第240話 ちびっこ冒険者的生存戦略

「落ち着いてますね。怖くはないですか?」


 ロマノフ先生の言葉に、私と奏くんがお互いを見て頷く。


「いや、怖いですけど、怖がってばかりはいられないですもん。生き残ることを考えないと」

「そうだぜ、先生。俺の直感も俺だけじゃ無理だけど、若様やひよ様やタラちゃん、ござる丸や紡がいたら勝てるって言ってる。けど、その下じゅんびはしないと」

「それをするのが私と奏くんの役割だと思います。私達、お兄ちゃんですし」

「ん。パーティのリーダーと副リーダーの役割とも言う!」


 奏くんに手のひらを差し出せば、軽い音が出るくらいのノリで重ねられる。

 ところでやっぱりリーダーって……。

 私が奏くんに尋ねると、奏くんはガクッと肩を落とした。


「そんなん若様に決まってんじゃん」

「や、だって私、戦闘あんまり得意じゃないし」

「一番ケンカが強い奴がリーダーなら、ひよ様がリーダーになるぜ?」

「えー? れーはにぃにがいいー!」

「だろ?」


 手足をちたぱた動かしてレグルスくんは即否定。

 奏くんは兎も角、紡くんも当たり前のように頷いている。

 腑に落ちないでいると、ロマノフ先生が私の肩に手を置いた。


「リーダーは必ずしも一番腕っ節の強い人がなるわけでも、戦闘が得意な人がなるわけでもありません。場をきちんと掌握できる人がなるのが適当だと思いますよ」

「そうねぇ。多分だけどあっちゃんにもかなちゃんにも、持っていると率いるパーティや、指揮下の集団の力を底上げするスキルが生えてるんじゃないかしら? それがかなちゃんがあっちゃんをリーダーに推す要因になってて、あっちゃんもかなちゃんの方がリーダーに適当だと思う要因になってるのかも」


 ソーニャさんの言葉に私も奏くんもびっくりして、思わずロマノフ先生を見上げる。

 ロマノフ先生もにこにこと頷いていて、「合流したらヴィーチャに見てもらいましょう」なんて言うし。

 うーん、実感がない。

 奏くんと二人で首を捻っていると、ソーニャさんが「でもね?」と唇を開く。


「今日は私もアリョーシュカもいるから、戦力に考えてくれていいのよ?」

「そうですね。私も戦いますから、気負わずにいてください」


 ロマノフ先生の言葉に頷く。

 だけどいつもロマノフ先生やソーニャさんがいてくれるわけでも、ヴィクトルさんやラーラさん、バーバリアンやエストレージャがいてくれる訳でもない。

 だから「フォルティス」が純粋に「フォルティス」だけの戦力で戦う方法も考えておかなきゃ。

 まあ、思考訓練だよね。

 敵の姿がまだ見えない以上、情報収集に務めないと。

 その辺はタラちゃんとござる丸にも手伝ってもらうことに。

 タラちゃんは細い糸を辺りに張り巡らせて、ござる丸は地中にずぼっと自分の枝かもしれないし根っこかもしれない腕を突っ込む。

 空はプシュケを通して私が偵察。

 すると漂っていた妙な気配がふっと消えて。


「……逃げましたね」

「よっぽどあっちゃんのプシュケが怖かったみたいねぇ」


 ロマノフ先生が肩を竦めると、コロコロと鈴を転がしたようにソーニャさんが笑う。

 プシュケが怖かったってことは、相手は空かな?

 そう言うと奏くんが頷いた。


「空なら木にかくれるようにしてすすんだ方がいいかもな」

「だね。ちょっと木の多い方に入ろうか」

「はい!」

「はーい!」


 良い子のお返事をしてレグルスくんや紡くんが、茂みや木の枝が重なって空から見えにくくなる場所に入る。

 それにしても空か。

 だとしたら主戦力は対空攻撃法を持つメンバーになる。

 フォルティスで言えば、私と奏くん・紡くん兄弟だな。

 でもタラちゃんの糸で、空から引き摺り降ろすことが可能なら、手数はもっと増える。

 準備しておくに越したことはないので、前は先生とタラちゃんとござる丸にまかせて上空にプシュケを三つ配置。

 防御壁を天蓋のように張れる準備をして、森の奥へと進む。

 まだ春には早いけど、蕾を付けている草や木があって、眺めているとそれなりに楽しい。

 先生やソーニャさんが、その木や草を毒消しになるとか、鹿や兎系のモンスターが好むとか、そんな説明をしてくれるのも面白くて。

 勿論話を聞くだけじゃなくて、毒消しになる花は摘んだし、この森には星茸以外にも美味しい茸が生えてるから、それも採った。

 茸なのにホタテや牡蠣の味がするとか、凄いよね。

 それから森に住んでるタラちゃんの下位種の蜘蛛にも会った。

 先生によると蜘蛛のモンスターってかなり賢く、序列が厳密に決まってて、強い種に下位種は挨拶に来たり服従したりと、完全縦社会らしい。

 この森にはタラちゃんより強い蜘蛛がいないらしく、余所から強い種が来たので、小さいのからタラちゃんよりは小さいけど大きいのまで揃って木の上から糸を垂らしてみょんみょんしてた。

 そのうちのわりと大きくて青い蜘蛛が、タラちゃんに糸でグルグルに巻いた何かを渡してたけど、それはタラちゃんへの貢ぎ物なんだろう。

 タラちゃんの飼い主の私にも贈り物なのか、糸でグルグルに巻いた、先生くらいの大きさの繭みたいな物をくれたし。

 地面に置かれたそれは、触ってみると仄かに暖かいし、若干動いてる気もするし、大きさが大きさだからかなり重いし、虫とか詰まってたら怖いんだけど……?

 グルグル巻きの白い繭から、虫が大量にわんさか出てくるのを想像して、私は青くなる。

 一匹二匹暗いなら兎も角、ウジャウジャとか駄目だ。

 どうしようかと冷や汗ダラダラでしていると、見かねたのか先生が私の肩に触れた。


「折角だから開けてみましょう。虫が入ってたらタラちゃんに食べてもらえば良いですよ」

「は、はひ……!」

「にぃに、クワガタとかはいってたらもらっていい!?」

「ちゅっ、つむもカブトムシほしい!」


 あぁあ、なんか、おちびちゃんたちが喜んでいらっしゃるよ!?

 ムカデとかカミキリムシだったらどうすんの……!

 タラちゃんはカブトムシやらクワガタより、ムカデとかハエとか蛾の方が好きなんだよ……?

 そうだよ、タラちゃんは害虫を好んで食べてくれるありがたい蜘蛛ちゃんだ。

 屋敷の庭の木にもカブトムシやクワガタやらがいたりするけど、そんなのよりダンジョンの人食いムカデやら大毒蛾の方をサイズが小さい時から好んで食べてたんだから。

 ひぇぇぇ、人より大きな繭の中に、ぎっしり詰まったムカデやカミキリムシやハエを想像しただけで、気持ち悪くなってきた。

 でもタラちゃんはテンションが上がったのか、ブンブンと尻尾を振っている。

 ソーニャさんが地面に転がっている物を見つめて呟く。


「これ、多分あっちゃんが思ってるような物ではないんじゃないかしら。でも……良いか悪いかは正直微妙な……」

「えぇ……?」

「鑑定の魔術で見てはみたけれど……。ばぁばの鑑定、ヴィーチェニカほどの精度はないのよ。ごめんなさいね?」

「いえいえ、そんな……」

「悪意はないと思うわ」

「んん? 悪意?」


 悪意ってなにさ?

 そんな私の疑問を他所に、ソーニャさんがタラちゃんの持っている小さい繭の方に目を向けた。

 そして首を振ると、タラちゃんにもその貢ぎ物を開けるように言う。


「どうしたんです?」

「うーん、ちょっと気になるのよねぇ」

「ヴィーチャと合流しますか?」

「それより繭を開ける方が早いわよ」


 ソーニャさんが首を傾げるのに、先生が凄く真面目な顔で問いかける。

 まあ、たしかに、ヴィクトルさんと合流するより、繭を開ける方が手間はかからないよね。


「危なくはないんですか?」


 尋ねればソーニャさんが眉を寄せるのに、先生もちょっと難しい顔をした。

 それまで黙って繭を見ていた奏くんが首を横に振る。


「ないぞ。っていうか、早く開けてやんないと、その方が危ない気がしてきた」


 レグルスくんや紡くんが欲しがる虫が入っているか、奏くんは繭を観察していたらしい。

 だけど奏くんの勘に、助けを求めるような何かが触れたそうな。


「え? なに? なんか、助けてほしいってこと?」

「うん。そのでかいマユから、そんなような気配がする」


 そりゃ大変だ!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る