第322話 やられたら息の根を止めに行くのが中立の作法

 テーブルの上に置かれた招待状。

 ロマノフ先生がからりと笑った。


「ああ。ロートリンゲン公爵に頼まれて、彼女達を城まで案内したのは私ですよ。あとはうさおに任せましたが」

「私ですよ……じゃないよ。先触れもらったならきちんと伝えなよ」

「だって、メッセンジャーとして扱ってくれって言われましたし」


 目を三角にしたヴィクトルさんの追及に、へらっと笑って答えるあたりロマノフ先生はさしてこの招待状に思うところはないらしい。

 それを言うならラーラさんもだし、ヴィクトルさんも実は招待状に関しては「そりゃ来るでしょ」くらいなもんだとか。

 去年からこっち、目立ちすぎるくらい目立っている。寧ろ、今までよく両方の側近候補というか、後ろ盾の家が黙ってたなと思うくらいだとか。


「マリア嬢の付けている髪飾りがEffetエフェPapillonパピヨン製なのは有名な話ですし、でもバラス男爵の件でロートリンゲン公爵とも懇意にしている節がある。そして君自体は皇帝陛下からも宰相閣下からも実に評価されている……。そうそう手出し出来る存在でもないですしね」

「だね。見事に中立、強いて言えば皇帝陛下派ってところだもん」

「まして君の後ろには中立を謳う僕らがいる」


 ロマノフ先生の解説に、ラーラさんとヴィクトルさんがそれぞれ見解を付け加えてくれる。

 それなら今回のお呼ばれは、本当に単なる顔見せ、顔合わせなのか……と言うと、そんなんでもないらしい。このお茶会の招待状は、帝都住まいの貴族や記念祭に合わせて帝都に来る貴族の子女達に配られているそうだ。そのお茶会で利発だとかなんとか評価を受ければ、将来の側近候補として出世の道が開けるという。


「いや、私、もう領主なんで」

「これはレグルス君と連名なので、レグルス君にも参加資格がありますよ」

「レグルスくんに……?」


 って言っても、まだ五歳じゃん?

 もうちょっとのんびり構えていてもいいような……。

 呟けば、ヴィクトルさんが何とも言えない顔をした。


「これはあーたんもなんだけど、君達二人は優良物件なんだよ」

「優良物件?」


 なんで建築物的評価?

 首を捻ると、「当たり前でしょ」とラーラさんが私の手を取って立ち上がらせてた。

 持っていたお茶をテーブルに置くと、私はくるくるされるままにラーラさんとダンスを踊る。ステップからしてワルツかな?


「まだ七歳だけど君はもう伯爵だし、領地も順当に潤ってる。魔術師としてもレクス・ソムニウムの遺産を受け継いで、先は宮廷魔術師長か大賢者様かって言われてる。将来有望なんてもんじゃない。そりゃあ、娘を嫁がせるなら理想でしょ。ひよこちゃんだってそうだよ。今のうちに唾付けておきたいっていう家は沢山あると思うね」

「えぇ……」


 首打ち式だってやっちゃったけど、本当はレグルスくんの将来の自由を奪いたくなかったから誤魔化しに誤魔化しまくってたところがあるのに、この上許婚とか政略結婚とかちょっとなぁ。

 思わずしょっぱい顔をすると、ラーラ先生にリフトされて元々座ってたソファーに戻された。


「甘いよ、まんまるちゃん!」

「うぇ!?」

「本当に真面目な子は、真剣に自分を磨いて、それに相応しい相手を見つけようと、親子ともども頑張ってるんだ。それが領民や領地のためになると思って。そんな人たちにとって君とひよこちゃんは、理想に近いんだよ!」


 確かにそうなんだよ。私だって領主だから、領民や領地や自分にプラスになる相手と誼を通じたいと思ってるし、できれば同じ方向を向いて歩ける仲間は増やしたいと思う。それが婚姻ていう関係で結ばれるのが政略結婚だってことだ。

 それは解るんだけど、それでもそっち側に近づきたくないんだよねー……。

 はふっと大きく息を吐けば、ヴィクトルさんが「まあまあ」と助け船を出してくれた。


「とりあえず、結婚とかそんなので話しかけてくる人がいるかも知れないぐらいには覚えてたらいいとして……問題はれーたんだよ」

「レグルスくんですか?」

「うん。社交界の評判は決して良くない。れーたんを利用して、君の足元を引っかけようとする人間もいるかもしれない。君は目立ってるし、君が敵視しなくても相手が良く思ってくれないなんてあるあるだからね」


 真剣なヴィクトルさんの言葉にラーラさんもロマノフ先生も頷く。

 これは父が社交界で下手を打ってくれたせいもあるんだけど、無関係なくせに愛人の子どもを本家に入れたとグダグダいう、自称良識派ってのがいるんだよ。

 そいつらは私が両親の無関心で死にかけてたことを知ってても両親を非難しなかったくせに、レグルスくんを私が母に養子にしろって迫った事は詰(なじ)ってきやがるんだよね。

 詰るだけで何も出来やしないから放ってるんだけど。

 それでも帝都のお茶会に参加して、そういうヤツにかち合えばレグルスくんが何か言われるかも知れないんだよなぁ。

 お断りしようかな。

 呟けばロマノフ先生が口の端を上げた。


「断ったら断ったで不敬と指をさして来るだけでしょうね」


 先生の表情はにこやかなんだけど、ちょっと挑発するようにニヤリとしている。

 いや、うん、先生の言わんとすることは解るんだ。

 将を射んとすればまず馬を射よ的に、私に恥をかかそうとする人間たちはまずレグルスくんを狙うだろう。

 ここでお茶会を回避したとして、永遠に逃げられるでもなし。逃げ続けて逃げ続けて堪りかねて反撃するよりは、ちょっとした嫌がらせに対して、相手が瀕死になるぐらいの報復をする方が、他の輩の戦意を削ぐ意味でも効率がいいんだ。

 それに第一皇子派にせよ第二皇子派にせよ、私がそういう人間だという事が解れば、むやみやたらに権力争いに巻き込んでくることもないだろう。

 ガクッと肩を落とすと、私はいやいやながら机に置いていた招待状に出席の表記をした。

 それをラーラさんに渡すと、「お疲れ様」と頭を撫でられた。


「マリーやゾフィー嬢も、君が無益な争いを望んでないのは解ってるよ」

「勿論皇帝陛下も、だよ」


 マリアさんは第二皇子派で、ロートリンゲン公爵が第一皇子派。

 共に派閥の穏健派代表として名前が知られているらしい。

 そう言えばと、ふと疑問が浮かぶ。


「それにしても、ご相談か……」


 この招待状を受け取った後、その内容を詳しく二人のご令嬢から聞いたけど……。

 この国の第一皇子と第二皇子の間に不和の種を蒔いて、なんで自分達の得になるなんて思うやつがいるのかね?

 たしかに一時的な権勢は振るえるだろうけど、それで内乱でも起こって国が弱体化したら目も当てられない。

 そしてそれを危ぶんだ女の子二人が、それぞれの大事な人を守るために、それこそ命がけで戦ってる。マリアさんなんか、本当に命を奪われるとこだったんだから。

 その二人のご令嬢の覚悟に比べて、権力をほっする輩の浅薄なことと言ったら!

 でもその浅薄さが愚かさには通じないのが、私が相手にしてるルマーニュ王都の冒険者ギルドや火神教団の奴らとは違うとこだよなぁ。

 第一皇子と第二皇子は人が思うほど不仲ではない。どころか、本来は仲の良い兄弟だった。

 兄は弟のよき理解者で、弟は将来兄を助けるために様々な分野を学んでいるほど。

 なのにそれがギクシャクしているし、兄は弟を避け始め、勉学からも遠ざかり、それどころか家族とも距離を取ろうとしている……。

 まあ、確実にどこかから横槍がはいったわな。 

 私は正直に言えば、どちらとも距離をおいて菊乃井を粛々と守って行きたいんだけど、国がぐらついたらそれどころじゃない。だけどさ。


「原因を探って欲しいとか、出来ればこのお茶会で二人の話を聞いてほしいとか、無茶振りが過ぎるってもんですよ」


 単なる地方領主に、何で皆期待を寄せるんだよ。

 溜め息が出る。

 するとヴィクトルさんが「でもさ」と声を出した。


「二人を送ってくとき聞いたんだけど、ゾフィー嬢菊乃井歌劇団のファンだって。この話を解決するのもファンサービスになるんじゃないの?」


 え? 私がファンサするの? 

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