第354話 カブトガニじゃあるまいし

 この件はちょっと処か結構胡散臭いので、くれぐれも雪樹には一人で近付かないでほしい。

 ジャミルさんにその様に話して、その間のツナギとしてジャミルさんには次男坊さんを紹介することにした。

 菊乃井のカレーのお得意さんだし、彼は焼酎とか作ってるから、香辛料を必要とするお酒のおつまみなんかも考えてくれるかも。

 丁度彼からも手紙が来てたんだよね。

 次男坊さんはシュタウフェン公爵家の次男坊なんだそうだ。


『馬鹿な兄が調子に乗ってイキりたおしたって聞いて』


 軽く書いてあったけど、すごく丁寧なお詫び状をいただいて。

 前シュタウフェン公爵は現シュタウフェン公爵を非常に厳しく育てたらしい。まるで実父に可愛がってもらえなかった自分を慰め、また育てなおすようにシュタウフェン公爵の次男を溺愛して育てた。その反面、嫡男には非常に厳しく、次男坊さんのお父さんであるシュタウフェン公爵は前公爵に頭が上がらなかったとか。

 しかしその前公爵が亡くなって重しが取れた今、物凄くタガが外れて女遊びに走ってるそうだ。お蔭でポコポコ異母弟妹が出来てるという。

 んで、次男坊さんのお兄さんはそんなお父さんに溺愛されて育っていて、周りは一族の子息で固めてチヤホヤしてされているのが日常茶飯事。

 なのでお茶会の席でもそうされるのが当たり前だと思ってたんだとさ。

 だけど話題の中心はお兄さんじゃなくて私。それでも私は伯爵家の当主なんだから、公爵家の長男である自分を尊重する筈だと高を括ったのが運の尽き。

 尊重するどころか無視されるわ、無礼な事をする愚かな公爵家嫡男だって周りには思われるわ、家が担ごうとするシオン殿下にはそっぽを向かれるわ……。

 彼の評判は同派閥の貴族のお家に正しく伝わり、遠回しにその派閥のお家の人達に「お宅の息子さん、大丈夫なんです?」と言われる始末だ。

 当然ながらご長男さんは、生まれて初めて雷を落とされたそうな。それはもう次男坊さんですらドン引きする程の、相当なお叱りを受けたんだってさ。

『君の怒りに触れてウチが滅ぼうとも仕方のない事だけれど、領民には累が及ばない怒り方で収めてほしい』って文面にあったから、怒ってないのを伝えとかないとって思ってたんだよね。

 なので私からは怒ってない事と「何か変わった香辛料や、それが使われているモノがあればジャミルさんに紹介してほしい」って認めて、ギルド経由の速達で次男坊さんに届けてもらった。

 実際、これ、私は本当に怒ってないんだよ。

 私は怒ってないんだけど、宰相閣下が愛する孫娘ちゃんを泣かされて怒ってるんだ。

 ともあれ、返事は多分明日以降だろう。

 そんな訳でお話合いは終わり、ジャミルさんに次男坊さんから連絡がきたらすぐに知らせるお約束をして解散。

 私達は役所に向かう。

 レグルスくんの乗るポニ子さんの轡をとりつつ、ラシードさんが苦い顔で呟いた。


「なんか、貴族の家ってややこしいんだな……」

「ラシードさんのお家もそう変わらないじゃないですか」

「まぁな。でも帝国のお貴族様達よりは全然単純だと思うぞ」

「うーん、比べるようなものではないですが、雪樹って単一の一族でしょ? 帝国って多民族国家ですもん。意思統一の仕方から、民族に根差す習慣・慣例・思想・政治観、多種多様な背景があって、貴族っていうのはそういうのを代表とまではいかないけど、ある程度体現した存在でもあるから、曲げることの出来ない意地みたいなものもあるんですよね。それに折り合いをつけていくには、話し合いによる理解と衝突、妥協を繰り返さないと。競争相手を蹴落とすのだって、必要と言えば必要ですし」

「なるほど、俺は兄貴達の競争相手として見られてなかったから平和にのうのうと生きてられたのかな……」

「のうのうなんて言うもんじゃないですよ。雪樹のような厳しい環境では生きてるだけで戦ってるようなもんなんだから」


 沈んだような声のラシードさんに言っても、その顔は苦いまま。過不足なく自分のやることを見つけて励んでるのに、なんでそんな自分を卑下するのかね?

 ラシードさんもそういえば、私と同病な所あるんだよね。だけど末っ子として育ってきたせいか弟みが強くて、ついついレグルスくんとか紡くん側のカテゴリーに入れちゃうんだよなぁ。


「頑張って役所の書類整理とか手伝わせてもらえるくらいにはなったんでしょ? その調子で頑張ってくれたら、私もルイさんも楽になりますから」

「そ、そうか? ちょっとは役に立ってる、俺?」

「私の所に来る書類の優先度別仕分けの担当になったんでしょ? ルイさん出来ない人に出来ない事はやらせない人だから。私だって偶に、『まだまだですな』て言われるし」

「え? そうなのか」

「うん」


 それは政策の事なんだけど、やっぱりお金がないと手が届かない事が多いんだ。

 皆保険制度然り、避難訓練然り、義務教育然り。

 今やっと手が届きそうなのはお昼ご飯付き学校で、それはこの春から週三回開校で実施された。

 でもここで教えて上げられるのは読み書き計算で、高等教育なんて夢のまた夢。

 教育カリキュラムも手探り状態なんだ。

 必須の読み書き計算の他に、ダンジョンのある地域なのでせめて逃げられるように体力作りを兼ねた体育と、医者が少ないからまず病気にならないよう保健や安全衛生や初歩の手当とか。

 先生役はブラダマンテさんや、冒険者を廃業した人たちにお願いしてる。

 でもこの辺の教育カリキュラムって冒険者の初心者講座と被ってるところがあるから、その辺り合同で出来るかも知れないな。

 あんまり言いたくないけど、それに付けてもお金の欲しさよ……。


「君は人の事は見えるのに、自分の事はまだ見えないんですねぇ」

「はぇ?」


 大きなため息を吐いたそこから、ロマノフ先生の声が聞こえて。


「君が『識字率!』と言い出してからまで二年に満たない。実権を得てからは更に短い期間で学校まで漕ぎ着けた。凄い事じゃないですか」

「でも、お金だってそんなにある訳じゃないし」

「二年前の今頃は更にありませんでしたよ。税収だってドンドン増えています。君の人生はまだ始まったばかりなんです、焦ることはない」


 そう、だよな。

 ついこの間までレグルスくんが大人になったら、その時くらいにはいなくなってると思ってたから焦ってたけど、今は何としてでもそうならないようにしないといけない理由が出来た。

 なら、その分長生きも視野に入れて行動しないといけないんだよな。

 よし。

 すぱんっといい音を立てて私は自分の両頬を叩く。


「腑抜けてる場合じゃありませんね、ないなら稼ぐ!」

「ええ、その意気ですが……。君は姿形は貴公子なのに、時々どこかの傭兵の頭領かと思うような気合の入れ方しますね」

「そうです?」


 ロマノフ先生、私の事貴公子に見えるとか思ってたのか。その方が吃驚するわ。

 っていうか、見かけだけならラシードさんだってどっかの王族って言われても納得するけどな。

 そう言えばケラケラとラシードさんが笑う。


「どこがだよ!?」

「え、髪の色とか? あと、目の色なんかも、絵本の王子様でもおかしくないし。だいたい肌の色が滅茶苦茶白いし。貴族では白い肌の方が貴ばれますしね」

「ああ、そうですね」

「え、なんで白い肌で?」


 ロマノフ先生の相槌に、ラシードさんがキョトンとした顔をする。

 レグルスくんも不思議だったのか「なんでー?」と、ラシードさんと自身の肌色を比べてて可愛い。


「それは静脈が透けるくらい白い肌というのは、肉体労働の必要がない高貴な人という意味があるからですね」

「え? 俺、肉体労働しまくってるけど」

「ラシードくん、れーといっしょにおそとではたけのことしてるのに?」


 ちょんちょんと白い肌を触りながら、レグルスくんとラシードさんが首を捻る。 


「たしかに。この教訓は人を見かけで判断してはいけないって事ですかね」


 お後がよろしい事で……と皆笑う中で、私はイフラースさんの顔が僅かに強張ってることに、何となく違和感を覚えた。

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