第243話 拾ったら最後まで面倒見なきゃいけないアレコレ
存外大きな声が出たな。
っていうか、咄嗟に出たのが「お座り」ってなんだ?
自分が言った言葉なのにおかしくなってきて。
声を出して笑おうとしたのを押し止めたのは、まるで飼い主に怒られた犬だか猫だかみたいにスゴスゴと脚を下ろし、ぺたりと座ってしまったグリフォンの姿だった。
唖然としていると、奏くんがオルトロスの方を指差す。
「座った……」
「へ?」
「オルトロス、お座りしてる……」
「いやいや、そんな……」
あんなにガルガルして火を吐いていたのが、そんな大人しくなるわけないじゃん。
私のことを驚かそうと冗談言ってるんだと思って、苦笑いしつつ奏くんの指差す方を見る。
すると、そこには呆然とした様子のエストレージャ達とロマノフ先生・ヴィクトルさん、ソーニャさんがいて、オルトロスがガルガルしていた筈のオルトロスがお利口さんにも澄まし顔してお座りしていた。
グリフォンもオルトロスも三回見比べたけど、やっぱりお座りしてる。
なんでや……?
皆唖然としてる中、ヴィクトルさんが私と同じようにグリフォンとオルトロスを三度見し手真顔になった。
「あーたん、使い魔の契約を上書きしちゃってる」
「上書き?」
なにそれ?
首を捻りながら尋ねると、ヴィクトルさんはがっくりと肩を落とした。
「あー……先週の授業でお話したでしょ? 使い魔との契約は永遠でも不可侵でもなく、魔物使いは他人の使い魔を奪い取れるし逆もあるって」
「んん?」
「あのね、あーたんは今、そこのグリフォンとオルトロスを、二匹の飼い主から奪い取っちゃったの」
「は?」
真顔で「は?」とか言っちゃったよ。
そういえば先週の魔術の授業は使役とか精神操作系のお話だった。
その中で魔物使いの話も出てきてて、魔物との契約は永続的なものではないし、一定の条件下でなら他人の使役する魔物を奪うことも可能って聞いたっけ。
一定の条件下とは、奪い取る側の魔物使いが奪い取りたい魔物より強いのは勿論のこと、奪い取りたい魔物を使役している魔物使いを遥かに実力で凌駕してること。
この二つを満たしていれば、余程対象になった魔物が抵抗の意思を強く持ってない限りは、結ばれた契約を上書きして奪ってしまえるそうな。
「え? や、待ってください。私、『お座り』しか言ってない……」
「その『お座り』に、元の飼い主以上の強制力をグリフォンとオルトロスが感じたから、契約が上書きされて君の支配下に入った状態になったんでしょうね」
ロマノフ先生の解説にちょっとショックを受ける。
「私の『お座り』はそんな高圧的でしたか……?」
そりゃちょっと大きな声が出たなとは思ったけど、怖がられるほど大きな声だったとは。
ほらー、私、昔、結構アレな子だったじゃん?
だから前世の記憶が生えた辺りから、怒鳴ったり喚いたりするのを、なるだけ意識してしないようにしてたんだけどな。
だって泣いたり怒鳴ったり怒ったりする子どもって、面道なだけだもん。
可愛くないなら可愛くないなりに、それ以上嫌われないようにしないと。
まあ、あの親には無意味だってことは、早々に悟ったけどね。
……って、遠い目をしてる場合じゃないな。
そんなに厳しくしたかった訳じゃなくてって言おうとすると、ソーニャさんがヴィクトルさんとエストレージャを連れて戻ってきた。
「あっちゃんの声はそんなに大きくなかったし、厳しく叱った感じでもなかったわよ。ただ……そうね、多分グリフォンもオルトロスもまだまだ子どもなんじゃないかしら?」
「子ども?」
「そうだね。子どもだから元の飼い主への忠誠心がそんなにしっかりある訳じゃなかったところに、強そうな魔物使いから指示があったから、自分達のボスだと判断して乗っかっちゃったんだろうね」
二匹とも牛みたいに大きいのに子どもなの!?
驚いて二匹を見れば、ヴィクトルさんが頷く。
「僕の目には二匹とも生後一年って出てる。グリフォンもオルトロスも成獣になるには二年かかるから、まだ子どもだね」
子どもなのに、二匹ともこの大きさとは。
これ、飼い主さんが現れなかったら、二匹とも私が引き取る流れ?
なにそれ、どうやって連れて帰るの?
グルグルと考えていると、不意にロマノフ先生の顔が曇る。
先生の視線の先には怪我人さんがいて、ソーニャさんの診察を受けていたままにしておいたから、胸の隷属の紋章がくっきり。
ヴィクトルさんもラーラさんも、ロマノフ先生の様子が気になったのか、先生の視線を辿った先にいる怪我人さんを見て、眉をしかめた。
「ソーニャ伯母さん、これって……」
「隷属の証じゃないか。誰なんだい、この人?」
「あっちゃんが拾ったのよ」
「私じゃなくてこの森の蜘蛛達ですよ!?」
端的なソーニャさんの説明に、私はここまでの道中で起こったことをヴィクトルさんにラーラさん、バーバリアンやエストレージャに話すと、皆揃ってため息を吐いた。
なんでや?
「御当主様、俺らが言うことじゃないと思いますけど、あんまり人間をホイホイ拾っちゃだめッス」
「そうですよ、ろくでもないヤツもいるんですから」
「本当に俺らが言えたことじゃないですけど……」
念を押すようにエストレージャの三人が言う。
何て言われようだ。
それにこの人を拾ったのは私じゃないったら!
重ねて人を拾ったのは私じゃないアピールをするのに、誰も聞いちゃくれない。
そうこうしている間に、綿花を採りに行かせていたプシュケが、鞄を持って戻ってきた。
ふわりふわりと運んできたそれを受け取って中を見れば、こんもりもフワフワした花がみっしり。
これで私の用事は済んだ訳で。
そうなるとグリフォンもオルトロスも、申し訳無いけど面倒になってきちゃう。
だからって森に放置することは出来ない。
だってこの森には、悪鬼熊を食い散らかしちゃう魔物が潜んでるんだもん。
……ん?
「……もしかして、悪鬼熊よりグリフォンもオルトロスも強かったりします?」
私の問いにカマラさんが本当に真面目な顔で頷く。
「聞いた話だと、悪鬼熊くらいなら遊び相手にもならないそうだよ。ただし、私が話を聞いたのは『成獣』のグリフォンを連れた魔物使いだが……」
「おうふ……!」
なんということでしょう。
大人しく座っているグリフォンとオルトロスを見比べて、思わず遠い目になる。
これはもしや悪鬼熊を食い散らかしてたのは、このグリフォンだったんでは?
そう言うと、ロマノフ先生とヴィクトルさんとラーラさんが首を横に振った。
「ギルドで聞いた目撃情報は複数あったんですよ。首が複数ある獣だったり、ワイバーンのような翼を持つものだったり、確かにグリフォンの特徴も出てはいましたが」
「このうちの首が複数の獣は、このオルトロスで確定だろうね」
「グリフォンもこの子で間違いはないかな?」
「ワイバーンみたいな翼は……?」
どこから?
該当するモノはここに来るまではいなかった。
出会ってないだけなのか、それとも目撃証言が幻覚だったのか、もうこの森から去ってしまったのか……。
だいたいにして麒凰にいない筈のグリフォンやオルトロスがこの森にいるのもおかしい。
おかしいと言えば、空から落ちてきた怪我人さんも何だか怪しくて。
うーん、先ずは共通点のあるものから片付けようか。
大人しく座って、鳥がするようにひょこひょこと首を傾げたり戻したりを繰り返すグリフォンに「おいで」と声をかける。
呼ばれたのが解ったようで、とてとてと寄ってくるグリフォンに怪我人さんが見えるようにすると、途端に「くるるー!」と見かけより可愛く鳴き出した。
すると、ジャヤンタさんが「お!」と声を上げる。
「へぇ。その怪我人、グリフォンの持ち主だってよ」
「ああ、やっぱり。蜘蛛達がこの人が空から落ちてきたっていうから、もしかしてと思ったんですよね」
グリフォンは空を飛ぶ、怪我人さんは空から落ちてきた。
グリフォンと怪我人さんの間には「空」という共通点がありるから、安直に怪我人さんがグリフォンに乗ってたんじゃないかなってだけなんだけど、それならこれで問題の一つは片付く。
怪我人さんが起きたら、速やかにグリフォンを引き取って冒険者ギルドに出頭してもらえば良い。
さて、後はオルトロスか。
どうしようか考える前に、後ろの茂みがゴソゴソと動く。
誰何するより先に、ひょこっと見慣れたメイド服の少女が、見知らぬ山羊の角を頭に付けた金髪少年を伴って現れた。
って言うか。
「え? 宇都宮さん、あれ? 何処にいたの?」
「わぁ! 宇都宮、若様にも気づかれずに単独行動出来たんですね! 流石ソーニャ様!」
どういうことー?
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