第355話 ミステリーからホラージャンルに鞍替えはさせない
結論を言えば、やっぱり冒険者ギルドは建て直した方が良いらしい。
他にも将来を見据えると、大掛かりな街の区画整備を考えた方がいいって意見が出てるそうだ。
例えば菊乃井歌劇団専用劇場。
菊乃井歌劇団は将来二部に分けるつもりでいる。
一つは本拠地の菊乃井で公演するグループ、もう一つは空飛ぶ城での出張公演を行うグループだ。
現行菊乃井歌劇団は空飛ぶ城の劇場を専用劇場としてるけど、それが遠征に出てしまうとなれば菊乃井に根差した劇場がいる。
でも小さい劇場では今のカフェ劇場と変わらないから、ここは本拠地のブランドを意識したような特別感のある劇場が。
学校もそう。
将来において菊乃井には大学レベルの学問・技術・芸術研究機関を置きたい。
学問・研究・芸術都市、菊乃井。
「私が目指してるのはその辺なのですけど」
「なるほど。芸術は劇団を中心に文学・美術・音楽などを、学問は魔術を始め薬学医学、農学、技術などの発展を促したい……と」
「結局芸術というのは、あらゆるものが発展して、平和で豊かでなければそれもまた発展しない類のものなんですよね。だから安定の土台を築くために、あらゆる方面に寄与できれば……という」
っていっても、資金も人材もいないから現段階では机上の空論レベルにもなってないんだけど。
ルイさんの執務室、出してもらった紅茶に口をつけると、ロッテンマイヤーさんブレンドの味がする。
私の言葉にルイさんが首を捻った。
「冒険者はどういう扱いになるのでしょう?」
「彼らの生業にも学問は必要です。読み書き計算などの初等教育までは、冒険者志望者とその他の進路希望者とを同じ学問所に通わせていいと思います。問題はその後、過不足ない学力・体力を身に付けた後はそれぞれの専門課程に進ませる。勿論専門課程に進んだ後で、その道とは違う道に進みたくなったら変更は可能な柔軟性は必要かと思いますが」
「では冒険者の専門学校も必要、と」
「そうなりますね。でもそれは冒険者だけでなく、芸術もその他の学問も必要でしょう」
あれだな、前世のドイツの教育制度のような感じ。
前世のドイツでは六歳から十歳までは皆共通初等教育、そこから後は進学とか専門職とか就職とか決めてそれに必要な学校に通う。
菊乃井でやるなら六歳から十二歳の終わりまでは初等教育、十三歳からそれぞれの将来を考えた進学を……となるかな。
「なるほど。我が君は菊乃井を学術芸術都市として比類なきものにしたい、と」
「その土台と学問の自由を担保するためには、やっぱり豊かじゃないといけないのがなんとも、ですけど」
「それは私どもも立ち向かわなければならない問題です。抱え込むことなく、一つずつともに解消してまいりましょう」
「はい」
穏やかにルイさんが笑う。
この人には小回復の効果のあるカフスボタンを渡してあるけど、部下のエリックさんが過労で倒れるような人だったことを鑑みるに、ルイさんもその類なんだろうな。
ちゃんと休んでるんだろうか?
そんな疑問を口にすると、ロマノフ先生が笑い、ルイさんがはにかむ。
「ハイジと同じことを言うんですね」
「ロッテンマイヤーさんも?」
「はい。無理はしていないかとよく聞かれます」
「……だって、菊乃井の人皆よく働くんですもん」
ぷちっと膨れると、ラシードさんがジト目を私に向けて来た。
「一番働いてるのがなんか言ってる」
「ねー、にぃにもずっとはたらいてるのに」
レグルスくんも眉間にしわを寄せてるのを見て、ロマノフ先生が益々笑う。
いや、私は売られた喧嘩を倍以上の値段で買い取ってるみたいなもんですし。
働いてるっていうより、気分的には殴り合いをしてるような気がしてならない。
「政治は血を流さぬ闘争でもありますゆえ。それを思えば我が君は名将といって差し支えないかと」
口から零れた言葉を拾ってルイさんが褒めてくれるけど、私は首を否定形に動かした。
「でも帝都におわす人たちは、かなり手強いですよ。特にゾフィー嬢は、流石未来の皇妃といった感じです」
「第二皇子殿下も曲者ですしね」
私の人物評にロマノフ先生が頷きつつ、補足を入れてくれる。
あれなら皇室はとりあえず安泰だ。
そう言えば、あの話したかな?
そう思って夏の皇子殿下方の行啓の話をルイさんにすれば、彼は珍しく天を仰いで、それから大きく息を吐いた。
「……これから益々人の出入りが見込まれますな」
「観光地として菊乃井に箔が付くし、上手くすれば貴族の保養所等を誘致できるかもしれませんね」
「さしあたり、菊乃井の冒険者ギルドの整備を始めましょう。あちらも建物を建て直す必要性を考えているようで、役所で押さえている空き家などを貸し出してほしいと申請がありました」
「なるほど、ではよいように取り計らってください。それから建設にかかる人手は足りなければ、初心者冒険者の講習の一環にしてもらったらいいんじゃないかな? あと武神山派の人たちにも依頼してみても良いかも。街に早く溶け込むには、同じ作業して同じご飯を食べるといいって聞くし」
「承知いたしました。必要であればそのように」
「はい。お任せします」
そんな訳で話は纏まって。
お茶も未だあった事だし、今後の私の予定の話になった。
まだ未定だけど、絹毛羊の毛刈りに行くのは決定事項。その後で皇子殿下方とゾフィー嬢と宰相閣下のお孫さんの和嬢をお迎えする。
さらにその後が問題だ。
「ラシード君の一族に、ですか?」
「はい。ちょっと胡散臭いので彼の無事を知らせるにしても、秘密裏にやるより堂々とやった方が良い気がして」
私の言葉に、ラシードさんが大きく目を見開く。彼にも漠然とした不安はあったろうけど、はっきりと言葉にされると驚くらしい。
ちらっと横目で見たイフラースさんはラシードさんより顔色が悪く見えるけど、知らない振りだ。
「胡散臭いってどういうことだよ?」
「文字通りそのままの意味です。あまりにも兄弟喧嘩で済ませるにはおかしなことだらけでしたからね」
「それは……」
ラシードさんが俯く。
だって族長の三兄弟で、次男が三男を殺そうとする理由ってなんだよ。
これが長男を次男三男が結託して害しようとするならまだ解らなくもない。だけどそういう事じゃない。
そして次男は聞く限り、ワイバーンのような一応強い魔物を従えられる力はなかったという。更にそのワイバーンは死んだものを術で使役していた。
不可解な事が多すぎる。
けれど。
「ワイバーンの件は簡単かな?」
「え? 簡単って、なんかわかったのか!?」
「解ったっていうか、自分で捕まえられないなら捕まえてもらえばいいし、契約を譲ってもらえばいいだけでしょ」
「あ! タラちゃん式か!」
こくっとラシードさんに向かって頷けば、ロマノフ先生もルイさんもひよこちゃんも「ああ」と納得する。
これならワイバーンが死んでても、いや、死んでる方が楽なんだ。なにせ奴らは生きてる方が命令を聞かないんだから、物言わぬ躯の方が従えやすい。
でも死んでるものを生きているように見せるような仕掛けをしてたんだから、そこにも何やら意図を感じる。
そもそもこの件に関しては、当初からイフラースさんから第三者がいる事は示唆されてた。それに関しては、彼と結んだ契約があるから私からは触れはしない。
触れはしないけど、放っておいたって私って実例がいるんだから、契約の譲渡くらいいずれラシードさんも思いつくだろう。つまり、この件に第三者の介入があったという事も。
それならこっちで誘導して、一人で突っ走らないようにする方がラシードさんを守れる。
駄目押しに「もしそうだったら、この件は結構厄介な問題を孕むことになる」と呟けば、ラシードさんの顔色が悪くなった。
「どうして!? なんでそんな!?」
「それは私にも分からないです。だってこれだって推論に過ぎないんだもの。考えられるのは、雪樹の一族に何か含むことがあって仲違いさせたい輩がいる、とか? あとは……どこかで何らかの恨みを買ったとか」
「お、俺、恨まれるような事なんて……」
「別にラシードさんが恨まれてる訳じゃなくて、お兄さんかも知れないし親御さんかも知れないし。家族が家族の手で殺されるって悲劇でしょ?」
「それはたしかにそうですね」
混乱するラシードさんに対してルイさんも、ロマノフ先生も冷静に頷く。
そんななか、ひよこちゃんがラシードさんの服を引っ張った。
「あのね、だいじょうぶだよ」
「だ、大丈夫って何が!?」
「ほんとうにはやくどうにかしなきゃいけないときは、にぃにすぐにどうにかしようとするもん。いまおはなししてるだけなら、だいじょうぶってことだとおもう」
「え? そ、そうなのか?」
半分涙目のラシードさんに、私は頷いて、それからハンカチを渡す。
「貴方だけが狙いならワイバーンが死んだ時点でしくじった事は相手に伝わっているでしょう。今頃貴方を探しているか、貴方の手がかりを探して雪樹に探りを入れているはずだ。そうでなくて雪樹の一族に恨みを持って混乱を招きたいなら、目的を果たせたわけだからそれ以上何をする必要もないですし。だいたい族滅を狙うなら、貴方と次男の喧嘩みたいな小さい所に手を出さず、もっと大きなものに手を出すでしょうよ」
「じゃ、じゃあジャミルさんを止めたのって……?」
「貴方が目的だった場合、ジャミルさんが殺されてその躯を使役されかねないからですよ」
ピシャッと告げれば、ラシードさんが息を呑んだ。
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