第325話 忍んでないけどお忍び訪問

 本来、第一皇子ともあろう人がお供の一人もなく、外出なんてあってはいけない事だ。

 どれだけ治安が良かろうと、その人の姿形が知られていなかろうが、駄目なものはダメなのだ。

 それなのに第一皇子は「一人だ」という。


「恐れながら、それは城に入ってからですか?」

「ああ。城の外に警備の物は待たせてある。城の中はロマノフ卿やルビンス……キー卿がおられるし、何より観客たちはショスタコーヴィッチ卿が厳選していると聞いた。それ故父もここに来ることを赦した」

「然様ですか」


 だよなぁ。流石に殿下お一人の来訪だったら、私は今すぐ宰相閣下のとこに駆けこむよ。

 それにしてもうちの先生方三人もだけど、陛下も大概なことをなさる。

 突然の来訪過ぎて私も固まってるけど、多分睨み合いして目を逸らさざるを得ない状況になると思ってなかったからか、殿下も固まっておられて。

 唯一無事なレグルスくんが、そっと私の手を引っ張った。


「にぃに、おもてなしするの?」

「ああ、そうだね」

「うつのみや、呼ぶ?」

「レグルスくん、お願い出来る?」

「う……じゃなくて、はい!」


 小声で話すと、すぐさまレグルスくんは「しつれいします」と声をかけて、その場を離れる。ナイスアシスト過ぎて、内心が感動の嵐だ。

 そんな私とレグルスくんを見て、少しだけ殿下の表情が変わった。僅かに伏せらえた視線と、仄かに手を揉んでいるような動きが伝えてくるのは、彼の不安と緊張だ。

 なんか、めっちゃビビられてる?

 いや、あの程度の品定めなんてよくある事じゃん?

 思わぬ反応に困惑していると、ヴィクトルさんが私たちの所に歩いて来た。


「お茶はここにもってきてもらうように、先もって伝えてあるから。適当に座ろうか」

「え? いや、そんな……!?」

「だってお忍びでしょ? 仰々しくやったら公式訪問になっちゃうよ?」


 それは「お忍び」言われた以上は拙いか。

 少し考えて、殿下に客席に座っていただくと、私とビクトルさんははす向かいにそれぞれ座る。

 妙な緊張感の中、話を切り出したのはヴィクトルさんだった。


「それで?」


 いや、「それで?」じゃなくて!?

 ぎょっとしてヴィクトルさんに顔を向ければ、ヴィクトルさんは平然としたもの。

 ロマノフ先生はかつて何代目かの陛下が皇太子であられた頃に「私に言うことを聞かせたかったら、今すぐ即位してこい」とか啖呵を切ったらしいけど、もしやヴィクトルさんもそれ系……?

 若干引いていると、殿下の視線が揺らぐ。

 言いたいことはある、でも喉に突っかかって言えない。そんな感じで、これはたしかに気になる。

 こういう時は急かさない方が良いんだろうなと思っていると、殿下がゆっくりと唇を開いた。


「その……卿は、弟と仲がいいと聞いている。それは真実だろうか?」

「……た、多分?」

「多分?」

「いや、良いです……良い筈……良いですよね?」

「なんで僕に聞くの? れーたん、あんなにあーたんの事好き好きいってるのに」


 殿下の質問に、ヴィクトルさんへと確認を取ってしまうけど、世間一般の仲良しではあると思うんだ。でもそれは「前世」の認識であって、こっちの認識だ違うって事もあり得るし。

 でも奏くんと紡くん兄弟みてると、うちと似た感じだし、あれは仲良し……のはず。ちょっと奏くんは紡くん可愛いって言い過ぎかなって思うけど。まぁ実際可愛いし、レグルスくんも可愛いし。

 これを仲良しと言っていいなら、仲良しだ。


「世間との隔絶がちょっと酷かったので、一般の仲良しがよく解らなくて」

「いや、あの相思相愛ぶりで不仲だったら、僕は世の中の全てに不信感しか持てなくなるんだけど……?」

「そんなに!?」

「そんなに。と言うか、かなたんといいあーたんといい菊乃井のお兄ちゃんは弟が好きすぎるよね。逆にれーたんもつむたんもお兄ちゃん好きすぎるけど」

「そんな!?」

「うん」


 え? そんな? 

 ショックを受けていると、ぷすっと軽く噴き出し笑いが聞こえた。殿下が、眉を下げてこらえるように、でも笑っておられる。

 気恥ずかしさを誤魔化すように私が咳払いすると、殿下も同じく咳ばらいをされた。


「そうか。そうなんだな」

「はい」


 頷けば、少し落ち着いたのか、殿下の口元が穏やかになる。気真面目そうな、気難しそうな雰囲気も若干和らいだ。

 でも若干。膝の上で手は固く組まれていた、時々もぞもぞ動いてる。人が手を固く組むのは、不安の表れだ。

 兄弟、不安。

 もしかしてと口を開こうとした時だった。

 からからとお茶の用意を乗せたカートを引いた宇都宮さんとレグルスくんが、とことこと客席にやって来た。


「おちゃをおもちしました! うつのみや、たのむ」

「はい」


 レグルスくんの言葉に、テキパキと宇都宮さんが簡易のテーブルを出して、そこにお茶とお菓子を並べる。

 すると甘いお菓子とお茶の香りが仄かに室内に漂って、ムードが大変和やかでいい感じになった。

 それでリラックスしたのか、殿下の目が優しいものになって、私の隣に座ったレグルスくんに注がれる。

 不意に、殿下の口角が上がった。


「たしかにひよこのような雰囲気だな」

「?」

「卿の弟だ。我らが守護神の艶陽公主様からお聞きした」

「ああ! 公主様はお元気にされていらっしゃいますか?」

「うん。いつかまたそちらに行きたいと仰っていた」

「然様ですか」


 良かった。

 でも私、殿下が艶陽公主様に会える前提でお話したけど、それで返事が返ってくるんだから、皇族の方は公主様とお会いできるんだな。

「聞いた」というからそうなんだろうとは思ったんだけど、神様本当にフットワーク軽い所は軽いんだね。

 ほげってそんな事を考えていると、殿下の手が目に入る。震えてたり忙しなく動くという事はなく、落ち着いた感じ。

 これもレグルスくんの癒し効果か……、流石私の可愛いひよこちゃん!

 内心でレグルスくんを褒めたたえていると、殿下が小さく咳払いをする。そして真面目な顔でレグルスくんを見た。


「レグルス、兄の事をどう思う?」

「だいすきです! にぃ、じゃない、あにうえは、すごくやさしくて、かっこよくて、れ、じゃなくて、わたしのいちばんだいじなたからものです!」


 胸をはって言うレグルスくんの言葉に、何やら殿下は思う事があったらしい。

 レグルスくんの目を物凄く昏い目でじっと見つめると、「もしも」と静かに語り掛けた。


「もしも、お前に『お前の兄は本当はお前を嫌いだと言っていた』というものがあれば……、お前はどうする?」

「!?」


 突然何言い出すんだ、この人!?

 驚いて口出ししようとすると、私の腕をヴィクトルさんが捕まえる。

 それに気を取られてるうちに、小首を傾げていたレグルスくんが口を開いた。


「どうもしません。あにうえは、そんなこといわないもん」

「……本当に? お前の前ではお前を嫌う素振りをしないだけでは!?」

「そんなことあるわけないでしょ!?」

 

 私は、反射的に叫ぶ。

 なんて言い種だ、この野郎!? 喧嘩売る気なら万倍返しで買ってやろうか!?

 よほど言いかけて、でもレグルスくんが私を見て「だいじょーぶ!」と笑ったから、口をつぐむ。


「れーはにぃにが、このよでいちばんすきで、たいせつだもん。よくしらないひとのことばより、いちばんだいすきなひとのことばをしんじるのは、おかしなこと?」

「…………」

「ひとのきもちなんて、そのひとしかわからないもん。だったら、れー、にぃにがほんとうにいったことだけしんじる。にぃにのことは、にぃにがおしゃべりしてくれることだけがほんとうのこと! だから、きになったら、れーはにぃににきくよ! ねぇ、にぃに。れーのこときらい?」

「そんなわけない。私はレグルスくんのこと大好きだし、凄く大切な弟だと思ってるよ!」

「れーも! れーも、にぃにだいすき!」


 二人、顔を見合わせて「えへへ」と笑う。

 レグルスくんの雰囲気に負けて殿下も笑ってるけど、お前、この後体育館裏だかんな!?

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