第324話 釣りあげちゃった大物
さてさて翌日、ゲネプロは大成功だった。
初日に臨む前の段階の公開だからって、あまり期待されてない感じだったんだけど、本番さながらの劇団員や楽団の様子に、単なる通し稽古だと侮っていた人たちは度肝を抜かれた様子。
元々ヴィクトルさんが選んだ観客たちだから、菊乃井歌劇団には好意的な人が多かったんだけど、ゲネプロが終わって挨拶に行ったら、何人かのお客さんが涙滂沱(ぼうだ)として流れ~って感じだった。
自分が生きているうちにこんな豪華な舞台が見られるとは思わなかったって言ってくれる人もいたし、筆舌に尽くしがたい程の舞台だったって言ってくれる人も。
この城の舞台で歌劇団の舞台を観劇すること自体にロマンを感じてくれてる人もいたから、この城を飛ばすだけの意義はあるってことかな。
でもやっぱり難点はあった。
この城の客席は、舞台のスケールに比べて狭すぎる。
だからこの客席は本当にVIP席中のVIP席にしないといけない。
記念祭の最終日はここに特別仕様の椅子を持ち込んで、皇帝陛下、妃殿下、第一・第二皇子殿下、宰相閣下をお招きすることになってるんだけど、その日はそれ以外の誰も入れない事になってる。
それでも記念祭に伴うコンクール期間は、この城の席も早い者勝ちにすることなってるけどね。
兎も角、ゲネプロ、ひいては菊乃井歌劇団は概ね好評だった。
「菊乃井歌劇団の詩を作る!」って言いながら帰っていった詩人さんもいれば、ヴィクトルさんを通じて私に劇の絵を描く許可を求めてくる画家さんもいたし。
私はオーナーとして、その人たちに挨拶するだけだったんだけど「今度是非とも歌ってほしい」って声を何度かかけられた。
それには苦笑いするしかなかった。だって最終日影ソロするんだもん。
これをヴィクトルさんとユウリさんから聞かされた時は、思わず白目になった。
その前日、私、武闘会で賭けの行方を見守るんですけど? 負けたら目も当てられませんけど?
そう言ったら、あの二人、いや、一緒に聞いてたイツァークさんと三人で「あんな、負けても菊乃井の戦略的勝利みたいな条件で?」って言うんだよ。
完全勝利か、勝利の違いでしかない条件だし、そもそも「お情けで裁判やるんだからね?」って言うのは、どうやら宣伝活動のお蔭か庶民の皆さんにも浸透しているらしい。
ついでにこの「お情け」は、一部の悪心を持った奴らが火の神を隠れ蓑にして邪神を崇拝するのに火神教団を乗っ取ろうとしたから、まっとうな信徒たちを救済すべく手を差し伸べたって話になってるからちょっと怖い。
いや、これ威龍さんの連れてきた火神教団の諜報部の暗躍のお蔭らしいんだけど、マジで怖い。こんなことできる人たちを野放しには出来ないし、仮とは言え首輪を嵌められて良かった。
つか、この力があればもうちょっとうまい事立ち回れたろうに。
内心白目でそう威龍さんに尋ねたら、結局才能がある人が揃ってても、その力を上手い事使ってくれる上司がいなかったんだそうな。
威龍さんはその辺、ちゃんとお仲間の意見を聞いて、余計な口出しをせずに、その諜報部の人に託してやってもらったんだと。
そしたら、私が歌劇団に集中してる間に、そんな噂がいかにも真実みたいに流れてるからびっくりだ。
もっとも、帝都は帝都の菊乃井屋敷で家令をやってくれている、元ロートリンゲン家の執事さんがその経歴をいかして色々してくれて、他の地域に関してはなんと母上と療養に出した、某うちの蛇顔外道従僕セバスチャンに協力させた訳だよ。
まぁね、うちは万年人材不足なんで、いる人材を遊ばせてる訳にはいかないんだ。
セバスチャンはかつて領地の菊乃井本宅に蚊型モンスターを放って諜報に使おうとしていたことがある。
その魔物使いとしての能力を逆手に取って、色んな所に奴の操る蚊型モンスターを侵入させて、住人が寝てる間にそっと「お情け」の内容を何度も耳打ちしたとか。しかもご近所でもよく喋る噂好きの人間をターゲットにして、複数回、複数人に。
母の分の贖罪も込めてだけど、あの男地味によく働く。私の元に送り込まれた火神教団の男・オブライエンも今は奴の所で執事見習い兼諜報員として叩き直されている。
この辺りの情報は母やセバスチャンと共に保養所に行ってくれた、ロッテンマイヤーさんの師匠でもあり祖母の腹心だったメイド長から連絡が密に来ている。ただ、オブライエンに関してはこの人も教育を施しているらしいから、さてどうなるだろう?
取るべき対策は考え付く限りにはやった。
あとはその都度考え付いた事をやっていくようにしようか。
劇場に来てくれた人たちを笑顔で手を振りつつ見送るのが、今日の私のお仕事。レグルスくんも傍にいて、私と一緒に「きをつけておかえりください!」と、立派にご挨拶してくれていた。
さて、もうそろそろ終わりだろと思った時だった。
私は今の今まで気が付かなかったけど、どこかの貴族の子息が来てくれていたのか、劇場の最後列の席から、ラシードさんよりちょっと小さいくらいの少年が立ち上がるのが見えた。
瑠璃紺の瞳に、気難しげにへの字に曲げられた唇、気真面目そうな雰囲気が少年の全体を覆う。
何の気なしに眺めていると、彼はそのまま劇場の出口に向かわず、真っすぐに私の方にやって来る。
来ている黒地に煌びやかな刺繡と縫い付けられたガラスやビーズを見るに、とっても良いとこの人らしい。
恐らく公・侯爵、もしくは……いや、それは無いかな?
にこやかに、でも内心では値踏みするのは貴族の性だ。恐らく目の前の彼も私を値踏みしている。
私はあくまで笑顔を崩さない。
顔を見合わせて数秒、相手の少年が不意に目を逸らす。別ににらめっこしてる訳じゃないけど、何もなければ目を逸らす必要なんてない。面子でタイマン張ってるんだから、逸らした方が地位がどうあれ弱いってのはお約束だよ。
けれど少年は歩みを止めない。
するとお客さんを見送っていたヴィクトルさんが私達に気付いてこちらに顔を向けた。
そんなヴィクトルさんに気が付いたのか、少年が少しだけ手をあげて挨拶する。
英雄に対してそれで済ませられるって事は、彼は大物だ。やべぇな、睨み合っちゃったよ。
でもそんな動揺はおくびにも出さない。だって相手は目を逸らした。自分の方が身分が高いってアドバンテージを自ら棄てたんだもん。それを使う気がないってことだわな。
ひたりと彼が私の前で止まる。
「…… 統理(とうり)という」
「!?」
前言撤回、手の平くるりんで私は胸に手を当ててお辞儀をしようとした。
しかし「忍びで来た」と押し留められる。
ぬかった。
誰とは言わないけど、うちのえげつない先生は、平気でこういう事をする人だったわ。ちくせう!
取り合えず礼儀として腰を折り、レグルスくんにもそうするように合図すると、少年が微かに頷いた。
帝国貴族には妙な慣習がある。
それは帝室に子どもが生まれた際、その子どもと同じ名前を同年代の子どもには付けないというものだ。
同年代って言うのは上一年下五年位。先に生まれた同じ名前の子どもは皆改名させられる。
そして今の帝国に奏くんより大きくて、ラシードさんより下の世代に「とうり」もしくは「トーリ」と聞こえる名前を持つ、貴族の少年は絶対にいない。
つまりこの人は、その世代で唯一その名前を名乗れる立場の――――。
「初めて会うな、菊乃井伯鳳蝶」
「お初にお目にかかります、殿下」
「その小さいのが、話題の?」
「どのような話題かは存じかねますが、私の弟・レグルスで御座います」
レグルスくんの背中に柔く触れる。するとレグルスくんはお行儀よく気を付けをした。
「おはつにおめにかかります。わたしは菊乃井レグルスともうします!」
「うむ。今日は忍びであるが、俺は統理。この国の第一皇子だ」
もおおおおおおおおおおお! 本当に先生達はああああああああ!
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