第268話 Vengence is mine, I will repay.

 五年前、ルマーニュ王国の北部にある古代魔術都市国家の遺跡に、とあるパーティが挑み盾役の一人が大ケガをし、依頼は失敗、パーティは解散となった。

 それ自体はよくある話なのだけれど、パーティ解散の折り、依頼失敗の賠償を巡り当事者間で揉め事が起きて。

 四人パーティの内、三人が責任は盾役の青年の怠慢にあると主張し、青年は「そもそも自分は盾役でなく剣士として雇われたのに、荷物持ちをやらされたせいで武働き出来なかった」と主張した。

 そして揉め事を解決すべく介入した王都の冒険者ギルドの職員の下した裁定は、依頼失敗は盾役の怠慢が原因とのことで、青年は賠償金を負わされ身ぐるみを剥がれて、王都のギルドを追放された。

 だが、この裁定が覆りかけている。

 盾役とされた青年の当時を知る役人がコツコツと調べあげ、王都の冒険者ギルドの職員と件のパーティの三人が癒着していたのを突き止めて、当時の裁定に依怙贔屓疑惑が出たからだ。

 そして盾役とされていたベルジュラック青年の名誉も回復されつつあるという。

 が。


「今更だろう。あの時どんなに訴えても、奴らは聞きもしなかった。名が上がってきたから、出禁を解いてやる。ありがたく思え? 反吐が出る」

「なるほど。ならば尚更、菊乃井で名を上げるといい。貴方の訴えに耳を貸さなかった連中の肝を、永久凍土に埋めてやれますよ」


 うっそりと笑うと、ベルジュラックさんが小さく「おう」と答える。

 実は私達はあれからすぐに菊乃井へと帰って来ていた。

 どうもベルジュラックさんを知る冒険者が、アースグリムに彼がいることを王都のギルドの人間に伝えたらしく、アースグリムのギルドに「これから職員を行かせる」という通達が送られてきたのだ。

 それで王都のギルドに行きたくないと言う彼をかっさらって、菊乃井に皆で帰還したってわけ。

 因みに転移先は、菊乃井のギルド前。

 レグルスくんや奏くん達には一足先にヴィクトルさんやラーラさんと屋敷に戻って貰うことにして、私とベルジュラックさんとロマノフ先生はギルドへやって来たのだ。

 そしてギルドマスターのローランさんも交えてお話。

 ベルジュラックさんの話と、私達がアースグリムのギルマスに聞いた話を総合して、ローランさんは頭をベルジュラックさんに下げた。


「同じギルドの職員として、お前さんを不当に扱ったこと、心よりお詫びする」

「アンタは関係ないだろう。謝られても困る」

「む、そうだな。これは俺の居たたまれなさから出たことだ。困らせたならすまん」

「いや、いい。と言うか、アンタは良いのか。ルマーニュの王都のギルドと事を構えることになるかも知れんぞ?」

「そんなもん、屁でもねぇ」


 厳めしくて真面目な顔で、ローランさんはベルジュラックさんを見据えた。


「お前さん、エストレージャって三人組の冒険者を知ってるか?」

「知ってるが、それがなんだ?」

「アイツらは元々食い詰めて、とある領地でモンスター大発生の種を撒いちまった罪人だった」

「らしいな。それを無知と貧しさ故だって許されて、師匠までつけてもらって、あの虎王・ジャヤンタに土つける寸前までいったらしいじゃないか。それが?」


 本当に「それが?」だよね。

 エストレージャが何か関係あるっけ?

 ぼんやりお茶を飲んでいたら、ひたりとローランさんとロマノフ先生の視線が私に向く。


「そのエストレージャの後ろ楯になった貴族は、彼らを騙した奴らの後ろ楯として甘い汁を吸ってた貴族を誅した。これも知ってるな?」

「ああ、スカッとする断罪劇だったらしいな」

「あれをなしたのがこちらにおわす鳳蝶様だ」

「は!? そ、そう言えば菊乃井って……!?」


 ああ、うん。

 やったねー。

 ついでに当時の男爵領のギルドもバラス男爵との癒着がバレて、綱紀粛正が行われたんだったかな。

 去年のことの筈なのに、もう大分前のことみたい。

 驚きに満ちたベルジュラックさんの顔に、ローランさんは頷いた。


「このお方はな、優しいが甘くはない。お前さんを連れて帰ったのだって、お前さんの不当な扱いを憐れんでとかじゃないと俺は踏んでる。お前さんにはきっとエストレージャ並の将来性があるんだ」

「お、おう?」


 え?

 いや、確かに憐れんではないよ?

 それにルマーニュで売り出し中で、名前も上がってきた冒険者に将来性がない訳ないじゃん。

 妙な話の流れなになりそうな気がして、止めようと浮かしかけた膝を、そっとロマノフ先生に止められた。

 伺い見たその顔には「ちょっと黙って見てましょうね?」って書いてある。


「例えば、だ。エストレージャが名を上げたように、お前さんも武闘会で名をあげる、とかな」

「それはエストレージャの二番煎じだろ?」

「何言ってんだ、奴等はパーティ、お前さんはソロだろうが!」

「は!?」


 は!?

 ローランさんが興奮気味に出した言葉に、私とベルジュラックさんが目を見開く。

 ちょっと待って。

 パーティでやりあう武闘会で、ソロとかそんな無茶振りする訳ないじゃん!?

 って言うか、武闘会に出ろとも思ってないよ。

 今度こそ本当に否定しようと口を開きかけた時だった。


「そうか……、俺はそれほど強くなると思われているのか……!」


 ベルジュラックさんが拳を握りしめて身体を震わせる。

 いや、ちょっと、本当に何でや?

 しかも何か手をワキワキさせて嬉しそうな雰囲気だし。

 これはダメだ、訂正しよう。

 そう思っていると、ぎゅっと膝をロマノフ先生に押さえられて。


「そうですね。武闘会に出た頃のロミオ君達は、今の君よりずっと弱かった。それこそあの頃のロミオ君達なんて、君一人で十分のせてしまったでしょうね。しかし、そこから修行して彼処までになった。そして今は恐らく一人一人が君より強い」

「っ!? 言ってくれる……!」

「事実です。だがそれも君次第だ。私達エルフの三英雄は鳳蝶君の望みを叶えたい。鳳蝶君の望みは君に名をなさしめ、ひいては菊乃井の名を上げること。君にその気があるなら、私達が手を貸すのも吝かではない」


 ロマノフ先生が不穏だ。

 言ってることも表情も至極穏やかなのに、何かしら怖い感じがする。

 ロマノフ先生のことだから、私の望みを叶えたいというのに嘘はない。それは解る。

 それに圧の向く先は私ではなくてベルジュラックさんだ。

 ……断らせない気だな、これ。

 察して大きく息を吐くと、膝に置かれた先生の手をぎゅっと握る。

 先生の顔が私に向いて「おや?」という表情になった。

 だから、私はふるふると首を横に振った。

 私が拾ったんだから、断れないようにするなら私がやるべきでしょ。

 そんなやり取りに気がつかないのか、ベルジュラックさんがテーブルの上に手を組んだ。

 

「それだけ、か?」

「……はい?」

「いや、俺の将来性を買ってくれたのはありがたい。しかし、それだけか?」


 眼光は鋭い。

 けれど、その奥にはすがるような脆さが覗く。

 裏切られて苦しい思いはした、でも諦めきれずにいる。

 信じられる、裏切らない寄る辺が欲しい。

 そんな目だ。

 なら、示してあげようか。

 と言っても、私が示せるのは等価交換で取引出来ている間は裏切らないってだけなんだけど。


「そうですね。理由は色々ある。絹毛羊の子どものことも大きいけれど、一番大きいのは貴方が理不尽に抗い復讐を遂げようとしているから、かな」

「……」

「貴方は理不尽な裁定に怒りはしても、腐らず地道に名前を上げようとしている。それって見返してやりたいからでしょう?」

「それは、まあ……」

「私もそうです」


 私の生まれてこの方は、自分で言うのもなんだけど理不尽に満ちていた。

 病で生死をさ迷う前の記憶は朧気にしか残ってないけれど、それでも両親に対しては恨みより慕わしさが勝っていたように思う。

 でも、そんな私は病で死んだ。

 そしてあの二人の醜い争いを目にして、完全に慕わしさなんぞ消え失せた。

 代わりに沸いたのは、どこにも行き場のない憤怒。

 その怒りはつい最近、正しく奴等にぶつけられた訳だけど。

 ツラツラと話せば、ベルジュラックさんやローランさんが複雑な顔をする。

 だけどまだ、私の復讐は終っちゃいない。

 そう口にすると、二人が口を引き結んだ。


「レグルスくんが立派な大人になって幸せになる。そうして菊乃井が豊かになり、領民の全てに教育が行き渡って、誰もが芝居や音楽を楽しめるようになったその時に、私は漸く奴等二人を指差して嘲笑ってやることが出来るんだ」


 お前達は何も出来やしなかった。

 お前達が棄てた私ですら出来たことを、お前達は出来やしなかった、と。

 告げると、ギルドの応接室に沈黙が振る。

 同情も共感も要らない。

 奴等への憎悪はまさしく糧になった。

 そしてこれからも糧になる。

 

「……そんな訳で、私も復讐の最中なんですよね。なので貴方が菊乃井で名を上げれば、私の領地が豊かになって復讐が捗るんです。貴方も強くなって名をなさしめられたら、貴方を裏切った連中への復讐になるでしょ? 私は私の復讐のために貴方を利用する。貴方は貴方の復讐のために私を利用する。シンプルな協力関係です。そうする旨味がないから、裏切りも心配しなくていい」


 だから、貴方が良い。

 唇を引き上げて笑みの形を作る。

 すると、何を思ったのか、ベルジュラックさんが頭を覆う黒いターバンを外して。

 銀色の長い髪の毛と、本来耳が付いている所とは違う頭頂に生えた犬耳とが見えて、今度はそれにこっちがビックリだ。

 柔らかな銀の毛に覆われたそれに釘付けになっていると、ベルジュラックさんがすっと跪いて、取った私の手を額に押し戴く。


「俺はシラノ・ド・ベルジュラック。神狼族の末裔だ。俺に力を与えてほしい!」

「私が与えるのは力でなく環境と師です。それを力に変えるのは貴方自身だ。それでも?」

「頼む!」

「なら、取引は成立ですね」


 ふっと笑えば、再びベルジュラックさんの頬が染まる。

 この人、随分感激屋さんなんだなぁ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る