第255話 準備と忠告の有り難さは失敗した時にこそ沁みる
吹き付ける風が、菊乃井と違って大分冷たい……なんてもんじゃないな。
雪が降ってる。
菊乃井だって北の方にあるんだけど、ルマーニュ王国は更に北の寒い土地で、夏でも雪が溶けず、針葉樹林があるかと思うと、木が一本も生えない草原があったり、結構バラエティーに富んだ地形だ。
ラーラさん主導で転移したのは、ルマーニュ王国の中でも辺境もド辺境の街・アースグリム。
持ってきたコートやポンチョを早速着込んだくらい。
ラシードさんとイフラースさんは元々寒い所の出身だからから、こんなもんだよねってお顔。
だから聞こえた「くちん!」ってくしゃみは、彼らからじゃない。
勿論ひよこポンチョを着たレグルスくんでも、迷彩ポンチョを着た奏くんでもないし、奏くんが買った
「えんちゃん、大丈夫ですか?」
「わ、吾は大丈夫なの……くちん! じゃ!」
全然大丈夫じゃなさそうな「えんちゃん」こと艶陽公主様に、自身も薄着なブラダマンテさんがそっと尋ねる。
ブラダマンテさんはあれ、凄く薄い白いローブを着てらっしゃるけど、エルフ先生方の薄っぺらそうな装備と同じく、沢山付与魔術が付いてるそうな。
ヴィクトルさんの言うには「見てるだけで目が痛くなるくらい色んなのが掛かってる」らしい。
そう、えんちゃん様。
折角お訪ねくださったけど、私達はルマーニュ王国に用事があって、なるはやで帰ってくるので……とお伝えしたんだけど、天上でどうやら私達の事を見ていらしたらしく「吾も行くぞよ!」って言われちゃって。
なんでもえんちゃん様は、人間の身体で地上に降りているから神威自体も弱くなっているけれど、それでもエルフ先生方三人が寄って集って攻撃しても小揺るぎもしないほど強いんだそうな。
しかも運もぶっちぎりに良くなるとかで、探し物も容易に見つかると売り込まれちゃったんだよね。
まあ、それ目当てって訳じゃないけど、アンジェちゃんみたいな小さい子を連れてくのに、同じくらいの大きさのえんちゃん様を連れていかないってのも、ラシードさんとイフラースさんに違和感を抱かせるんじゃないかと思ったり。
なにせえんちゃん様が艶陽公主様ってのは内緒なんだもん。
オマケにレグルスくんも奏くんも紡くんもアンジェちゃんも乗り気だし。
なのでせめて暖かい格好をしてからってお願いしたんだけど、気が急いたのか「疾く!」って言われちゃったんだよね。
ブラダマンテさんも一緒になって止めてくれたけど、ロマノフ先生がにこやかに「良いんじゃないですか」って言って、イマココ。
春近くの菊乃井で過ごすための、何だろうな?
漢服と、ローブ・ア・ラ・フランセーズをもう少し簡素化したような、前世でいうところのロリータファッションを合わせたようなワンピースでは、そりゃ寒かろうよ。
そして、くしゃみ連発。
見てられないな。
ごそごそといつも持ってるマジックバッグに手を突っ込んで、ショールにもマフラーにもなる布を取り出した。
前にブラダマンテさんを助ける時に使った布を、タラちゃんに織り直してもらったのを、もしもの時のために持ち歩いてるんだよね。
その布に防寒やら氷結耐性やらの効果を付与すると、私はえんちゃん様に近付いた。
「失礼しますね」
「ふぉ! あ、暖かいのじゃ!」
布を二つ折にして、ポンチョのようにえんちゃん様の肩から掛けて、前をピンで留める。
布に頬擦りすると、えんちゃん様はにぱっと笑った。
可愛いけど、それに流されちゃいけない。
私は屈むと、えんちゃん様と視線を合わせた。
「えんちゃん、暖かい格好をしてほしいってお願いしましたよね?理由が解りましたか?」
「……う……」
「これからはちゃんと私や、先生方や、ブラダマンテさんのお話を聞いてください。えんちゃんが怪我をしたり、寒かったりしたら、心配します」
「心配……」
「お友達なのでしょう? 私達」
そう言うと、えんちゃん様の眉毛がぺしょんと八の字になる。
見かねたのか、奏くんがえんちゃん様の頭を撫でた。
「先生たちや、ブラダマンテさんや、おれらがえんちゃんを止める時はちゃんと理由があるんだ。嫌がるのはそれを聞いてからにしような? なっとくできなきゃ、何回でも話すからさ」
「わ、わかったのじゃ」
こくこくと大きく頷くのを見ていると、えんちゃん様は本当に幼いのかも知れない。
いや、幼いんだろうけど、どれだけかな?
話し方からして、見かけ通りの歳ではなくてもう少し大きいとは思うんだけど。
兎も角納得してくださったようなので、先に進もう。
そう声をかけると、既にラーラさんが冒険者ギルドでお話を聞きに行ってくれたらしい。
話を聞こうと先生方の方に行くと、交代でレグルスくんや紡くん、アンジェちゃんがえんちゃん様に近付く。
「あのね、えんちゃん。ちゅ、つむ、てぶくろふたつもってるから、ひとつかしてあげるね」
「アンジェも、おぼうしエリちゃんしぇん、せんぱいからもらったのあるから、かしてあげる」
「れーもよびにネックウォーマーもってるから、つけなよ」
「よいのか!?」
「れーとえんちゃん、ともだちでしょ?」
「おねーちゃん、おともだちがこまってたらたすけてあげるんだよっていつもいってるもん」
「つむのにぃちゃんも!」
「そうだな。言ってるな!」
それぞれが手袋やネックウォーマー、帽子を差し出して、それをえんちゃ様が嬉しそうに受けとる。
その光景を見ていると、目が合った奏くんがサムズアップしてくれて。
そこにラシードさんがアズィーズを連れて加わった。
「寒いなら乗れよ」
「よいのかや……?」
「おう。鳳蝶のダチなら、まあ、うん」
そう言うとラシードさんはえんちゃん様の脇に手を差し込んで、ひょいっと抱き上げてアズィーズに乗せた。
アズィーズは勇気を振り絞ってるのか、尻尾がちょっと丸まりぎみだけど、主人の言葉に応えようと確り大地を踏みしめている。
イフラースさんが「ラシード様、人を気遣えるなんてご立派です……!」って、感動してるのはなんだかな。
まあ、いいや。
あちらのフォローはブラダマンテさんも加わったから、何とかなるでしょ。
ほのぼのしていると、ゴフンッとわざとらしい咳払いが聞こえた。
「先生、ああなるの解っててえんちゃん様の言うままにしましたね?」
「はい。ああいう子は、言うよりどうしてなのか体験させた方がいいと思いまして」
「風邪引いたらどうするんですか?」
「えんちゃん様は魔術が使えるでしょう?」
「そうですけど……」
本当にこの先生方は時々厳しいんだから。
ちょっと膨れると、空気の入った頬っぺたをロマノフ先生にぷにぷにつつかれる。
私とロマノフ先生のやり取りに、ヴィクトルさんが苦笑し、ラーラさんが肩を竦めた。
「それで、パールのような実を付ける花は?」
「豊作だそうだよ」
「そうなんですね!」
「だけど、その実を餌にするモンスターも今年は沢山だってさ」
「おぉう」
「運が良かったら絹毛羊の子どもにあえるかもね。それと瞳が星空のようになってる
絹毛羊の子どもとか、可愛い予感しかしない。
それに瞳が星空みたいになってる梟とか、凄くロマンチックだし。
「さて
「では、出発しましょう!」
そう声をかけると、ぱっとレグルスくんたちがこっちを向いて「おー!」と両腕を振り上げた。
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