第242話 猫派犬派鳥派蜘蛛派マンドラゴラ派

 グリフォンが鞍を着けているということは乗る人がいるってことだし、オルトロスが首輪着けてるってことは飼い主がいるってことで。

 人が飼っているモンスター同士がやりあっている時は、基本的に自分や他者に害を及ぼさない限り、揉め事になるから関わらない方がいいらしい。

 では鞍を着けたグリフォンを保護しようとしたら、首輪を着けたオルトロスに襲われたって場合はどうなのか。

 人間に飼われている癖に人を襲うなんてのは、使い魔としてお行儀が悪すぎるから、本来モンスターを殺されても飼い主は文句は言えない。

 でもオルトロスが飼い主からグリフォンの捕獲を命じられていたなら、割り込んだのは私たちだ。

 それだと任務に割り込まれたオルトロスが、私達を襲ったとして、それは正当な理由があっってのことになる。

 でもグリフォンだって野生のグリフォンじゃなく、誰かの飼いグリフォンだ。

 二匹の飼い主が同じで、逃げ出したグリフォンを掴まえるのにオルトロスを差し向けたならいいけど、グリフォンの飼い主とオルトロスの飼い主が別だったらまた話がややこしくなる。

 この場合、オルトロスの方を殺さないように気を付けながら張り倒……戦意を喪失させて大人しくさせ、グリフォンはグリフォンで捕まえとくのが正解かな。

 話がややこしいだけで、やることは決まってしまえばシンプルだ。

 オルトロスもロマノフ先生の一撃でふらふらしてるし、グリフォンだって怪我して動けない。

 言葉が何となく解るジャヤンタさん達バーバリアンとラーラさんがグリフォンの保護に回って、オルトロスの方はエストレージャとロマノフ先生とヴィクトルさんが捕獲することに。

 私達フォルティスはソーニャさんと一緒に、ロマノフ先生が担いでいた怪我人を預かる。

 奏くんやレグルスくんは詰まらなさそうにしてるけど、私はホッとした。

 グリフォンもオルトロスも厳つくて怖いんだよね。

 それは戦えば負けるとかそんな怖さでなくて、言うなれば苦手ってヤツだ。

 だってタラちゃんもござる丸も、吠えたり噛んだりしないし、大人しいんだもん。

 それと比べて牙剥いたり、ギャンギャン吠えたりされるとちょっとね。

 紡くんもグリフォンもケルベロスも苦手なのか、奏くんの腰に引っ付いて両方見ないようにしてる。

 さてさて預けられた怪我人の様子でも見ますかね。

 柔らかい葉っぱをござる丸に出してもらって、私のマジックバッグに入れていた休憩用の敷物をそこに敷いて、怪我人はその上に横たわっている。

 ソーニャさんに声をかけると、魔術で怪我人から鎧を脱がせていた。

 ガシャガシャと外れていく鎧の下、簡素な服には点々と赤黒い汚れが付いていて。

 服を捲れば皮膚の上に薄く引きつれた大小様々な傷痕と、青を通り越して黒になった痣がある。


「傷の方は悪鬼熊ともオルトロスとも違う傷口ねぇ」

「そうですね、引っ掻いたとか噛まれたとかじゃなく……うーん、切られたり?」

「痣の方は落ちたか殴られたか解らないけれど、打ち付けたとして……他のは人為的な傷ね」


 人為的な傷。

 これは厄介ごと確定じゃん。

 しかもそれだけじゃなく、他の傷がないか調べる過程で、ソーニャさんの表情が硬く厳しいものになった。

 それは怪我人の彼の心臓の真上に、隷属の紋章が焼き印されていたから。


「隷属の紋章って、破ったら死の呪いが降りかかる奴隷契約じゃなかったです?」

「ええ。遥か昔にあまりにも非人道的だから、帝国や帝国と国交のある国では禁呪指定されたものなんだけど……」

「それ以外の国ではまだ残っている、と」

「国交のない国でも、大抵は蛮族の謗りを厭って禁呪指定しているのだけれど、帝国と敵対する国では逆張りのために、おおっぴらに使ってたりするわね」

「正義の対義語は反対側の正義ってやつですか……」


 なんとも言い難い。

 しかし、だ。

 この怪我人は死んでない。

 ちゃんと呼吸もしているし、顔色だって怪我を治したからか良くなってきている。

 なら、契約は破られてないってことかな?

 ソーニャさんに聞くと、それがそうとも言えないらしい。


「死の呪いといっても、即死だったりジワジワ来るものだったり色々なのよ。こういうのはブラダマンテちゃんの方がよく知ってるわ」

「ああ、巫女さんですもんね」

「あの子、アンデッドには拳で語る系だけど、神聖魔術に関しては専門家ですもの」


 ブラダマンテさんが単なる力押し巫女さんじゃないのは、母の腐肉の呪いの件でお世話になったからよく解る。

 でも今ここにはいないし、ブラダマンテさんに診てもらうなら、菊乃井に帰って街の神殿に行かなきゃだ。

 因みにブラダマンテさんは現在桜蘭に帰国出来る状態なんだけど、菊乃井の神殿には常駐の神官さんがいないからって住み込んでくれてる。

 それで街の子どもや併設されてる孤児院の子達に、ラーラさんと一緒に読み書きと四則計算を教えてくださってたり。

 閑話休題。

 兎も角、今は死んでない訳だし、怪我は治したし、後はこの人次第だ。

 そう口にしたら、いつの間にか傍に来ていたレグルスくんや奏くん、紡くんがオルトロスの方を指差した。


「それ、先生たちに言った方がいいぞ。エストレージャの兄ちゃんたちのしゅぎょうのつもりなんだろうけど、先生たち見てるだけだもん」

「しゅぎょーなら、れーもまざりたいー!」


 おぉう。

 視線をオルトロスの方に向ければ、確かにロマノフ先生とヴィクトルさんは時々指示を飛ばしてるけど、基本的に見てるだけで、戦ってるのはエストレージャだ。

 翻ってグリフォンの方を見てみると、ジャヤンタさんがつつかれそうになってて、それをラーラさんやウパトラさんやカマラさんが止めて、ドタンバタンしてる。

 なんだこれ?

 グリフォンはジタバタしてギャーギャーとカラスみたいな鳴き声で騒いでるし、オルトロスもギャンギャン吠えて五月蝿い。

 そこにジャヤンタさんがグリフォンに大きな声で話しかけてるし、エストレージャも何やら叫びながら戦ってるしで、もう耳が痛い。

 

「にぃちゃん、うるさいよぅ……」

「あー、耳ふさいどいてやるからガマンしな」

「にぃに、れーもおみみいたいぃ」

「うーん、遮音の結界張ろうか?」

「そうねぇ。ばぁばがオルトロスのとこまで行って、怪我人さんの具合とかお話してくるから、それまで結界張って待ってて?」


 皆で手を上げて「はーい!」とお返事したら、ソーニャさんは「いいお返事ね!」と言いつつ、ロマノフ先生とヴィクトルさんのところに。

 遮音と他にも色々な結界を重ねて張ると、私達は怪我人さんの様子を伺う。

 呼吸は安定してるし、苦しそうな顔でもないし、一応安心して良いのかも。

 これならちょっと目を離しても大丈夫かな?

 そう思って浮かせたままのプシュケを一つだけ、辺りの偵察に向かわせる。

 ふよふよ浮いたそれが流してくる映像で解ったけど、私が岩盤だと思ってたものは巨大な木の幹だったようだ。

 今は葉を落としてしまっているから解らなかったみたいで、見上げると微かに枝のような物が見える。

 大きすぎやしませんか?

 他にも何かとプシュケを移動させると、この巨大な木の横にホワホワとした綿毛を付けた木が見えて。

 これが上質な綿花が採れる木かな?

 残りのプシュケに私のマジックバッグを持たせると、綿毛の付いた木に飛ばす。


「若様、プシュケどうすんの?」

「綿花が付いた木を見つけたから、摘んでマジックバッグに入れようと思って。私達移動できないし」

「わたのき、みつかったの?」

「ふわふわ? たくさん?」

「一本だけだからそんなに沢山は採れないと思うけど、それとタラちゃんの糸を使えばドレスに十分な布は出来るかな?」

「そうだな。他にも何がいるか、街にもどって考えたらいいか」


 奏くんの言葉にレグルスくんも紡くんも賛成な様子で、ニコニコ頷いてる。

 怪我人さんも大事だけど、私達にはロッテンマイヤーさんやルイさんの婚礼衣装も大事。

 そうなれば早く帰りたいと思うのも、勝手だとは思うけど仕方ないかな?

 なんて、そんなことをぼんやり考えていると、ジャヤンタさん達に動きがあった。

 グリフォンがカマラさんの脇をすり抜けて、こちらに突進してくる。

 バタバタと羽を動かしてるだけで、飛ぶ素振りがない辺り羽を怪我してるみたい。

 結界があるから大丈夫とは思うけど。

 すると奏くんが「あ!」と、オルトロスの方を指差す。

 見ればロミオさんがオルトロスのブレスを避けきれずによろめいていた。

 これ、まだかかりそうかな?

 そう思っていると、グリフォンが走ってきて脚を振り上げたのが見えて。


「二匹ともお座り!」

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