第349話 仁義なきお茶会 序
ラーラさんと一緒に現れたレグルスくんは、きちんとお茶会用の衣装に着替えていた。
長四角の袖は、私の服とお揃い。色も今日はあらかじめ合わせていたように紺色にして揃えた。
背中には菊乃井家の紋章である大ぶりのダリアと、レグルスくんの旗印を刺繍して。私の服の方にも実は私の旗印が刺繍してある。
準備は万端。
時間になったので先生達とはお別れして、二人の皇子殿下のお茶会会場の離宮の庭へと向かう。
大人の参加は許されない。遠巻きに見守るだけだ。
そのかわり、子ども達が何かやらかしても「無礼講」として問題にしない事が確約されている。だって参加者、小っちゃい子もいるんだもん。
殿下方のご学友に選ばれそうなお家の子たちにとっては戦場だけど、そうでもない年頃の子たちにとってはご近所領のお子さんと友好を深める会でもあるし、将来幼年学校に通う時の顔つなぎの場でもある。
私はどっちか言えば後者。
ご近所のお友達になれそうな人と知り合いになれたらいいなって感じ。レグルスくんもそう。
皇子殿下達とは個人的にもうお友達なんだから、今、焦る必要はない。
ってな訳で、会場につくと形式は立食パーティーに近い感じで、席は用意してるけど各々好きにテーブルを移動してねって方式みたい。
庭にはテーブルと椅子がセッティングされてて、テーブルの上には綺麗なお菓子や飲み物が用意されてる。温かいものが飲みたいときは、近くにいるメイドさんに頼めばいいようだ。
まだ殿下がたはお出でじゃないけど、会場は結構な賑わい。
そこにレグルスくんと踏み込めば、ピタッと和やかな会話が止まり、視線が私達兄弟に集中する。
視線に含まれる敵意は微量。好意というか好奇心はたっぷりと。
さてさてどう反応するのが正しいのだろう。ちょっと考えている間に、レグルスくんが私の手を引いた。
「あにうえ?」
にぱぁっと輝く笑顔のレグルスくんに呼ばれて、いつまでも難しい顔なんかできない。同じく笑顔で「なぁに?」と答えれば、何処からか「きゃー」と悲鳴が上がった。
なので、その笑顔を不自然に見えないように顔に張り付かせて、悲鳴が上がった方に向ける。
「御機嫌よう?」
なるだけ穏やかに、かつ優雅に。更には「敵意はありませんよ、警戒しないでくださいな」っていう思惑を乗せて。
これ【魅惑(チャーム)】の応用。
皇宮にはハニトラを防ぐために魅了系魔術を防ぐ結界的なものはあるんだけど、私が使ってるのはどちらかと言えば緊張の緩和、ようはリラックス効果の出る物。害意がないからスルーされるみたいで、男の子も女の子も口々に「御機嫌よう!」と機嫌よさげに返してくれた。
始めてくる場所で好意的に迎えられるって、本当に精神衛生に重要だわ。
レグルスくんも私に倣って「ごきげんよう」とお辞儀すると、ほわっと場が和んだ。よし、掴みはオッケー。
ワイワイとまた賑やかに子ども達が話し出すと、気さくに私達兄弟を話の中に招いてくれた。
話題は色々。歌劇団のショーの話や、
レグルスくんにもお茶を勧めてくれたり、空飛ぶお城の事を聞いたりで、私が警戒していたような家の事情をあてこする事もない。中にはレグルスくんの着ている服に興味津々の子もいたようでお袖を触らせてあげてたりで、ひよこちゃんも楽しそう。
レグルスくんはよく街で遊んでるから、同年代の子たちとお話しするの楽しいよね。
笑顔で応対を心がければ大概の人間は敵意を抱き続けられない。でも物事にはなんにでも例外がある訳で。
輪の外側から向けられる数少ない敵意の視線が徐々に鋭くなっていく。
でも、知らんわ。
無礼講と最高権力者からお達しのある場所で、家の権力を振りかざそうとする愚か者に向ける視線はない。
あえて無視していると、視線に気づいてるレグルスくんが私に小首を傾げて見せる。でも笑顔を見せれば私があえて視線を無視してるのが伝わったようで、レグルスくんがこくっと頷いた。賢い。天才。流石次期無双一身流継承者(推定)。
とは言え、そろそろあっちの許容量に限界が来そうだ。
歯ぎしりしてそうな雰囲気が伝播してきて、輪の外側にいる子ども達がひそひそとそちらを伺う。
それでも私がそちらを見ない事に業を煮やしたのか、あちらがとうとう動き出した。
ざわっとあまり良くない雰囲気で子ども達の輪が割れる。そして道が出来ると、第一皇子殿下と同じくらいの背の少年がこちらに来るのが見えた。
しかし人が急に動くとそれについていけない人も出る。
此方に来ようとした少年に、色白でふくよかな小さな女の子がぶつかりそうになってよろめく。
レグルスくんと同じ歳かそれより小さいくらいの女の子だ。
ちょっと当たってしまったのか、少年が煩わしそうに女の子を払った。
転んでしまう!
私が動くより先に、レグルスくんが私の横を駆け抜けていく。そして颯爽と倒れそうになった幼女を、お姫様をエスコートするがごとくに支えた。
「だいじょーぶですか、おじょうさん?」
「あ、は、はひ」
きりっとした表情のレグルスくんに見つめられて、色白な女の子の頬っぺたが桜色に染まる。
あら、あらあら、あらあらあらあら。
まるでお芝居におけるヒーローとヒロインの出会いじゃありませんこと、奥さん!? 奥さんて誰だよ。
いやー、良いモン見たわ。
あまりにエモくて素敵なひよこちゃんの活躍に、周りの人たちもほうっと感嘆のため息だ。
そんな王子様とお姫様名二人に見惚れていると、レグルスくんがそっと女の子の手を引いて私の近くに寄って来る。
「あにうえ、ごれいじょうのドレスが……」
「うん? ちょっと待ってね」
声を掛けられて、彼女と目線を合わせるため屈む。するとお嬢さんが涙目になっていた。
「ああ、ドレスのレースが汚れちゃったんだね。大丈夫、任せて」
「あにうえがどうにかしてくれるから、なかないで」
「君!」
「あの、わたくし……」
「ちょっとだけドレスに触れますね」
「おい! 君! 話しかけているのに無視とは、無作法じゃないか!?」
何かハエがうるせぇな。
それよりお嬢さんのドレスのレースが一大事。お嬢さんのドレスの裾に少しだけ手をかざして、水の魔術でそこだけ洗って風と火で乾かして。
レースが元の鮮やかな色味を取り戻して、お嬢さんの顔にも笑顔が戻る。
お嬢さんがドレスの裾をほんの少し持ち上げて、育ちの良さを窺わせるお辞儀で礼を告げた。
「ありがとうございます」
「どういたしまして」
「はい、どういたしまして」
「おい! 聞いているのか!?」
レグルスくんと私もお嬢さんの礼に応えた所で、ハエが私の肩に手を伸ばす。それを身体を一歩引くことで避けた。
「無作法な。お里がしれますよ?」
「な!?」
しれっと言ってやれば、煽り耐性がまだ低いのか少年が顔を真っ赤にする。
ぎッと睨みつけてくるけど、これなら城の番猫・ポチの「ご飯下さい」って目の方が圧があるくらいだ。
そもそもデカい声で話しかけてくんな。誰だよお前、何処中だコラ?
不愉快をお互いに全面に出して睨み合っていると、少年の取り巻きなのか同じくらいの年の子どもが小さく「公爵家のご嫡男に、伯爵がかみつくなんて……」とぼそぼそ呟く。
公爵家の嫡男ねぇ?
少年がニヤニヤと私を見るけど、私は別段表情を変えない。
貴族の子女は当主より下の位とみなされる。この理屈でいうと公爵家の嫡男は侯爵と並ぶんだよね。そりゃ伯爵相手だとこういう態度になるんだろうけど……。
勝ち誇ったように少年が口を開く。
「私はシュタウフェン公爵家の嫡男・フリードリヒだ」
「そうですか。私は菊乃井侯爵家当主鳳蝶です」
「こ、侯爵!?」
「はい、午前の園遊会で正式に陞爵(しょうしゃく)しました」
にこやかに笑う私に、少年とその取り巻きが息を呑む。
貴族なんて「ヤ」のつく自由業みたいなもんで、マウントの取り方を間違えたら戦争だ。
どう落とし前付けてくれるんだ、この野郎?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます