第284話 虫も人も春になると湧いてくる

 ロッテンマイヤーさんとルイさんの結婚式は、姫君がお出でになるという物凄いサプライズがあったけど、恙無つつがなく終わった。

 姫君のご来臨やネクタルの下賜には、来てた人達皆驚いてたけど、私やレグルスくんがあんまり驚いてなかったからか「あんまり騒いじゃ駄目なんだねー」って感じみたい。

 二人は一泊二日の新婚旅行の後、役所が休みの日には一緒に過ごすという結婚生活をスタートさせた。

 一方。

 エストレージャ対バーバリアンの試合の真の目的、EffetエフェPapillonパピヨン商品のプロモーションも、読み通り当たっている。

 菊乃井冒険者頂上決戦を、彼らが着ているジャケットや装備が目立つように再編した映像を記憶した布と、試合の様子をノーカットで納めた布の二つをセットで帝都とロートリンゲン領、次男坊さん御用達の冒険者ギルドに貸し出ししたところ、読み通り彼らと同じデザインの装備が飛ぶように売れたのだ。

 予想外だったのが、そのデザインの服に冒険者以外──貴族や豪商等の子息もお金を落としていくらしいことか。

 予想外といえば、ロッテンマイヤーさんとルイさんの二人の婚礼衣装も話題になっている。

 実はソーニャさん、帝都に帰った後、婚礼衣裳の二人と自分とを写した記念写真ならぬ記念映像タペストリーを作ったそうな。

 それをうっかり、彼女が営む雑貨屋さんの常連である貴族の奥様方に見られてしまったらしい。

 社交界で二人の婚礼衣装が注目されているとか。

 遠距離映像通信魔術ガレリーを使って「ごめんなさい!」とソーニャさんから連絡が来て、ついつい遠い目になったよね。

 ルイさんには「二人もモデルになればいい」なんて言ったけど、本気でそうするつもりはなくて。

 でも見られたものは仕方ないから、私から二人に謝ったら「商機になるなら構わない」って二人とも苦笑してた。

 それから、歌劇団。

 あの慰問ショー以来、ラ・ピュセルの名前もだけど、平行して歌劇団も語られるようになってきた。

 ショーは連日満員御礼で、そろそろ本拠地であるカフェでは手狭になってきているらしい。

 彼女らは今年も帝都のコンクールを獲りに行く気で、その成果によっては、専用劇場の建設も早急に考えないとなって感じ。

 それに帝都の菊乃井邸では、ヴィクトルさんが慰問ショーの映像を使って、不定期にサロンを開いている。

 基本的に一見いちげんさんお断りのサロンなんだけど、ヴィクトルさんと交流がある人ってだいたい当代一の詩人とか画家とか文化人で、流行を作る側の人達なんだよね。

 その流行の最先端を行く人達が、菊乃井歌劇団のショーを絶賛してくれているらしい。

 貴族の社交って情報戦で、流行を作るっていうのは強みを持つことに繋がる。

 菊乃井家は今、当主の私が幼いせいで夜の社交界には出られない。

 ヴィクトルさんのサロンは、その弱点をカバーするためでもあるのだ。

 その私はと言うと、領主の仕事に週一回、街の視察が加わった。

 領主が軽装でやってくるくらい街の治安が良いってアピールになるからって、ルイさんから要請があったんだよね。

 颯に乗ってポクポク街中を見て、住人達と世間話したり、役所で施策の報告を受けたりが主な業務なんだけど、くつわを必ずロマノフ先生が取ってくれてる。

 帝国認定英雄にそんなことしてもらう訳にはいかないって言ったんだけど、後見に付いてるっていうのを外向きに示すためって言われたら頷くしかなく、ありがたくロマノフ先生に甘えてる。

 不思議なのが、私が見回りにいくと領民が家から出てきてお辞儀したりしてくれるんだけど、時々紙のようなものを握りしめて、赤い顔してる人がいて。

 あれは一体何なのかってロマノフ先生やルイさんに聞くんだけど、二人とも笑って「菊乃井の大事な収入源です」っていうだけで詳しくは教えてくれない。

 まあ、二人が解っててやることなら、悪いことじゃないだろう。


 そんな訳で、帝都のコンクールまであと一月余りとなった頃、私は颯に、レグルスくんはポニ子さんに乗って、ポクポクと街中を歩いてた。

 颯の轡はやっぱりロマノフ先生が取ってくれて、ポニ子さんの轡は宇都宮さんが。

 道行く人が手を振ってくれるのに振り返していると、何でか「きゃー!」とか声が上がる。なんでや。

 私を真似てレグルスくんも手を振ると、今度は「可愛いー!」って聞こえた。

 だよねー、レグルスくんは可愛いよねー。

 解るー。

 私の弟は可愛いんだ!

 そう胸を張って鼻高々にしていると、ひたりと颯が足を止めた。

 なんだろうと思うと、ロマノフ先生も「おや?」と首を傾げる。


「冒険者ギルドが騒がしいですね」

「冒険者ギルド?」


 言われて冒険者ギルドを見れば、繁盛しているのか人が頻繁に出入りしているみたい。

 だけど菊乃井の景気が上向いてから、ギルドは結構人の出入りが激しくなったから、騒がしいのは当たり前なような?

 そう口にすると、ロマノフ先生が首を横に振った。


「いえ、ギルドの中で何かしら揉めているようです。声が漏れ聞こえてくるんですよね」

「エルフの耳は人間より聞こえるんでしたっけ?」

「はい。颯にも聞こえたから止まったんじゃないですかね? 揉め事が嫌いだから」

「ああ、なるほど」


 単に冒険者同士の小競り合いであるなら、私が下手に首を突っ込むのは良くない。

 冒険者ギルドには冒険者ギルドの自治がある。

 さて、どうするかな?

 迷っていると、ロマノフ先生がスタスタと颯の轡を取って、冒険者ギルドへと歩き出す。


「先生?」

「ラーラの声とベルジュラック君の声が、騒ぎに混じっています」

「ああ、じゃあ、行った方がいいですね。レグルスくんは……」

「れーもいく!」


 先に歌劇団のカフェに行くか、役所に行くか。

 尋ねる前に、答えられてしまった。

 まあ、何事も勉強にはなるかな。

 ポクポクと冒険者ギルドの前まで来ると、私達に気がついた冒険者達がさっと道をあけた。

 ロマノフ先生に手を貸してもらって颯から降りる私と違って、レグルスくんは宇都宮さんの手を待たず一人でポニ子さんから降りる。

 それから宇都宮さんは先生から手綱を受け取り、ポニ子さんを颯を伴いギルドの厩舎へ。

 私とレグルスくんと先生は冒険者ギルドの、ちょっと立派な木の扉を潜った。

 普段は依頼を求める冒険者や、講習を受ける初心者冒険者で賑わっているエントランスには人々の壁が出来ていて。

 その中心部から決して大きくはないけれど、小さくはない、少し尖った声が複数聞こえてくる。

 ラーラさんの声が混じっているようで、私はロマノフ先生と顔を見合わせた。

 頷きあうと、先生が大きく手を打つ。

 静かに殺気立つ室内に、音が大きく響いて、垣根を作っていた人達が一斉に振り向く。

 そして私とロマノフ先生とレグルスくんを見ると、ほとんどの冒険者が跪き、波が退くようにざっとエントランスの中央への道が出来た。


「こんにちは」


 声をかければ、中心部にいたローランさんとベルジュラックさんは跪き、ラーラさんはにこやかに私を手招く。


「良いところに来てくれたね、ご当主」


 穏やかな声だけど、ラーラさんは普通なら私を「ご当主」なんて呼ばない。

 つまり「菊乃井伯爵」としての役割を求めてるわけね?

 視線だけでラーラさんとローランさんに問えば、同じく視線だけで「是」と返ってくる。

 と、ラーラさんとローランさんとベルジュラックさんと対峙するように立っていた、ジュストコールの見慣れない青年が顔色を変えて跪いた。

 それだけでなく、彼の後ろにいた冒険者三人──一人は男性でそこそこに精悍な顔付き、後の二人はやたら露出度の高い服の女性──に「跪きたまえ!」と強く促す。

 しかし、察せられない人間というのは何処にでもいるもので。


「はぁ!? なんでこんな子どもに!?」


 大きな声にざわりと周りが不穏を孕む。

 するとローランさんが顔を上げた。


「お前らは他国から来たばっかりだから知らんのだろうが、ここは菊乃井伯爵領だ。そのご当主に礼ぐらい尽くせ」


 ローランさんがぎっと強く冒険者達を睨めば、冒険者達は一瞬嘲るような表情を浮かべた。

 けれど、それに四方八方から殺気が投げつけられて、彼らは辺りを見回す。

 うーむ、周りの跪いてるオジサンやお兄さんお姉さんの目が怖い。

 常連の冒険者さん達は、私の顔を知ってるもんね。

 ついでに私が冒険者に好意的で、特に初心者冒険者に対しては手厚く扱ってることも。

 なので、私はにこやかに笑う。


「私は視察の途中で、こちらには休憩に寄っただけです。そう堅苦しくせず、立って、いつも通りにしてください」

「承知いたしました」


 ローランさんが立ち上がると、手を上げる。

 それを合図に跪いていた他の冒険者も、殺気を解いて立ち上がり和やかに各々の役割に戻って行く。

 そんな中で、ジュストコールの青年が私に頭を下げた。

 ラーラさんも肩を竦める。


「どちら様です?」

「シラノのことで話があるらしいよ」


 へぇ?

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