第342話 どういう顔していいか解らない再会
菊乃井歌劇団初の帝都遠征公演は、皇帝陛下や皇妃殿下、二人の皇子殿下方、そのご婚約者のゾフィー嬢、宰相閣下、国賓の方々からの惜しみない賛辞に包まれて、堂々の閉幕となった。
フィナーレにはそれぞれが一番目立った場面で着ていた衣裳で登場し、万雷の拍手に手を取り合ってお辞儀を数度。
私はといえばそのフィナーレには参加しないで、急いでVIPの方々のお見送りの準備だ。
歌劇団は団員が主役、オーナーはあくまで裏方だからね。
そんな訳で急いで劇場の扉を開けるエリックさんや先生達と合流して、再びロビーに並んで頭を下げる。
でも開場時と違って、今度は宰相閣下が一番最初にお出になって私や先生に頭を上げるように声をかけた。
これから、ゲストの方々にお言葉をいただく。
とは言っても後がつかえる警備とか大変なので、一言ずつ。
大概の方は「素晴らしかった」とか「わが国でも見たいものだ」とか、にこやかに仰ってくださったんだけど、一人憎々し気に鼻を鳴らす男性がいて。
「実に派手な事よ。まるで我が世の春とでも言いたげな……」
ぼそりと決して大きくはないけれど、無視できない大きさの声には悪意がたっぷり。
こんな所でそう言う皮肉を言うのって、基本的にはよろしくないんだけど、だからって私も応戦する訳にもいかないのが、ちょっとね……。
無視しようか、それとも……そう思っていると、その後ろから「当然では?」と静かな渋い声がした。
そちらの方に顔を向ければ、白い髪に碧眼、そして頭部に羊の角をいただく御方が。
「……これは、北アマルナの……」
「古の邪教などという恐ろしいものに出て来られたのだ。人々の不安を拭うべく、いっそう華やかで賑やか祭りが開かれるほどの安穏さを見せる方がよかろう」
北アマルナの国王陛下とその御妃様が優雅に微笑む。だけでなく少しだけ圧を感じさせるように「特にルマーニュ王国は、膝元が少しばかり……」と、碧い目を細めて仰るものだから、難癖付けて来た……こっちはルマーニュ王国の王太子だったんだけど……が、顔を僅かに歪めた。
ルマーニュ王国、煽り耐性低いのは国民性か?
ともあれ、勝者・北アマルナ王国。
苦虫を嚙み潰したような顔の王太子様は、宰相閣下にドナドナされていった。
再び私は北アマルナ国の国王陛下にお礼がてらお辞儀すると、肩にそっと手を置かれる。
「……素晴らしい歌声であった。伯爵は驚くほど若いのに、随分と苦労したと聞く。王とは言え他国の者が言えたことではないが、身体に気を付け励まれよ」
「ありがとうございます」
何だか随分と温かい目で見られちゃって驚いていると、妃殿下も私の肩に触れる。
「我が国にも、貴方を知り、志をともにしたいという娘がいます。時々思い出してあげて?」
「え? あ、はい!」
何だか優しい視線に落ち着かないでいると、急にそんな事を言われた。それで思い出す女の子は一人しかいない。
ネフェル嬢。
咄嗟に彼女の名前を呟くと、妃殿下が柔く頷かれる。
驚いているうちに「では」とお二人は去って行かれた。なんか、心臓に悪い。
でも何で私が歌ってたって知ってるのかな?
私、影ソロ部屋に隠れてた筈なんだけど……。
そんな事を考えているうちに国賓の方々が全てお帰りになると、今度は皇族の方々。
第一皇子殿下と第二皇子殿下、そしてゾフィー嬢が私の前に立つ。因みに第二皇子殿下は統理殿下と色違いの肋骨服で、ドレスじゃない。
「鳳蝶、素晴らしかったぞ」
「本当に。一人一人がとても素晴らしい舞姫で歌姫でらっしゃいました」
「うん。マリーも素敵だったし、歌劇団の団員達も見事だった。この城もとても芸術的だ」
「ありがとうございます」
お辞儀をすれば、第一皇子殿下が私の肩に手を置いた。そして耳元に、統理殿下の唇が寄せられて。
「この後少し話したいことがある。いいだろうか?」
「え、ええ、はい。陛下もご承知なのであれば」
「ああ。父上はロマノフ卿と話があるというから、それが終わるまでならば、と」
ロマノフ先生と陛下がお話ってなんだろう?
でも、それなら私は私で殿下ときちんと話しておかなきゃいけない事があるから丁度いい。
承知すれば、きょろきょろと統理殿下が私の周りを見回した。
「殿下?」
「レグルスは?」
あの子は今日は奏くんや紡くん、アンジェちゃんと一緒に、ソーニャさんと宇都宮さんとで街の様子を見てもらってる。
それも大事なお仕事で、レグルスくんにだから任せられると言えば、快く引き受けてくれたんだよね。
それを伝えれば、第二皇子殿下がにこやかに笑った。
「じゃあ、もうすぐ戻ってくるよね? 兄上と君がお話しているあいだ、僕とゾフィー嬢でレグルスや君のお友達と遊んでいるよ」
「そうですわね、そのようにいたしましょう」
正直に言えば、シオン殿下とレグルスくんは接触させたくないんだけど、にこやかなゾフィー嬢のお顔には「お任せなさい」って書いてある気がする。ここはゾフィー嬢を信じよう。
頷けば、三人はエリックさんに案内されて、廊下の奥にある部屋へと消えていった。手配がいいあたり、先生達がエリックさんに準備を申し入れていたのかも。
そして最後に皇帝陛下と皇妃殿下、そしてロートリンゲン公爵閣下だ。
気を引き締めて頭を下げれば、穏やかな気配が目の前に来る。
頭を下げているのだから当然見えるのは爪先なんだけど、ひらりと華麗な刺繍の施されたマントの裾と、磨かれた靴、それから上質な生地で作られたトラウザーズの一部だけでも、もう身分の高さが解る仕様だ。
その隣でひらひらと揺れるドレスだって、裾には麗しいレースがふんだんについてるし、刺繍だって緻密。
これはもう、職人の技が冴えてるなんてもんじゃない。
素晴らしい出来のレースや刺繍に目を奪われていると、ゆっくりと空気が動く。
「菊乃井伯、面を上げよ」
「!?」
穏やかな温かみのある、けれどどこかで聞いた覚えのある声に、心臓が煩く脈打つ。
いや、いやいや、ないない。
そんな、丁度一年前に聞いた気がする声だなんて、そんなの私の思い過ごし……。
そう思いつつ顔を上げる。するとロートリンゲン公爵閣下が、私の視界に入ったかと思うと、気まずそうに目を逸らす。
ちょっと、なに、今の?
そのリアクションに、一気に背中に嫌な汗が流れる。だからって面を上げない訳にはいかないから、ゆっくりと視線を顔ごと持ち上げれば、凄く綺麗な女性がおっとりと微笑んでいるのが見えた。
エリザベート皇妃殿下だ。その髪には、いつか私が献上申し上げた摘まみ細工の髪飾り「シシィの星花」が存在を主張していて。
わぁ、綺麗ー! 目が洗われるー!
なんて現実逃避が許されるわけもなく、私はようやく正面の御方のご尊顔を拝した。
榛色の髪、同じ色の目、威厳の漂う眼差しは、でも去年の今頃も私に注がれていた穏やかなそれ。
でも、その人は、その人の名は――。
「久しいな、一年ぶりになるだろうか」
「は。ご尊顔を拝し、恐悦至極に存じます……」
「うむ」
どうにか動揺を殺した私の言葉に頷いたのは、去年ロートリンゲン公爵閣下のお屋敷で、私とバラス男爵、ひいてはロートリンゲン公爵家とのやり取りを保証してくれると言った「鷹司(たかつかさ) 佳仁(よしひと)」さん。
あまりにあまりな再会に固まっていると、陛下もなんだか気まずそうにされる。
漂う微妙な雰囲気に、お隣にいらした皇妃殿下がくすりと笑われた。
「陛下は城下に忍ばれる時、『鷹司佳仁』と名乗られるのです。わたくしも昔、姉と二人、ロートリンゲン家の遠縁のお家の『佳仁様』に城下に連れ出されたものです」
「う、まあ、その、そう言うことだ」
「然様で御座いますか……」
鈴を転がすような声に、何となく頷いてしまった。
とりあえず、先生、後でお話しましょうね?
内心で白目を剥いてる私に、ロマノフ先生は多分気付いていたろうに、我関せずって感じで笑っていた。
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