第216話 遊びをせんとや生まれけん

「お貴族サマって大変だなぁ」

「ねー……」


 さくさくと雪を踏みしめて奏くんと歩く。

 前にはソーニャさんからいただいたひよこちゃんポンチョを着たレグルスくんと、菊乃井メイドさんお仕着せコートを着たアンジェちゃん、奏くんが去年のクラーケン退治でもらったお小遣いを出してEffetエフェPapillonパピヨンで買ったポンチョを着けた彼の弟の紡くんがピコピコ跳ねるように走っていた。

 奏くんもソーニャさんからもらった迷彩ポンチョを翻してて。

 私はあのクロークで雪遊びは無理だから、去年のコートをサイズ調整して着てる。

 奏くんの見た感じ、菊乃井はEffetエフェPapillonパピヨンの商品が流通してて、色彩が豊かになってきたそうだ。

 冬は寒いばっかりで気が塞ぐことも多いけど、暖かくて色鮮やかな防寒具を身につければ、出掛けるのもそんなに苦じゃないって、皆言ってるとも教えてくれた。

 EffetエフェPapillonパピヨンが経済を支えるだけじゃなく、それなりに生活の役に立ってるなら嬉しい。

 因みにポンチョのお礼は私が寝てしまったので、今朝きちんと連絡しました!

 現状報告はロマノフ先生が前の日にしておいてくれたんだけど、もう一度私の口からもして。

 すると少し考えて母の療養先と、帝都の御屋敷をお手伝いしてくれる人を手配するって言ってくださった。

 ソーニャさんは「こういう時は役に立つ大人は全員使えばいいのよぉ」って笑ってたっけ。


「それにしても、はた印だっけ? どんな絵でもいいのか?」


 奏くんの言葉にはっとする。

 問題は些細なことから大きなものまで、まだ沢山あるんだった。


「へ? あ、うぅん。ちゃんと紋章図鑑を見て被らないようにしないと駄目っぽい」

「めんどくさいな!」


 本当に面倒だけど、形式ってのはある以上は必要なんだよね。

 一応、ロッテンマイヤーさんが持ってきてくれた紋章図鑑を頼りに決めるだけは決めた。

 後は被りがないかを調べるんだけど、被っちゃ駄目なのは生きてる人で、お亡くなりになってる人とは問題がないそうな。

 私の旗印は豪華な王冠の下にトライバルな蝶という図案、レグルスくんは蝶が止まっている剣を持つ獅子の図案にした。

 レグルスくんのは最初、剣を持つ獅子だけだったのが、本人の「にぃにもいっしょがいい」という言葉で、剣先に蝶を止まらせることになったんだよね。

 将来を考えるとどうかと思ったんだけど、剣を持つ獅子の意匠は被りやすいからワンポイント入れた方が良いんだって。


「かぶるとやっぱりめんどうなんだな。近所の女の子達もくつ下の色がどうの、かぶったとかまねたとかうるせぇもん」

「ああ、そういうのあるんだ……」

「あるある。でもちょっと前まで、そんなことも言ってられないくらいビンボウだったのにな。毎日同じくつ下だし、裸足の日も多かったのにさ」


 奏くんの朗らかな言葉に、気付かれないように息を飲む。

 まだ、皆が皆、お洒落を楽しむ段階に、菊乃井は来ていない。

 面倒とか言ってる場合じゃなかった。

 弛んだ兜の緒を絞め直していると、奏くんが苦笑いしてる。


「若さま、また難しいこと考えてるだろ? 今はさ、遊びに来てるんだから、真剣に遊ぼうぜ」

「真剣に遊ぶの?」

「うん。遊びも難しいことも真剣にやるんだ。生きるってそういうことだって、じいちゃんが言ってた」

「生きるってそういうこと……」

「難しくってよく解んないけどな!」


 奏くんの豪快な笑い声に、前を行く三人が振り返る。

 レグルスくんもアンジェちゃんも紡くんも、ほっぺと鼻の頭が赤くなっていた。

 「なんでもないよ」と声をかければ、雪に足を取られる感覚も楽しいのか、三人はまたきゃらきゃらとはしゃぎ出す。

 紡くんはそういえば、私とは今日初めて会ったんだけど、奏くんとの特訓の成果か噛まずにちゃんと自己紹介が出来た。

 三白眼でちょっと目元が鋭いんだけど、笑うと奏くんに似てる。

 歳はレグルスくんの一つ下。


「紡さぁ、弓はまだ無理そうなんだよな」

「小さいもんね」

「うん。だからおれ、モッちゃんじいちゃんに協力してもらって、スリングショット作ってやったんだ!」

「そうなんだ」


 私の言葉に奏くんはからっとした笑顔で頷くと、いつももってるマジックバッグから自分の弓を取り出した。

 心なしか、前に見た時より立派になっているような。

 そう言うと、へへんっと奏くんが胸を張った。


「ロスマリウス様に龍のヒゲもらったろ? あれをモッちゃんじいちゃんがラーラ先生からもらった弓に付け替えて、ちょっと補強してくれたんだ」

「おお! 使い心地とかどんな感じ!?」

「めっちゃ手になじむし、魔力をこめたら氷やら水の魔術が矢に付けられるんだぜ!」

「おぉお! それは凄い!」


 だけど、それをいきなりだしてどうしたんだろう?

 首を傾げると、奏くんが少し難しい顔をした。


「実はさ、紡のスリングショットにも余った龍のヒゲを使ったんだよ。そしたらアイツ、全然スリング弾けなくって」

「えぇ……なんで?」

「モッちゃんじいちゃんは魔力が足んないからだって言ってた」

「ああ、そうなんだ……」


 なるほど、あの歳の子どもだと魔力はまだ使えないだろう。

 いや、レグルスくんは使えてたっけ?

 奏くんも同じことを思ったのか、レグルスくんに視線を向ける。

 私たちの視線の先で、紡くんがレグルスくんとアンジェちゃんにスリングショットを見せて。

 聞こえて来る会話は「にーちゃんにつくってもらった」とか「まじゅちゅ、むじゅかしい?」とか「れーおしえようか?」とか、凄く平和。

 隣の奏くんもその様子に和んでいるのか、難しい表情だったのが穏やかな笑みに変わっていた。

 するとアンジェちゃんがコートのポケットから鉄の棒を二つ取り出す。

 アンジェちゃんに近づいて見ると、彼女が握っているのがサイリウムだと気づいて。


「アンジェちゃん?」

「あのねぇ、アンジェねぇ、まじゅちゅのれんしゅー、これでしてるの!」


 言うやいなや、レグルスくんにサイリウムを一本渡したアンジェちゃんが、棒を持った腕を振ったり、くるくる回転させたり。

 同じくレグルスくんもサイリウムを振りながら、独特のダンスを踊り始める。

 しばらくそれを見ていると、二人の持ったサイリウムがチカチカと光り始めて。


「すごーい!? つむもするー!」

「ぼうがひかったらまじゅつがつかえるようになるからな! れーがおしえてあげるから、つむもアンジェもれんしゅうだぞ!」


 ちびっこ三人がサイリウムを振って踊ってる。可愛すぎか。

 とりあえず、私の周りはゴタゴタしてても菊乃井は平和でなによりだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る