウフェン公爵に認めて貰わなきゃいけない事は何もない。それに今後シュタウフェン公爵とつるんでる家は、そのせいで利益よりも不利益を被りそうだしね。

 次男坊さんを独立させて第一皇子派の側近として用いるって事は、シュタウフェン公爵家を立てているようでいて、その実は公爵家を二分するという事。そして重用されるのは本家筋でなく、完全分家筋の次男坊さんの方なんだから、本家の血は細らせるって宣言と同じだよ。

 それはいつか分家と本家の立場を逆転させるということでもある。

 でも仕方ない。

 長子相続で波風の立ってなかった帝国に、石を投げて波紋を齎したんだから。ゆるっと時間かけてぎちぎちに誇りを踏み躙られるんだ。是非もなし。

 でも、そうか。それってちょっと放っておくのも良くないのかな?

 祖母がどういう風に言われてたかを知る人は、私の事も警戒対象緒にするだろう。

 それはちょっとどうなんだろうな?

 そう考えると、ふと引っ掛かる事が出て来た。


「シュタウフェン公爵が祖母の評判を知ってるって事は、ロートリンゲン公爵閣下も年代的に御存じなんじゃ?」

「うん? 知ってるんじゃないかな。父上も知ってたし」

「あれ?」


 という事は、ロマノフ先生の事ばかりじゃなく、祖母の事でも警戒されてたんだろうか?

 口に出すと、シオン殿下は「それはないと思う」と首を横に振った。その手ではせっせと編み物が進んでいる。


「ソーニャ様が否定してたからね。『あの子は真面目な良い子だ』って」

「ソーニャさんが……」

「うん。だから僕達家族と梅渓宰相とロートリンゲン公爵とゾフィー嬢は、前々代夫人の事も君と同じだったんじゃないかって」

「え……?」


 一瞬ぎくりとして顔が強張る。

 なんで皆してそんな深い考察してるんだか。

 内心で白目になっているのを気付かれないように、苦心しているとシオン殿下が肩を竦める。


「ようは君のお祖母様も君と同じで頭が良かったから、素行の悪かった親をどうにかしたかったんじゃないかな? だけど君と違って失敗して、菊乃井に嫁に出されてしまった、とか。現に君の祖母方の家、今ないからね」

「あー……」 


 流石に帝国の首脳陣、完全に当たりって訳じゃないけど外れてないってのが怖いとこだ。

 これはちょっと、腹くくってお話してみようかな?

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