第348話 同門兄弟弟子船
なるほど、北アマルナ王国の王妃殿下が彼女の名前を知っている筈だ。
園遊会もつつがなく終わり、歌劇団の皆やベルジュラックさん・威龍さんとは一旦お別れ。
予想通り、ベルジュラックさんに探りを入れて来たのもいるし、威龍さんに絡もうとしたのもいた。
どれも私と目があったらそそくさ逃げて行ったけど、本当に彼らを讃えようとして近付いてきた貴族は色々と二人を激励してくれたみたい。
勿論私にも、賛辞とともに「何か力になれることがあれば……」という言葉もくれた。
向けられる視線は好意的な物と様子見的な物が大半、敵意は微量。顔見せとしては上々かな。
因みに午前の園遊会にもレクス・ソムニウムの衣装を着てたけど、当たり障りなく緑にしておいた。
どうも帝都の人たちの間で私は着道楽扱いされてるみたい。
いや、現実逃避してる場合じゃないな。
去年の夏、コーサラで出会った金銀妖瞳(ヘテロクロミア)で羊角の令嬢・ネフェルティティ嬢。彼女はなんと北アマルナ王国の王女殿下だった。
この度、友好の証として両親が帝国を訪れるというので手紙をくれたらしい。
そっかぁ、ロイヤルだったかぁ。
色々奏くんやレグルスくんと祖母の書斎で調べていたけど、そんな気はしてたんだよねぇ。
彼女の手紙には、金銀妖瞳の偏見を晴らすために色んな事を調べたり、識字率を上げるためにまず必要な事は何か、王女としての教育を受けつつ日々目標に向かって歩いている事を伝えてくれた。
それからござる丸の花からは、何故かにょきっと手足の生えた蕪が生まれたそうな。それもやっぱりマンドラゴラで、鳴き声が「みぎゃ!」とか「みぎょ!」って聞こえるって。目や口はござる丸と同じで位置がよく解らないみたい。
結びにはいつか胸を張って会える自分になれたなら会いに行くとあった。
うん、きっといつかの記念祭で会えるんだろう。それまで私も、何か誇れる人間にならなきゃな。
読み終えた手紙をポケットにしまうと、ほっと息を吐く。
ロマノフ先生の目が、悪戯っ子のように光った。
「で、感想は?」
「うん? 感想ですか?」
「ええ。ネフェル嬢のお手紙と、彼女の正体について」
「ああ……。驚きはあまりないですね」
皇子殿下達のお茶会まで間があるので、宮殿の中の待機室のような部屋が開放されている。そこでレグルスくんを待ちながら手紙を読んでた訳だ。
実のところ奏くんが調べ物の最中に「は! ネフェル姉ちゃん王女なんじゃね? おれの直感がそう言ってる!」と叫んだ事があって、「まさかねー」って笑ってた事があるんだけど、奏くんの直感でしょ?
当たってるんじゃないかなぁって何となく思ってたとこはある。
そう言えば、ヴィクトルさんが「なるほど」と頷いた。
「カナたんの直感じゃ、信じる一択だよねー」
「頼りになりますね、奏君」
「はい」
うん、奏くんは頼りになりますとも。
私達兄弟にとって奏くんほど頼れる友達はないよ。的確に助言はくれるし、口を出す時は手も貸してくれるし。
きっとこれからどんな人と知り合っても、奏くんはずっと親友だ。
翻って。
私は胸元に手を当てて、衣装に魔力を通す。すると緑だった布地の色が、第一皇子殿下の瞳と同じ紺色に変わる。
「このお茶会、旗色をはっきりさせる舞台でもありますが、将来の皇帝陛下の側近というか腹心候補を選定するための場でもあります。学友の見定め、ですね」
「学友ねぇ……」
私と統理殿下は年が離れてるから、私が幼年学校に入る年に殿下が最終学年だったかな?
そうなるとご学友っていうのはちょっと難しい。第二皇子殿下とだって辛うじて先輩後輩っていう感じだし。
それに私は侯爵、腹心だのご学友だのそういうのは今更だ。
ただ、殿下の腹心だの側近だのになる誰かが、こっちに敵意を向けるような人材であっては困る。
殿下もまさかそういうのを側近やらには選ばないだろうけど、国内の権力バランスってのも配慮して人選はするものだ。
身元調査的な事は此処に至るまでに終わっているだろう。それでどういう人選になるのか……。
ちょっと気になったから先生に訊いてみると、少し考えてロマノフ先生は口を開く。
「縁故採用とか多いですよ」
「縁故採用?」
「はい。従兄弟とか、大臣の息子とか孫とか、ですね」
「ああ、なるほど」
まあ妥当か。
納得していると、ヴィクトルさんが肩をすくめる。
「そういう意味ではあーたんやれーたんも選考に入ってるんだよ?」
「え? どうしてです?」
「けーたん、皇子殿下達の魔術の師だもの。という事は、彼ら二人は僕の孫弟子に当たるんだよ。あーたんもれーたんも、広い意味では皇子殿下達と同門なんだから。ましてあーたんは皇帝陛下の弟弟子でもあるわけだし」
「へ!? 弟弟子って……あ!」
ヴィクトルさんの爆弾発言が私の脳内で炸裂した。そう言えば去年ロートリンゲン公爵閣下のお宅で「鷹司佳仁」氏とお会いした時、ロマノフ先生は「とある皇太子殿下に『皇帝になって出直せ』って啖呵をきった」って話を教えてくれたんだっけ。
あの啖呵を切った皇太子殿下が今の皇帝陛下だったんだ!
あれだ、きっと皇帝陛下も私と同じように無茶ぶりされたに違いない。そりゃ先生の事「怖いエルフ」っていう筈だよ。
うぐうぐとロマノフ先生を見れば、「あはは」と軽く笑って先生に膨れた頬っぺたを突かれる。
なのでぶちりと無茶ぶりに抗議すると、益々ロマノフ先生が笑った。
「たしかに陛下にも厳しく指導しましたけどね、私は全く出来ない事をやらせた事はありませんよ。ギリギリを攻めているだけです。クリアした後は同じことにでくわしても動じなくなったでしょ?」
そう言われたらそうだし、課題を乗り越えた後はたしかに色々出来る事が増えてるんだよね。
思わず同意してしまったら、ヴィクトルさんが噴き出した。
いや、私の事は良いんだよ。ちょっと居心地が悪くなったから話をわざと戻す。
縁故でなら私もレグルスくんも側近・腹心の候補に挙がるだろうけど、そうでないなら決め手はなんだろう?
尋ねればヴィクトルさんが教えてくれた。
「才能も物をいうね」
「才能、ですか?」
「うん。例えば難しい論文を書いて認められたとか、剣の腕が立つとか。それはでも、その子の師も重視されるよね」
「師が高名だと、その師が認めた才能の持ち主という事で候補に挙がりやすくなります。これに関して言えば、レグルスくんはお声が掛かってもおかしくはない」
「え?」
不意に出て来たひよこちゃんの名前に、私はついキョトンとしてしまう。
するとヴィクトルさんが「まだ話してなかったっけ?」と、首を捻った。それにロマノフ先生が「本人が言わないモノを言って良いものかと」と返す。
ちょっと意味深なやり取りに首を捻っていると、ヴィクトルさんが口を開いた。
「あーたん、前にソーニャ伯母様と君のお祖母様のつながりの話を聞いたでしょ? その時伯母様と一緒にいた人がいたって言ってたよね」
「ああ、はい。その方のお弟子さんが源三さんでしたよね」
「そうです。その時、母と一緒にいた人なんですけどね。これが中々凄い御方で。武神が『無双の頂に登った証として無双一身と号せよ』と言われた方で、その剣術は『無双一身流』として、その方の数多のお弟子に引き継がれたそうです」
けれど、その剣士さんから直接奥義会得と免許皆伝を許されたのはたった一人だったとか。
「それが、源三さん……」
「はい。その無双一身の剣士は卜伝(ぼくでん)殿と言ったそうですが、源三さんがもう剣士として満足に戦えないと聞いた時涙を流して『惜しいかな! 彼奴(きゃつ)は我を超え行く漢(おとこ)であったものを!』と嘆いたそうですよ。それからも弟子をとられたけれど、奥義はけして伝えなかったとか。何でも『我が流派は彼奴が認めたものが継ぐ』って言ってらしたとか」
「そんなに……!」
「でね、私この間源三さんに聞いたんですけど、そろそろレグルスくんに『奥義をぼちぼち伝えて行こうかと思っとります。免許皆伝も考えないといかんですな』って」
「僕も最近れーたんのステータスに『無双一身流』っていうのが見え隠れしてきちゃってどうしようかと思ってたんだよね」
え、すごいじゃん!
「レグルスくん、凄いじゃないですか!」
心の底から叫ぶと、ぴかっと部屋の中心が光る。
その中心に大小二つの人影が浮かんで、やがて輝きが収まると濃い金髪がふわりと触れるのと、プラチナブロンドが美しく光を弾くのが見えた。
「にぃに、れーのこと呼んだー?」
きゅるんと青いおめめを光らせて、元気にレグルスくんが飛びついて来た。
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