第345話 えげつない師匠からの嬉しくないご褒美
聞くべきことは聞いたし、言うべきことは言った。
殿下は情緒が安定してさえいれば、おおらかで人とどっしり向かい合うことの出来るタイプらしい。
あの話の後、お友達なんだからと私と殿下は色々話した。
猜疑心は知らないことから発生する。
だから、そういうのを極力減らすためにお互いを知ろうってことだったんだけど「ご趣味は~」とか「好きな食べ物は~」とか、なんだかお見合いみたいだった。
私は自慢じゃないけど五歳までは一人っ子で、レグルスくんと出会って初めてお兄ちゃんになったわけで。
そんな私はお兄ちゃんを物心ついた時からやってる奏くんに弱い。
それは奏くんが無意識か意識的かは知らないけど、私の面倒をみようとしてくれるからだ。そんな部分に私の甘やかされたさが惹かれちゃうんだよ。
殿下は更にお兄ちゃん歴が長いから、こう、私の柔らかいところが凄く擽られるんだ。
この傾向を考えるに、お姉さん歴が長い人にも、私は多分弱いんだろう。
さすが元甘ったれの我が儘白豚。
……じゃなくて。
殿下は自分のことも話してくれたけど、私の話をじっくり聞いて、自分なりに理解を深めようとしてくれた。
そういうとこ、なんだろう。シオン殿下が皇帝と仰ぐなら、殿下が良いって言うのは。
「珍しく情に流されてますね」
音もなく優雅にワインの入ったグラスをテーブルに置くと、ロマノフ先生が目を細めた。
らしくないって言い方だけど、声が笑っている。
寧ろ私の方が自分に呆れてるくらいだ。
我ながら甘い。
「そう思います。思いますが、なにもされてないのに、あの手の人に悪感情を抱くのは難しいです」
「なるほど。向こうも君に対しては好感度が余程高いのか、陛下に食ってかかったそうですよ」
「へ?」
「『菊乃井伯を矢面に立たせるなら、せめて内外の有象無象からは庇ってやってほしい』と」
おぉう。
いや、庇われてる部分は十分庇われてるよ。
今回の件も国益に敵う部分が多かったのもあるだろうけど、ほぼほぼ私の良いようにさせてもらったし、事後の処理は国の方でやってもらってる。
私がギルドと元火神教団に対して突き付けた監査も通ったし、ルマーニュ王都ギルドの実質解体も飲まれた。
ルマーニュ王都の冒険者ギルドから、ルマーニュ王国の影響を排除するために、職員は真面目に働いてた一部を除いて総入れ替え。
上層部にはルマーニュ王都の冒険者ギルドのやりように反発していた人を迎え、それを守るように他国のやり手を据える。
更にそれを、年に一度は必ず第三者機関が監査を行うこと。
この第三者機関による監査は、他のギルドも受けることになる。勿論菊乃井の冒険者ギルドもだし、例外はない。
因みに監査役というか、調査員には元火神教団の諜報部の人を当てればと思ってたり。
だってあの人達の調査能力、凄いんだもん。
探偵とかやらせたら儲かりそうなのに、日陰にいるなんて勿体無い。
ルマーニュ王国は当然反発した。
でも考えてみてほしい。
この騒ぎの発端は冒険者ギルドっていう、超巨大民間企業の内輪揉めなんだ。
ルマーニュ王国では、その民間企業と役人が賄賂で結び付いていて不正が蔓延っていた訳で。
膝元で不正を働いていた企業の監視を率先して行うならともかく、その改革を反対するって国家としてどうなのか?
もしやルマーニュは、邪教を崇める輩と組んだルマーニュ王都の冒険者ギルドを黙認していたのでは……?
百戦錬磨の各国代表者からそんな視線を向けられて、怯まずにいられるほどルマーニュ王国代表の王太子殿下の胆は太くなかったようだ。
冒険者ギルドというのはたしかに超巨大民間企業であり、有事には一番敵に回りやすい組織でもある。だけどそれだって防ごうと思えば防げるし、最終的に国に付くか冒険者ギルドに付くかは、冒険者個々人の判断だ。
この辺りの事を含められたら、ルマーニュ王国としてもいつまでも反対していられなかったんだよね。
ここまでの議論、全て皇帝陛下と宰相閣下が全面に出てやってくれましたとも。
私は自分の望みを書面にして提出しただけ。
各国冒険者ギルドの代表も「この度の不祥事は冒険者ギルドの理念が揺らいだから起こったこと。反省と再発防止のために監視を粛々と受け入れる」って表明してくれたしね。
私としては面倒臭い実務やら事後処理をまとめて引き取ってもらって万々歳だったりする。
だけど、だ。
これで終わらないのが百戦錬磨の帝国上層部なんだよ。
「庇ってくれるなら、陞爵(しょうしゃく)をなしにしてくれればいいのに」
「それは無理だよ。信賞必罰は国の基、あーたんの功績は極めて甚大。その功労に何をもって応えるか、だよね」
「だったら爵位じゃなくて、お金がいいです」
「まんまるちゃんはロマンを求めるところと、実利に走る所の落差が酷いよね」
ヴィクトルさんもラーラさんもひょいっと肩をすくめる。
だって爵位が上がったら、その分社会的責任も大きくなるじゃん!
しかもこの陞爵、それだけじゃない。なんと領地も付いて来る。
菊乃井の隣の天領、アルスターの一部を割譲されるとか。それにアルスターの森にある、ロッテンマイヤーさんのドレスに使った上質の綿花の占有権も。
服飾系の産物を扱う菊乃井にとって、上質な綿花の占有権は喉から手が出るほしいもの。だからそれについては、本当にありがたい。
だけどだ、この話にはきっぱりはっきり裏がある。
その裏が憂鬱すぎてため息を吐くと、ロッテンマイヤーさんが私のカップにお茶を継ぎ足してくれた。
良い香りで気分が落ち着く。
帝都から帰って、お家でご飯を食べた後のお茶の時間、先生達には晩酌の時間が一番落ち着ける時間だ。
レグルスくんもそのようで、私の膝の上でウトウトしてる。
ご飯食べた後、疲れが出ちゃったんだろうね。
ちなみに、今日の先生達の酒の肴はお芋を薄くスライス、ようは空気が入るようにじっくり揚げたポテトチップスを、高温の油に突っ込んで膨らませたポムスフレってやつ。
ボールみたいに膨れたお芋に塩をパラリンしただけのことなんだけど、前世の「俺」が「シャレオツなおやつ」って作ってたんだよね。
料理長がレシピに悩んでたから、ちょいちょいと話したらあっという間に出来ちゃった
「とはいえ、君にも悪い話ではないと思いますよ。君にそんなつもりはなくとも、恨まれる時は何をしようがしまいが恨まれるんです。そんな時、威龍君の盟友である諜報活動が出来る人達がいてくれれば心強い」
「逆もまた然りだよ。彼らもどうせ首輪を着けられるなら、あーたんがいいって言うと思う。彼らは少なくとも逆賊となってもおかしくない所を、助けられた上に正当な信者としての箔を付けてもらったんだから」
「まんまるちゃんは切り離した信者たちの事は信じてるんだろう? 君の傍に置かれるっていうのは庇護を受けるのと同じことだ。最初から疑われて見張られるのと、精神的な負荷も違うよ」
先生達の言葉に耳を傾ければ、それがたしかに彼らにも私にも良いんだって解るんだけども、それでもウダウダ言いたいのは私の悪い癖だよね。
もう一度ため息を吐く。
新たな火神教団の本拠地は、帝国が管理する何処かの
その与える人造迷宮かダンジョンかを何処にするかで、帝国内部ですったもんだがあって。
ついでに彼らを誰が監視するかって事でも結構揉めたらしい。
誰しも皆曰く付きの集団を受け入れるのは御免被る訳だけど、ダンジョンか人造迷宮か、モンスターを狩って得られる収益って結構おいしい。
美味しい事は好きだけど面倒は嫌って連中ばっかだったから、皇帝陛下は火神教団を天領に受け入れることにされたそうな。
だけどそういう物のある天領っていうのが、帝都の近くか帝都から遠くにあるかの両極端。
帝都の近くの人造迷宮は出入りする冒険者が多くて、威龍さん達の望みに添わない。それに帝都住まいの貴族が嫌がる。
なら遠くの天領っていっても、遠すぎて監視の目が届きにくければ意味がない。そんな中で一番近くて人造迷宮があるっていうと、なんと菊乃井の近くのアルスターにある古代エルフが作った人造迷宮だった訳だ。
それなら褒美として旨味のある人造迷宮をやるから、火神教団も引き取ってどうぞっていう、ね。
ガシガシと頭を掻く。
「威龍さん達の事を考えたら、私の膝元に置く方が良いとは思います。私に味方して正当性を示したっていっても、世間の信者さん達を見る目は決して優しくないでしょうから」
それが最良だし、彼らに対しての責任を取るってことだよね。
自分に言い聞かせるように口を開けば、ロマノフ先生が真面目な顔で頷いた。
「そうですね。菊乃井は君の影響力があるから、他所よりは視線も優しいでしょう。せめてほとぼりが冷めるまでは傘になってやった方がいい」
「そうですね、でも」
「でも……? 何か気になる事が?」
「ロマノフ先生、陛下に『諜報部欲しいからアルスターの人造迷宮付きで菊乃井に』とか売り込んでませんよね?」
ジト目でロマノフ先生を見れば、すごく爽やかな笑顔がその顔に浮かぶ。
「まさか。いくら私がえげつない師匠でも、そんな事言いませんよ」
「ですよねー」
「そもそもあっちが、陞爵とアルスターの人造迷宮周辺の割譲で引き受けてもらえないかって打診するから『それなら大人になった暁にはアルスター全体を菊乃井にくださるんですよね?』って聞いて、『アルスターだけじゃなく、他にもその周辺を割譲する』っていう密約を貰っただけですよ」
ふぁーーーーー!?
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