第244話 笑うなら笑えよ、引き寄せ体質

 私達が悪鬼熊を倒している時のこと、宇都宮さんは後方でこちらを伺う物凄く弱い気配に気がついたそうな。

 悪鬼熊に比べるべくもないし、悪意も敵意もない。

 放置しても差し障りは特になさそうだと思ったけれど。


「他の冒険者さんなら近付いて来ると思ったんですが、何やら却って遠ざかって行かれたもので気になりまして」

「私には『どこにいるんだ……』って呟きは聞こえたんだけど、姿を捕捉するまでは出来なくて」


 おかしいなと感じたから二人で相談して、ソーニャさんが私達にすら気付かれないよう宇都宮さんに気配遮断の魔術をかけて、その誰かさんを追跡したのだそうな。

 当然その一連の流れをロマノフ先生は把握していて、なるべく私達が宇都宮さんがいなくなっている事に気付かないよう誘導していたらしい。

 先生は、宇都宮さんと、彼女が追いかける誰かさんの気配をきちんと把握していたとか。

 それで、私達は先に進んで怪我人さんを蜘蛛達から押し付けられ、もとい、託されて、宇都宮さんは少年の背中にジリジリ近付いて確保に至って今ここ。


「何がどうしてそうなった……?」


 口から飛び出た疑問に、皆同意なのかこくこくと頷く。

 ここまで解ってるのは、グリフォンの飼い主は怪我人さん。

 推測出来るのは、ギルドから確認依頼があった悪鬼熊を食い散らかしたモンスターは、おそらくグリフォンとオルトロスだろうけど、他にもいるかもってこと。

 山羊の角の少年……っていっても、宇都宮さんと同じくらいの背だからそうなのかと思うだけなんだけど、彼は探し物をしてるっぽい?

 うーむ、とりあえず。


「あの、お兄さんはこの森で何をしてらしたので?」

「……」


 山羊の角の人に話かけるけど、思い切り睨まれただけ。

 目付きが鋭いけど、気品というのかな、柄が悪いとかは感じない。

 よくよく見てみれば、ハイネックの上に着た、腰でベルトをするタイプの踝まである襟なしコートも、刺繍が細かくとても良い感じでお高そう。

 もしや、どこかのお金持ちのご子息なのかな?

 だとしたら、こんなとこに一人でいないよね。

 じゃあ探しているのはお連れさん?

 そう尋ねようとすると、視界が遮られて。


「あーたん、ちょっと下がってね」


 私の前にヴィクトルさんが出てきて、少年との間に入る。

 何事かと思っていると、つんつんと背後から袖を引かれた。

 振り返るとレグルスくんが、後方に座ったままのオルトロスを指差す。


「にぃに、きゅんきゅんないてるよ?」

「おぉう、寂しいのかな?」


 でかくても子犬だって聞いたら邪険に出来ない。

 だから「おいで」と声をかけると、尻尾を振ってオルトロスが駆け寄ってきた。

 すると。


「このっ……裏切り者!」


 聞いたことのない声音が鋭く飛んで、びくっとオルトロスが尻尾を巻く。

 その様子に誰もがハッとする。


「オルトロスの飼い主って……!」

「あーたん!」


 ヴィクトルさんの背からヒョコっと顔を出すと、山羊の角の人が酷く悔しそうな顔をしてオルトロスを睨む。

 睨まれたオルトロスはしゅんとして、四つの耳を下げた。

 その様子に私はちょっとムッとする。


「裏切り者ってなんですか? どんな事情か知りませんけど、こんな森の中でリードを手放した癖に何言ってんですか。子犬なんですよ? 飼い主から離れて不安になったら、知らない人にでもくっついて行こうって気になるのも当たり前でしょうが。飼った責任は最後まで取る。出来ないなら生き物なんか飼っちゃダメですよ」

「だ、だから、探してたんだよ! だけど森には悪鬼熊がいるし……!」

「そんな森に子犬連れて何しにきたんですか? 危ないのに……」

「来たくて来たんじゃない! 逃げなきゃ殺されるとこだったんだ! それなのにイフラースもガーリーもいないし、アズィーズはお前なんかに盗られるし! この盗人!」

「盗人ってなんですか!? 懐かれただけですから! だいたい殺され……って、はぁ!?」


 少年が私の声に、顔を悔しげに歪めて俯いた。

 ギギっと錆びたドアノブを無理やり回したような鈍さで、首を無理やり動かして、真上にあるヴィクトルさんの顔を見る。

 なんということでしょう。

 ヴィクトルさんは頭が痛そうな顔をして、額に手を当てているではありませんか。

 やべぇ、まずった。

 風が静かに通り抜けたかと思うと、その場の温度がかなり下がる。

 ぽんっと肩を叩かれてそっちを見ると、奏くんがかぱっと笑った。


「やっちまったな!」

「あー! やっぱりぃぃぃっ!?」


 私は思わず顔を両手で覆うと、天を仰いだ。

 厄介事を自分から引き寄せてどうする!?

 だって可哀想だったんだよ。

 ロマノフ先生に攻撃されるわ、エストレージャにチクチクされるわ。

 それなのに危害を加えたこっちに、ボスっぽいのがいたからって服従しちゃって。

 放置されたらきゅんきゅん寂しくて鳴くような子犬なのにさ。

 挙げ句にリードを手放した奴から怒鳴られるとか、あまりにも理不尽。

 ちょっと同情しただけなんだよ……!

 ずうんっと自分の迂闊さに落ち込んでいると、ぽんっと肩を叩かれる。

 ジャンタさんだ。

 その顔はとても厳しい。

 カマラさんやウパトラさんも、同じような表情をしている。


「どんな事情があるか聞く気はないが、使い魔を奪われたのは小僧の落ち度だ。盗人呼ばわりは失礼だぞ」

「そうだな。魔物使いとして、君が未熟だった。それだけだ」

「どんなに相手が強くても、きちんと絆を結べていれば、使い魔は徹底的に抗うものよ。それこそ死んでも抵抗するわ」


 実力もなく噛みつく輩を冒険者は嫌う。

 それは身一つで世渡りをしなければならない故の、厳しさの発露だ。

 バーバリアンは名うての冒険者で、その辺のプライドの高さは並みじゃない。

 今の山羊の角の少年の言い分は、許しがたいものがあったのかも。

 少年がぐっと唇を噛む。

 はぁっと溜め息が出た。

 拾った責任を持たなきゃいけないのは私も同じこと。


「あのオルトロス……アズィーズでしたっけ? 返しますから、とりあえず貴方のお連れさんを探しましょう。こんな危ない森に子犬と二人でなんて放り出せないし。事情は全然聞きたくないので、話さなくていいですから」

「あーたん……」


 ヴィクトルさんが止めるように私を呼ぶ。

 それに私は首を振った。


「私達は怪我人を保護しています。早くその人をなんとかしてあげたい。だけど人として、こんな危ない森に子ども一人と子犬一匹を放り出すことは出来ません。ならさっさとお連れさんを探して、この人とオルトロスを引き渡した方がいいかと」


 子どもと子犬を放り出して何かあったらと思うと気が気じゃない。

 まして殺されかかったって聞いたら、とてもじゃないけど一人と一匹で放り出すとか無理だよ。

 ヴィクトルさんをじっと見ていると、顔を上げた山羊の角の少年が「怪我人?」と呟いた。

 それに奏くんが「あの人だ」と、敷物の上に身を横たえた紫の髪の人を指差す。

 少年の顔色が見る間に青を通り越して白になった。


「イフラース!」

「へ?」


 口から気の抜けた声が漏れた。


「くるくっー!」

「ガーリーも!」


 怪我人に寄り添うグリフォンが鳴いたと思ったら、少年がまた声を上げた。

 ワイバーンに似た翼の何か以外、全てが一つに繋がった気がする。

 けど、確かめなきゃ気が済まないのは人情だと思うんだよ。


「お、お知り合いですか?」

「探してた奴だよ……! 俺の……乳兄弟で護え……」

「そ、それ以上は聞きませんよ!? 聞きませんからね!?」


 凄く悪い予感がする。

 なので行儀は悪いけど大声で少年の言葉を遮ろうとすると、更に彼が声を高くして。


「いや、聞け! こうなったら巻き込んでやる!」

「あーあーあー! 聞こえないー! 何にも聞こえないー!」


 私が耳を塞ぐと、すかさずソーニャさんが杖を振る。

 するとピタリと少年の声が消えた。

 喉に起こった異変に少年が目を白黒させていると、ソーニャさんがにこやかに笑う。


「事情は兎も角、怪我人さんの手当てをしなきゃいけないわ。ワイバーンに似た生き物も気になるし、ここは二手に別れましょう?」

「二手に?」

「そう。怪我人さんとグリフォンと少年くんとオルトロスを連れて菊乃井に帰る組と、このまま探索を続ける組と」


 その言葉に先生方もエストレージャもバーバリアンも頷く。


「じゃあ、僕とヴィーチャは探索を続ける。エストレージャとバーバリアンも残る、でいいかな?」

「おう、俺らはいいよ」

「はい、俺達も大丈夫です」


 ラーラさんが言うのに、ヴィクトルさんは肩を竦めたけど、バーバリアンとエストレージャは乗り気だ。

 そうなると私達フォルティスと宇都宮さん、ソーニャさん、ロマノフ先生は怪我人さん達を連れ帰る組になる。

 にこやかにロマノフ先生とソーニャさんが笑った。


「さて、鳳蝶君」

「はい」

「グリフォンとオルトロスの手綱をしっかり握っててくださいね。それと金髪の子の手綱も」

「拾った責任は最後まで、よね?」


 私が拾った訳じゃないのに、なんでさ。

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