第259話 コンプレックス得手不得手!

 氷輪様からタラちゃんを貰ってから一年、私には魔物と話すためのスキルが生える気配が全くなくて。

 その間タラちゃんの方が言語を文字化出来るようになるんだか、世の中何が起きるか解らない。

 タラちゃんはうちに来た当初から私の言葉は解ってたっぽいし、何より蜘蛛は鳴かないし、身振りやら仕草で色々伝えてくれてたから、意思伝達に少しの不便もなかったんだけど。

 私には素養がなさそうだと思い出したのは、ござる丸が来てからだ。

 だってござる丸、あんなに賑やかに鳴くのに、私にはやっぱり言語ではなく鳴き声にしか聞こえないんだもん。

 疑惑が色濃くなったのは、妖精馬の言葉が解るヨーゼフが、タラちゃんやござる丸の言葉も理解出来た辺りで。

 ただ、ヨーゼフは神様に認められるほどの調教師だから、そのせいもあるのかとも考えてたんだよね。

 でも、今のラシードさんの言葉ではっきりした。

 魔物使いは魔物と話せる。

 だけど私は魔物とは話せない。

 魔物使いには上級・中級・下級・見習いとあるわけだけど、最低限魔物と話せることが一人前の魔物使いの条件なら、私は本来見習いの域を出ないわけで。

 そんな私がなんで上級魔物使いなのかって言えば、それは恐らくタラちゃんが魔物として上級の部類で、それに引き摺られているだけなんだろう。

 ツラツラとそんな事を話すと、ラシードさんは信じられないものを見るような目をした。


「そんな……そんなことって……!?」


 何がなんだか解らない。

 頭を抱えたラシードさんの肩をヴィクトルさんが慰めるように叩く。


「あのね、レアケースなんだけどない訳じゃないんだ。僕達も薄々あーたんは魔物使いの素養が低いかもしれないって気付いてたけど、なにせ魔物使いに遭遇するって中々ないし、その無い中でも他人に惜し気もなく自分の持ってる技術を伝授しようとしてくれるを見つけるって、砂漠の砂粒から砂金見つけるみたいなもんでね……」


 一人、ロマノフ先生には心当たりがあったらしいけど、その人も魔物使いではないし、専門は魔術と錬金術と薬学なんだそうで。

 レグルスくんがひよひよと、そのひよこの羽毛のような金髪を揺らしてヴィクトルさん尋ねる。


「もしかして『だいこんせんせい』のこと?」

「そうだよ、れーたん。あの人も薬の調合に使うからマンドラゴラの事は普通より詳しいけど、それ以外の魔物は魔生物学を噛ってるって程度だから無理だって言ってたのを、君達のござる丸君の観察日記でやっと釣り上げたんだもん」


 おぉう、やっぱりそう言う裏話があったのね。

 それはいずれ詳しく聞くとして、今問題なのは私がレアケースってヤツだ。

 それをヴィクトルさんに聞こうとしたら、答えてくれたのはヴィクトルさんじゃなく、山賊を一ヶ所に置いて戻ってきたロマノフ先生だった。


「ごく稀に魔物が自分から付き従うことがあるんです。その状態だと魔物からの契約申し出になるので、魔物使いでなくても承諾すれば魔物を支配下に置くことが可能になります。その場合は修行も何も関係なく魔物使いになれますし、ランクは支配下の魔物に引き摺られるんですよね」


 なるほど、そんなケースがあるのか。

 私が頷くと、ラシードさんが深刻な顔をする。


「確かにそんな話を聞いたことはある。けど、うちの一族では、それは魔物に服従された奴に支配者としての器があって、それを敏感に魔物が感じ取ったからだって言われてて……」


 いや、それはどうなんだろう?

 今の私は領主だし、立派に支配者階級の人間だから、その器が小さくてもあるとは思う。

 なけりゃ、領民が困るんだもん。小さくても磨くよね。

 だけどあの時の私は六歳の、なんの力も持たない子どもだった。

 だから氷輪様がタラちゃんにお話してくれて、タラちゃんがそれを守れる賢い蜘蛛ちゃんだったってことじゃないかな?

 私はやっぱり話せないんだし、素養は低い。

 魔物使いの階級や素養と、使い魔に出来る魔物の強さとは、必ずしも比例しないってことか。

 結論を口にしようとすると、ロマノフ先生が重々しく口を開いた。


「鳳蝶君がそのケースでしょう。魔物使いに必須の能力を、違う能力で補填して、高みに至るケースがあると言うことですね」

「素養が低くても……他の能力で補う……。そんなことが出来るのか……!」


 は?

 いやいや、それはちょっと強引じゃないの?

 なんか違う気がする。

 二人の間に口を挟もうとすると、私より先ににぱぁっと笑うレグルスくんが唇を開いた。


「れー、しってるよ! タラちゃんはー、にぃににひとめぼれっていうのしたんだって! にぃにのまりょくはあおとかむらさきのほのおみたいでぇ、ゆらゆらしててすごくきれいだったからって! それにくもだからってこわがらなかったし、『かわいいね』とか『かしこいね』ってほめてくれたし、タラちゃんがいととかぬのとかつくると、いーっつもよろこんでくれるからだいすきっていってた!」

「えぇ、そうなの? タラちゃん可愛いなぁ!」

「れー、タラちゃんとござるまるとなかよしだから、おしえてくれた!」


 きゃっきゃはしゃぐ金髪を撫でると、レグルスくんがぐりぐりと頭を私こお腹に押し付けてくる。

 ヤバいわー、うちの弟と使い魔達可愛すぎない?

 ほわっと和んでいると、ガシッと強い力で肩を掴まれる。

 ラシードさんが必死の形相で、私を覗き込んでいた。


「正直、さっきの魔物使いとして素養が低いって言うのにはカチンと来た。だって俺らはその素養が低くて修行で上級に至った訳じゃない奴に、大事な使い魔を一時的にとは言え奪われたんだ」

「う、それは、その……」


 それは謝った方がいいんだろうか?

 迷っていると、ラシードさんが「謝るなよ」と強く告げた。


「……考え方を変えてみたんだ。魔物使いじゃなくて、群れのリーダーとして俺とお前を比べたら、そりゃ俺だってお前一択だなって。だからな、俺、これからお前の仕事とか、他のことも勉強させてほしい。領主とか統治者とか、他者を支配して統率を執って良い方に向かせるって、それ、そのまま群れのリーダーの役割だろ? そういうものが俺にも身に付いたら、アズィーズやガーリーやイフラースも、安心して俺を頼れるだろうし、新しく使い魔になってくれたライラ……魔女蜘蛛の期待にだって応えてやれるんじゃないかって思うんだ。頼む!」


 真面目か? いや、真面目だな。

 うーん、統治者の役割を知ることが統率力を上げることになるのかは、ちょっと疑問だけど「学んでほしい」・「知ってほしい」と言い続けてる人間がそれを断るのもどうかと思うしなぁ。

 最敬礼の形に腰を折り曲げたラシードさんに、頭をあげてもらう。


「貴方は他国の人だから、全部が全部、見せたり聞かせたりは出来ないし、教えたりもしないですが、それでも良ければ」

「勿論、それは解ってる。等価の対価になるか解らないけど、俺も、俺が持ってる魔物使いの知識を渡す」

「知に知を返すなら、等価じゃないかな。良いでしょう、取引は成立です」


 手を差し出せば、すかさず掴み返される。

 にやりと、ラシードさんと二人して不敵に笑うと、不意に大きなえんちゃん様の声が聞こえた。


「ま、まずいぞよ!」


 瞬間的に、紡くんやアンジェちゃんと一緒に子羊と戯れていた筈のえんちゃん様の方を伺えば、えんちゃん様は血色の良かったふくふくのお顔をひきつらせていて。。

 にわかに焦りだしたえんちゃん様が、周りを見回す。

 つられて私も周りを見回すと、何とかいうことでしょう?

 真珠百合が無惨に踏み荒らされていて。

 先程の密猟者との大立ち回りで、花を踏みしだいてしまったらしい。

 えんちゃん様がしょぼんと眉を下げるのに合わせて、紡くんやアンジェちゃんもしょぼくれた。

 レグルスくんも、悲しそうに私を見上げる。


「にぃに、どうしよう?」

「しまったな……」


 婚礼衣装のためにも真珠百合の実は欲しいとこだし、何より花は姫君の眷属。

 このままにしておくのは、姫君に顔向けが出来ない。

 同じことを思ったのか、えんちゃん様が私をじっと見ていた。

 考えろ、こんな時のために人間には頭がついてるんだから。

 花の茎が折れら葉っぱがちぎれるっていうのは、人間なら怪我をしてるのと同じこと。

 傍にいたヴィクトルさんに、こそっと尋ねる。


「……ヴィクトルさん、花に回復魔術って良くないんですか?」

「えぇ……? いや、花に回復魔術使うって発想をしたことないから、どうかな?」


 なら、やってみようか。

 屈んで茎が折れてしまった真珠百合を、一輪手に取る。

 人間ならかすり傷を癒す程度の回復魔術を、そっと指先から真珠百合に流し込む。

 緩やかに、静かに。

 感覚としては針の穴に糸を通すくらいの繊細さで。

 仄かに光を帯びて、折れた茎が再生していく。

 その光景をえんちゃん様が食い入るように見つめていて。

 なんだろな?

 こてんと首を傾げると、花を持つ手をぎゅっと掴まれた。


「鳳蝶、後生じゃ」

「へ?」

「そなたのような力の使い方を、吾に教えてたも!」


 !?

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