第344話 皇子と伯爵の仁義あるお話合い 後

「……くれって言われましても」

「だよなぁ」


 ほろ苦い笑顔の統理殿下に、私は少し肩をすくめた。

 まあ、でも、こんなものだろうなとも思う。

 覚悟って言葉が強かったら、それ自体も強い訳でもないし。

 ただ、この間私に心情を告白しに来た時の殿下より、今日の殿下はちょっとは強(したた)かになってる気がする。

 あの時はシオン殿下の気持ちが解らなくて、根本のどうして皇帝になりたいのかって想いが揺らいでしまっていたのかな?

 何となく「この間とは随分違いますね」なんて口にすると、統理殿下が目を伏せた。


「だって、俺より五つも小さいのが龍を召喚するほどの覚悟を見せたのに……。皆を笑顔にしたいって言ってる俺がそれを受け止めかねてるって、情けない話じゃないか」

「別に殿下のために龍を召喚した訳ではないんですけど」

「知ってる。でも卿が守ろうとするその他大勢の中に、俺も入ってるのも知ってる」


 なんというか、調子の狂う人だ。

 明け透けに好意を示してくるから厄介なんだろうな。

 こういうタイプに私が弱いのはレグルスくんと奏くんで実証済みな訳で。

 そもそも同病相憐れむで好感を持ってるんだから、そりゃあ甘くもなるわな。

 大きなため息を吐いて、テーブルにおかれたポットからお茶を自分のカップに勝手に注ぐ。すると殿下もお代わりが欲しかったのか、私がおいたポットで自分でお茶を継ぎ足した。


「殿下、お行儀悪いですよ。私がお淹れするまで待ってください」

「いや、これくらい自分で出来る」

「うちのおもてなしの問題です」

「卿も自分で淹れたじゃないか」

「私は毒見だからいいんです」


 そうぶすっと言えば殿下が「なんだそれ」と笑われる。

 七歳児と十二歳児の会談なんて、一回グダグダしたらもう後はグダグダだ。

 だいたいこんな難しい話、幼年学校に行く前の子ども同士でやる事でもない。

 幼年学校はモラトリアム期間でもあるんだから、その間に私も殿下も成長すればいいんだ。時代はまだ大きく崩れそうには見えないんだし。

 ただ、面倒なお茶会の対策はきちんと立てておかないと。

 私は居住まいをただすと、それを見た殿下も同じく背筋を伸ばした。


「殿下、私と殿下は仲良しです」

「うん、そうだな。故に諫言も辞さないし、耳に痛い事もズバズバ言う?」

「言います。でもそれだけじゃありません。私は決して陛下と殿下には逆心を抱くような事はありませんし、それは陛下も殿下もご存じだ」

「ああ。だいたい反逆されても鎮圧は出来なくもないだろうが、帝国が帝国でいられるか微妙だしな」

「反逆しませんたら。面倒でしょ、折角統治出来てるのに瓦解(がかい)させるとか」

「そうだよな。俺もそう思う。卿はそんな面倒で手間を取られることはしない。合理的じゃないもんな」

「そうですよ。私、これでも忙しいんです」


 お茶会で殿下の足を掬(すく)おうとするものがあれば、それはシオン殿下やゾフィー嬢、ついでに私で何とかする。困るのは私と殿下や陛下の間に溝を掘って疑念を植え付けようとされた時だ。

 だって私は地方の一伯爵、帝都に住んでる貴族より中央からはどうしても遠い。

 物理的距離はまま精神的距離に置き換わることがあるから、警戒すべきはそこなんだよね。それに関してはもう、私を信じてほしいとしか言いようがない訳で。


「中にはレグルスを人質に……とか言ってくるものもあるだろうな」

「断固拒否します。無理です、駄目です」

「解っている。父もそれこそ悪手だというさ。それにソーニャ様から聞いたが、うちの近衛兵でレグルスに勝てる気がしない。奈落蜘蛛の先祖返りアビス・キメララクネと戦闘訓練してる幼児なんて無理だろ」


 真顔でいう殿下に、私はちょっと目を逸らす。

 レグルスくんを捕獲できる人なんて、私はエルフ先生達くらいしか思いつかない。

 でも人質云々は回避するとしても、レグルスくんをどうこうっていう輩は多そうだな。

 そう考えていた矢先、殿下がいい事を思いついたとばかりにポンと手を打った。


「安全対策に、名目だけでもレグルスを俺かシオン付の騎士候補にするか?」

「あ、無理です。レグルスくん、私に騎士の誓い立てたんで」

「え? もう? 早くないか……? いや、そうか。レグルスは立場が微妙だものな。傍に置いておく理由は沢山あった方がいいな」


 実際はそう言う事で誓いを立てさせた訳じゃないんだけど、この際だから利用しておく。

 だってシオン殿下付ってそれこそレグルスくんを人質にやるようなもんじゃん。それにあんな怖い人の傍に置くなんて、レグルスくんの教育に悪すぎるわ。

 ともあれ、お茶会の対策のあらましは決まった。

 ほっと一息つくと、統理殿下が穏やかに微笑む。


「俺に必要なのはこうして忌憚(きたん)なく話が出来る存在だったんだな。父や母、宰相、ロートリンゲン公爵、ソーニャ様……大人は的確な助言をくれてるんだろうけれど、それでもやっぱりそれは『大人』だからって構えてしまう。でも同じようで違う悩みを持った卿の言葉なら、何となく『そんな考え方もあるんだな』って思えた」

「正しかろうと何だろうと、説教してくる大人なんか大嫌いですしね。友達の言葉の方が説教じみてても耳に優しい」

「違いない」


 お互いに顔を見合わせて苦笑する。

 そう言えば、歌劇団のショーの中の一幕に「ロミオとジュリエット」を題材にした場面があった。

 そこでは使わなかったけど、あの劇には若者たちの憎しみ合う大人への反発というのか、そうものを表現した「世界の王」という歌がある。

 それは自分自身が自分という世界の王で、古い世界の王である大人たちには従わない、大人の力になど負けない。自分達は生きてるこの時間全てで色んなものを感じ生き抜くのだと叫ぶような歌だ。

 その歌を何と無しに口ずさめば、統理殿下が「いい歌だな」と零す。


「私達の周りには味方になってくれる大人が沢山です。でもそうでない大人も沢山いる」

「ああ、そうだな。尊敬できる部分は見習って、そうじゃない部分は変えていく。『大人の力に負けない』ってそういう事なんだろうな」

「そう、でしょうね」

「負けられないな」

「はい」


 私が頷いたのを見た殿下は、口の端を上げると小さく歌い出す。

 それは私が歌った「世界の王」で。

 たどたどしいそれに、私も合わせるように歌うと、段々と殿下の声が大きくなっていく。

 一番を丸々歌えるようになると、殿下は晴れがましい表情になった。


「この歌、大胆でいいな。好きだ」

「きちんとお教えしましょうか?」

「ああ、頼むよ。覚えて帰ってシオンにも教える。それで鬱陶しいヤツに何か言われたら、これを二人で歌って『今に見てろよ?』って思う事にするよ」

「そこはゾフィー嬢も入れてください」


 楽し気に笑う殿下に、柔らかに微笑むゾフィー嬢を思い浮かべていう。すると殿下はきょとんとした表情になった。


「優しくて穏やかなゾフィーにはもっとこう、柔らかい歌が良い。俺はまだアクセサリーもドレスも、自分だけの力では与えてやれないけど歌ぐらい歌ってやれる」

「……惚気? 七歳相手に惚気?」


 本当に何なんだろう、この人。胸襟(きょうきん)開きすぎと違うか?

 ひっそりとため息を吐いていると、今度は殿下の方が私に呆れたような視線を投げかける。

 なんなのさ?

 胡乱な目を向けると、殿下が肩をすくめた。


「他人事じゃないぞ。父上がお前に外国から縁談が持ち込まれて、どうしたものかと悩んでる。それだけじゃなく、帝国内でもかなりざわついてるのに」

「は? いや、私、正直結婚とか心底嫌なんですけど。ついでに恋愛とか怖気(おぞけ)が走るんですが?」


 あの両親見ててどうやったらそんな気になるんだ。

 真顔で言い切った私に、統理殿下の眉が八の字に下がった。

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