第245話 子どもにだってプライドはある

 父と母を向こうに回してアレコレしていた頃、海神・ロスマリウス様は私に「百華の厄除があってさえ降りかかる厄災は、すなわちお前を磨く試練だ」と教えて下さった。

 そう、私やレグルスくんは姫君様のお力で守られている。

 それでさえ引き寄せられる災難は、私を磨く試練。

 つまり、乗り越えられなくはないけど、凄く面倒くさいヤツ……。


「だから、ヴィーチャは君から彼を遠ざけようとしたんでしょう。乗り越えられると信じていても、出来うるなら厄災からは逃がしてやりたい。親心ですね」

「先生は嬉々として私を厄災にぶん投げますよね……」

「そりゃあ、君が乗り越えられると分かっていますから。私も手伝うし、無論ヴィーチャやラーラも手伝う。私達で足りなければ、持てるコネを使って協力者を探してきますし」

「ええ、まあ、はい……ありがとうございます」


 信じてもらえるのは嬉しいけど、私はぶん投げられるより、穏やかに距離を取りたいです。

 ラーラさんとヴィクトルさんに率いられて、バーバリアンとエストレージャが森の奥に分け入るのを見届けると、一気に静かになった。

 ともあれ、怪我人さんを早く休ませてあげないと。

 グリフォンとオルトロスの手綱もちゃんと持たないといけない。

 そんな訳で二匹を手招きすると、喜び勇んで走ってくるのが見えて。

 勢いよく突っ込んで来そうな二匹の前に、ござる丸を乗せたままのタラちゃんが躍り出ると、その蠍のそれに似た尻尾を鞭のように地面に叩きつけた。

 ぼこっと大きな穴が地面に現れて、二匹が瞬時に大人しくなる。

 はい、当家での序列が一瞬にして決まりました。

 その間に、先生は怪我人をまた横抱きにする。

 そしてソーニャさんが杖を振るうと、山羊の角の少年の声が出た。


「お、おまっ!? あの蜘蛛っ!」

「私の使い魔のタラちゃんですよ。上に乗ってるのはマンドラゴラのござる丸。ござる丸も私の使い魔です」

「は……嘘、だろ……!?」

「何のためにそんな嘘を吐かなきゃいけないんです? それより、街に帰りますよ。怪我人さんを休ませてあげないと。詳しいことは、怪我人さんが気が付いた後で、話したかったら聞きますから」


 有無なんか言わせない。

 こういう時は、多少強引にでもことを運んでしまう方が良いんだ。

 即席でタラちゃんに、グリフォンとオルトロスのリードを作ってもらって手首に通す。

 すると反対側の手をレグルスくんが握った。

 それからちょっとムッとしたような顔で、レグルスくんは山羊の角の少年に手を差し出す。


「れーがおててつないであげる」

「手!? なんでだよ!?」

「まじゅつでおうちにかえるから。おててつないでないと、まじゅつでびゅんってかえれないんだぞ!」


 戸惑う少年の手を掴むと、レグルスくんは胸を張る。

 その堂々とした態度に気圧されたのか、少年が大人しくなった。

 その間に転移準備は完了していたようで、足元が光ったと思ったら次に浮遊感が訪れる。

 フワッとしたなと思ったら、次の瞬間には菊乃井の屋敷の前に足が着いていた。


「なあ、若さま。ロッテンマイヤーさんになんて説明すんの?」

「えー……あー……うーんと、怪我人と遭遇したから連れてきた」

「まんま!」


 ぷはっと奏くんが吹き出す。

 笑うけど、ロッテンマイヤーさんに変な嘘なんか吐けない。

 吐いたとしたって絶対にバレる。

 それを考えれば嘘を吐く選択肢はない。

 代わりに話さないって戦法はありだ。

 私がそう言えば、奏くんはかぱっとした笑顔のまま頷く。


「ん、紡にも言っとくよ。ロッテンマイヤーさんにドレスの話はしないって」

「うん、お願いします」


 持つべきものは頼りになる友達だ。

 奏くんは早速自分の足に引っ付いている紡くんの頭をなでて、ドレスの件を口止めする。

 紡くんはといえば、おめめが少しとろんとしているから、お眠なのかも。

 うちのひよこちゃんは大丈夫かな?

 繋いでる手は温かいけど、レグルスくんは常時体温が高い。だから手が温かくても眠いとは限らないんだよね。

 本人に聞こうと思って隣に目を向けた瞬間、山羊の角の少年が膝から崩れた。


「っ!?」

「あぶない!」

「大丈夫ですか!?」


 完全に倒れる前に私と宇都宮さんとレグルスくんで支えると、地面に膝を付いた少年の顔を覗き込む。

 その表情は険しくはあったけど、どこか気が抜けたような雰囲気もあって。

 子犬のことばかり気になってたけど、放り出されて心細かったのは彼もだったんだろう。

 背が宇都宮さんくらいなら、本当に宇都宮さんくらいの年齢かも知れないし、発育がいいだけで彼女より年下だってこともあり得る。

 それが悪鬼熊みたいな怖いモンスターが出る森で、乳兄弟や使い魔とはぐれたんだから、そりゃあ怖かっただろうよ。

 まして、それ以前に殺されかけたって言ってたし。

 今更ながら彼の置かれた立場に気がついた。

 悪いことをした。


「その、さっきは事情も解らない癖に色々言って申し訳なかったです」

「え……?」

「私は大人や友達と一緒だったから怖くなかったけど、貴方は乳兄弟や使い魔と離れて一人で森にいたんですよね。心細かったのは子犬もだけど、貴方もでしょう? それなのに好き勝手言っちゃって……」

「う、あ……ぁ……」


「ごめんなさい」と口にするより、少年の目からボロボロと涙が落ちる。


「……ひっ……ひぐ、ぅえ……!」

「もう大丈夫ですよ、ここは私の領地。誰にも手出しはさせません」


 背が足りないと思いながら、彼の顔を隠すように胸に抱き込む。

 プライド高そうだし、涙がなんか人に見られたくないんじゃないかな。

 そうしていると、レグルスくんがぴょこっと背伸びして、山羊の角の生えた頭を優しく撫でる。

 パタパタと宇都宮さんが屋敷の中に入っていくと、入れ替わりにタラちゃんとござる丸に連れられて、ヨーゼフがこちらに走ってきた。


「だ、だん、旦那様! お、およ、およ、お呼びだと……なんか、グリフォンがどうとか、オルトロスがどうとか」

「あ、はい。あの、何処かに休ませてやれますか?」

「は、はい。きゅ、きゅ、厩舎に余裕が、あ、あり、あります!」

「じゃあ、連れていくのでケルピー達を落ちつかせてくれますか?」

「や、だ、だ、だ、大丈夫です。颯もグラニもポニ子さんも、子グリフォンや子オルトロスぐれぇでビビリはしないです」


 頼もしく請け負ってくれると、私が握っていた手綱をしっかりと受け取ってくれる。

 まだ子犬と小鳥だから大人しく出来るかと、ハラハラしながら見ていると、二匹はヨーゼフを見た途端尻尾を滅茶苦茶激しく振った。

 それだけじゃなく「くるるー!」やら「キュンキュン」やら、随分と甘えた声で鳴く。

 その鳴き声に、ゆっくりと私の胸で嗚咽していた少年が顔を上げた。


「なんなんだよっ!? なんで、強そうに見えないやつまでアズィーズやガーリーを従えられるんだよぉっ!?」

「あー……えー……えー?」


 なんでかなー?

 多分ヨーゼフは神様からお褒めいただけるほどの調教師だからだろうけど、それを説明するには彼の素性が解らなさすぎる。

 泣き止んだようなので、涙の跡を拭くためにハンカチを渡そうとすると、レグルスくんが私と少年の間にぐいぐい身体を入れてきた。

 そして手を掴んで少年を立ち上がらせると、ずんずんと屋敷に進んでいく。

 他人の世話を率先して焼くなんて、大きくなったなぁ。

 感慨に耽りながら、私もその後に続く。

 屋敷では宇都宮さんが先に報告してくれていたお陰で、ロッテンマイヤーさんが怪我人さんを受け入れる準備を済ませておいてくれたようで、すんなりと寝かせてあげられた。

 それだけじゃなく、夜にはブラダマンテさんが隷属の紋章を見に来てくれるように手配してくれて。


「その……悪いな……巻き込んで」

「いや、まだ本格的に巻き込まれてませんから」

「……ありがとう……」


 応接室のソファで落ち着くと、山羊の角の少年は余程疲れていたのか、目を閉じるとすぐに寝息を立て始めた。

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