第267話 今流行りのアレ?

 お風呂から上がって冒険者ギルドに戻った私達を待っていたのは、冷やしたリンゴジュースとギルマスのお婆さんだった。

 私達が保護した、黒ずくめのお兄さんの身元を教えてくれるそうな。


「それがねぇ……漆黒のベルジュラックという冒険者をご存知?」


 感じも品も良さげなお婆さんの言葉に、私は首を否定系に動かす。

 私より冒険者に詳しい奏くんを見ても、ブンブンと首を横に振っていた。

 ラシードさんもイフラースさんも「知らない」と言う。

 じゃあ先生達はと思って、三人を見るとロマノフ先生とヴィクトルさんはお互い顔を見合わせて「知ってます?」「知らない」なんてやってる。

 そんな中、ラーラさんだけは驚きに目を見開いてる感じで。


「え? 彼がそうなのかい?」

「ええ、そうなの。ルマーニュでは有名でも、帝国ではそうでもないのねぇ」

「だって、彼が知られるようになったのって、ここ三年くらいの話だろう? 流石にまだ帝国には噂も聞こえないよ」


 うーんと、あの黒ずくめさんは、ルマーニュでは有名な冒険者なようだ。

 ラーラさんはルマーニュにいた期間があるから、知ってたみたい。

 でもそれならなんで、冒険者ギルドに出頭を拒んだんだろう?

 疑問が顔に出てたのか、お婆さんが頬っぺたに手を当ててため息を吐く。


「彼、ちょっと前に王都のギルドから出頭要請が出てたのよね。それで冒険者ギルドに顔を出したら、王都に強制的に送られると思ったんじゃないかしら。手配書まで流れてきたし」

「手配書って……、何したんだい?」

「彼は何もしてないのよ」


 穏やかな顔で言い切るお婆さんに、私も皆も意味が解らなくて眉をひそめる。

 そんな私達に、お婆さんは肩を力なく落とした。


「五年前に彼は王都のギルドで、所属していたパーティから放り出されたのよ。確か……仲間達を危険に晒したって理由だったかしらね」


 なんだそれ?

 単に仲間割れなら冒険者ギルドが干渉することでもなかろうに。

 益々意味が解らなくて、私はもう少し深く聞いてみることにした。


「彼が先走って罠にでも嵌まりましたか?」

「いいえ。盾役だったみたいだけれど、盾が壊れてそれが出来なかったみたい」

「道具の整備不良ですか?」

「仲間達はそれを申し立てたみたいだけれど、彼の言い分は違ったわねぇ」


 つまり冒険者同士の諍いを、ギルドが調停に乗り出したってことかな?

 でもそれなら、彼が追い出された五年前にそれをすべきであって、何で今頃なんだろう?

 ロマノフ先生もヴィクトルさんも不機嫌そうな難しい顔付き。

 ラーラさんもむっすり黙り込んでる。


「なあ、パーティ組むのも解消するのも自由じゃないのか?」

「そのはずだけどなぁ」


 背後でラシードさんと奏くんが話してるのが聞こえる。

 そう。

 パーティを組むのも解消するのも、冒険者同士の自由。

 そこにギルドが介入するっていうのは、介入を依頼された時だけだ。

 そして第三者が入ることを依頼された場合、往々にして当事者間に諍いが発生している。

 しかし、その介入タイミングが五年前でなくて、今。

 ならば、考えられることは──


「五年前の調停時に冒険者ギルドが公正なジャッジをしなかた。それが今頃発覚した、ですか?」

「……そう聞いているわ」


 なるほど、それなら黒ずくめさんが出頭したがらないのも解るわ。

 基本的に彼は冒険者ギルドを信用していないんだろう。

 ロマノフ先生やヴィクトルさん、ラーラさんがむっすりしたのは、この可能性にすぐに気がついたからかな。

 だけど、黒ずくめさんが何でその出頭要請が来ているのを知ってるんだろう?

 お婆さんの顔を見ていると、それに気が付いたのか、彼女が仄かに笑った。


「あの子、王都のギルドで理不尽な目に遭わされた挙げ句、出禁をくらったみたいなの。でもうちは小さい街のギルドだし、何より彼が現れるちょっと前にラーラがいたお陰で、独立不羈の風が強いのよ。王都のギルドがなんと言おうと、誠実に仕事をこなしてくれる冒険者を冷遇する理由なんかないわ」


 ふふっと胸を張る姿は、外見に共通点なんかないのに、菊乃井の冒険者ギルドのマスターであるローランさんと同じような逞しさと強さを感じる。

 ラーラさんは冒険者ギルド立ち上げに功があるって聞いたことがあるから、ラーラさんがいるってだけで引き締まるのもあるんだろう。

 けど、それをラーラさんがいなくても保たせるっていうのは、このお婆さんも見かけ通りの存在じゃないってことだな。

 ふむっと私は顎を一撫でする。

 それから翁さんから貰った深紅の宝石筆を取り出すと、お婆さんから紙を一枚貰い受けた。

 受付に備え付けのインクにペン先を浸す。


「にぃに、おえかき?」

「うん? 黒ずくめさんにお手紙書くんだよ」

「おてがみ?」

「そう。ルマーニュ王都の冒険者ギルドがあまりにも鬱陶しいなら、菊乃井に来たら良いですよって」

「あのひとつよそうだもんね! ジャヤンタとどっちがつよいかな!?」

「え? あの、菊乃井……?」


 レグルスくんがぱぁっと顔を輝かせて声を上げる。

 私の口から出た「菊乃井」という単語に、お婆さんが目見開いた。


「菊乃井って、あの……初心者冒険者の学校の真似事をしてるっていう……?」

「真似事じゃないし、成果も出てる。ボクが知るなかでは、一番の成長株だよ。上げた利益も今年は帝国一を狙えそうだしね」


 ラーラさんが添えてくれた言葉に、今度は私が目を見張る。

 確かに儲かってるって、ローランさんやルイさんからの報告書にあったけども。


「え? そんなに?」

「そんなにだよ。ダンジョンに来る冒険者が沢山増えたし、依頼もかなり増えたし、何より巣立った冒険者が口コミで初心者冒険者講座を広めてるお陰で、赤字上等な初心者冒険者講座が黒字になってる」

「ひぇぇ……働き過ぎだと思ったら、人員直ぐ様増やすように言ってくださいね?」

「受付兼事務員と教官が二人ほど増えてるよ。受付には今年孤児院から出なくちゃいけない歳の子がいたから、その子達を入れたんだ」


 いやはや、経済回ってる。

 良かったー!

 税収も上がってきてるって、ルイさんも言ってたもんね。

 思わぬところで地元の発展を知れたけど、それはそれとして。

 うっそりと笑うと、お婆さんが少し顔色を悪くする。

 ああ、今、私、悪い顔してるよね。

 証拠にレグルスくんが私の顔を見て、ワクワクしてるもん。

 レグルスくん、私の悪い顔大好きだから。


「来てくれて、菊乃井に貢献してくれるなら、私のお墨付きも出しましょう。貴族のお墨付きを持つ冒険者には、冒険者ギルドも遠慮せざるを得ない。まして他国の貴族となれば、対応を誤れば国際問題だ」

「良いのかい、まんまるちゃん?」

「構いませんよ。そもそもは彼が絹毛羊のプリンスを守ってくれたから、私達は交渉のテーブルに着けたんです。最大の功労者に報いるのはおかしなことではないでしょう?」


 だってお陰で夏にはスッゴいウールが貰えるんだもん。

 それに彼処で多勢にも怯まなかった胆力と、何処か怪我をしていたのにもかかわらず山賊を片付けた実力は冒険者として相当なものだろう。

 売り出し中の冒険者がうちに来るのも、宣伝効果としてプラスになるし。

 問題は彼の性格やら性質だろうけど、あの場で山賊に与せず子羊を守った辺りでお察しだし、何より冒険者として誠実に仕事をこなしてくれるとギルドマスターも言っていた。

 受け入れるデメリットよりは、メリットの方が大きい。

 大体お墨付きを出しても、うちには先にそれを出してるエストレージヤがいる。

 今さらそれが増えても、帝国的に私は冒険者好きってくらいの認識にしかならないし。

 ルマーニュがどう捉えるか?

 知らんがな。

 私の事は、私が帝国の法を犯したり、帝国の損にならない限り、帝国が守ってくれる。

 それが皇帝と貴族の間にある、封建制度ってやつだ。

 まあ、根回しはするけどね。

 ロートリンゲン公爵閣下と宰相閣下にはお手紙書いておこう。


「でもまあ、本人次第ですよ。起きたら彼に渡してください」


 手紙と一緒に私の身分照会のために、首から着けていたドッグタグを外してお婆さんに、渡そうとする。

 しかし、手紙はともかく、ドッグタグはラーラさんに止められて、代わりにラーラさんが私の手紙に自身のサインを添えた。


「彼の身分はボクが保証する。ボクの事は君があの彼に保証出来るだろう?」

「ええ、勿論よ。でも、一応お名前だけは預からせていだいても?」


 おずおずとお婆さんが、私の方に顔を向ける。

 その手は祈るように組まれていて、僅かに震えていた。

 あー、貴族に会うって普通は何言われるか解ったもんじゃないからビビるよね。

 まして私、悪い顔してるし。

 何でか知らないけど、私の悪い顔を見ると、大概の人は息を呑んで、こっちの言うこと聞いてくれちゃうんだよね。

 これで何回菊乃井へ商業ギルドに加盟しろって言いに来た職員さんが、顔を真っ赤にして泣いて帰ったか。

 でも言うこと聞いて貰えるんなら、遠慮会釈なく使う。


「はい。私は麒凰帝国の菊乃井伯爵家当主・菊乃井鳳蝶。ベルジュラックさんに『菊乃井でお待ちしている』とお伝えください」

「承知致しました」


 囁くように告げると、すっとお婆さんが最敬礼を取る。


「のう、ブラダマンテ。吾は何やらイケないものを見た気がするぞよ?」

「まあ、奇遇ですね。私も……」

「ああ言うのを『タラシ』って言うんだろ?」

「タラ……!? ラシードさま、しっ!?」


 なんの話だろう?

 えんちゃん様とブラダマンテさん、ラシードさんとイフラースさんの話に、そっと振り向く。

 するとロマノフ先生とヴィクトルさんが、何だか遠い目をしているのも視界に入った。

 だけじゃなく、ギルドの奥の部屋から出てきたベルジュラックさん本人が顔を真っ赤にしつつ跪いて、私を凝視しているのにも気付いて。

 彼も私が自分を見ているのに気が付いたようだ。


「お、俺が必要ならば……って、何故俺は跪いてるんだ!?」


 叫ばれた言葉に首を捻ると、ラーラさんが肩を竦める。


「この子はボクが毎日磨いてるんだ。計算ずくでこの顔を見せれたら、堕ちるに決まってるだろ?」


 なんのこっちゃ?

 そう思ってると、ツンツンとレグルスくんに袖を引かれる。

 だけじゃなくて、アンジェちゃんや紡くんにも囲まれた。


「にぃに、きょうもかっこいい!」

「わかしゃま、おしばいしてるときのおねーちゃんみたいだった!」

「ちゅ、つむは、きれぇとおもう……!」

「若さま、ますます若さまのお祖母ちゃんに似てきたんじゃね?」

「本当に? それは嬉しいかも……」


 奏くんの言葉にちょっと照れる。

 私の悪い顔は、ちっさい子には好評のようだ。

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