第205話 世にも奇妙な嫌がらせ
朝食の席にブラダマンテさんが加わり、菊乃井の朝は賑やかになった。
けど、私は眠い目を擦りぎみ。
ロスマリウス様は結局、あれ以降呪いに関することは教えてくださらなかった。
人間同士の争いに神様が介入するのは良くないかららしいし、私にヒントとそれに使える魔術を教えてくれたのはおもてなしへの対価だそうな。
後は自分で乗り越えろってことなんだけど、「百華の厄除があってさえ降りかかる厄災は、すなわちお前を磨く試練だ」って言われたら、張り切らざるを得ないよね。
サクッと焼けた甘いパンと蜜柑ジャムが美味しい。
蜜柑ジャムって言えば昨日大変なことを教わったんだった。
食事の手を止めて、斯々然々と昨夜の話をすると、先生方が天を仰ぐのと同時に、ブラダマンテさんが手を祈るように組み合わせる。
「なるほど、昨夜の神聖な気配は神様がいらしていたからなんですね。それも二柱も!」
「はい。ちょっと色々呪いのことなんかをお聞きしまして」
そうだ。
ヒントと言えば氷輪様もおもてなしへの対価として、あのデミリッチの放つ呪いに関して教えてくれたんだけど。
あのデミリッチは巧妙に自身を隠蔽していて、普通に持っている分には小さな不幸がたまに起こるくらいの呪いを撒き散らし、それによって持ち主が持つ負の感情を増幅し精神を疲弊させ、生命力を少しずつ奪うっていうものだったそうで、本来は使者に来たアンナさんのように急激に具合が悪くなるような強い呪いを発したりしなかったらしい。
それが暴発したようにアンナさんの命を奪いにかかったのは、やはり菊乃井の屋敷と周辺が姫君のご座所のようになってて、神聖な力に満ち溢れていたことなんだけど、それは二義的な要因で、だいたいの原因は屋敷の中にあのデミリッチではどうしたって勝てないような存在がうようよしてたからだそうな。
ようは先生方に恐れをなして逃げたかったみたい。
それでアンナさんをとり殺して生命力を奪ってなんとかしようと企んだデミリッチだけど、姫君が以前に「人間の女にも目をかけてやろう」と仰ってくださったお陰で、姫君のご座所になってるうちの森の木々が、アンナさんを守るように命を少しずつ分けてあげてたんだって。
それで私達はアンナさんを助けることが出来たみたい。
つらつらと氷輪様からお聞きした話をすると、ブラダマンテさんはこくっと頷いた。
「たしかに、わたくしがアレのなかで
「デミリッチみたいなやつほど、本当に呪いを隠すのが上手いんだよねぇ」
ブラダマンテさんの情報が氷輪様のお話を補強する。
ヴィクトルさんは肩をすくめると、ロマノフ先生に視線を移した。
すると先生は難しい顔をしていて。
「宇都宮さんとアンナさんから聞いたあちらのメイド長の人格と、呪いのえげつなさがどうにも合わないと思っていたら、そういうことでしたか……」
「どういうことです?」
「いえね」と前置きしてロマノフ先生が教えてくれたのは、名前がでた二人からの『イルマ』という人の性格だった。
なんというか、人の好き嫌いは激しいしケチ臭いし意地悪だけど、レグルスくんのお母様には凄く尽くしていて慈しんでいたらしく、とりあえず「はいはい」って言っておけばそれなりにやり過ごせる程度の人で、嫌いだからって殺すような呪いをかけてくるほどの邪悪さはない。そういう人だそうだ。
アンナさん、死にかけたみたいですけど?
そう問えば、ラーラさんが首を振った。
「呪いの本質を知らなかったんじゃないかな? ひよこちゃんに意地悪だったみたいだけど、こっちに来た時にひよこちゃんは怪我一つしてなかったんだろう? 子供に暴力をふるうような悪辣な人間じゃないみたいだし、何よりアリスに菊乃井でひよこちゃんはイビられるかもしれないから気を付けろって言い含めたそうだよ」
「小さな意地悪はしても、大きな不幸は望まないって人ですか……」
面倒なひとだな。
善人か悪人かで言えば善人ではないけども、物凄く悪い人じゃない。
そんな人ならちょっとしたアンラッキーがあるくらいの代物を渡してくることはあっても、死ぬような物は選ばないか。
だとすれば、呪いの本質を知らなかったって推論は成り立つ。
成り立ったところで許さないけどね。
でも、ロスマリウス様は今回のことは「根深い」って仰ってた。
そうするとあちらのメイド長が、父上が嫌いでレグルスくんのことも好きじゃないから呪いのかかった物をプレゼントを送って来ましたでは、どうにも浅い気になる。
何かもう一つか二つくらい、隠れていることがあるんだろうか。
そもそも、だ。
これを切欠にちょっと調べたんだけど、帝国の法律では呪いをかけたのがバレると、かけた人物もだけど、依頼人も罪に問われる。
それには証拠やら証言を積み上げなきゃいけないんだけど、呪術師って自分が捕まった時に蜥蜴の尻尾みたいに切られないように、依頼人との間に固い誓約を交わす。
その誓約はどちらかが捕まれば、もう一方も捕まる的なものだ。
そこまでしたとしても、呪術による暗殺なんてそんなに成功率の高いもんじゃない。
ヴィクトルさんやウパトラさんみたいな隠された物を見る力があったり、同等の効果を持つ道具があれば見破るのも、呪詛を返すことも容易いんだよね。
ましてやうちはエルフの三英雄が滞在している。
お陰でデミリッチすら逃げ出すような状態のところに、そんな成功率の低いことを仕掛けてなんになるんだ。
いや、待てよ。
デミリッチが憑いていることは知らなかったし、呪いにしたってちょっとした不運くらいにしか感じないような出来事が起こる程度のものだとしか思っていなかったとして。
それを送り付けられた私が、レグルスくんに代わって父に抗議すると思わないんだろうか。
そうなると、父から自身が叱責されるはめになるんだけど……?
んん?
ちょっとナニかが引っ掛かる。
「呪詛って確か、一定数まったく受け付けない人がいるんですよね?」
「ええ。体質の問題ですので、どれほど信仰心が篤くてもこればかりは……」
ブラダマンテさんが残念そうに言った。
呪詛は体質によって全く受け付けない人間がいる。
法律ではそこにも配慮があって、知らずに呪具を他人に渡してしまった場合は罪に問われない。
隠蔽されていて気付かなかったのも、同様の扱いだ。
もしかして。
「今回の一件、狙いはレグルスくんでも私でもなく父……?」
「その可能性もありますねぇ」
「どういうことでしょうか?」
私の呟きを拾ったロマノフ先生たちは頷き、ブラダマンテさんとレグルスくんは小首を傾げる。
レグルスくんの前でする話じゃないけど、狙われた側でもあるし、こんなことをしてくる人がいることを解っていてもらうのは必要なことだもんね。
「色々と考えたんですけど」
先ほど話した神様方のお話に、メイド長・イルマについての宇都宮さんとアンナさんの証言とを加え、私と父の関係が最悪な状況であるのを添えると、違うものが見えてくる。
「あちらのメイド長は、こちらの屋敷にいる誰かが呪いの事を見破り、私が父を叱責すると考えたんじゃないかと」
「そうなってもメイド長は呪いを知らなかったと言い張れば良いし、プレゼントを準備したメイド長が知らなかったなら、任せただけのお父上も明確には罪に問われない。鳳蝶様に叱責されても屈辱ではありましょうが、それだけ……ということ……。なるほど、本当に単なる嫌がらせですわね」
ブラダマンテさんが悲しげに大きな溜め息を吐く。
いくら嫌いな人だからといって、策を弄して嵌めたり、呪いのかかったものを利用したり、そんなことは考えられないとブラダマンテさんは首を振った。
私だってそう思う。
それに嫌がらせの範囲から、今回のははみ出ているし。
ここから先はレグルスくんには聞かせられない話だ。
「まずは食事を終わらせましょうか」
苦笑いしてパンを口に入れれば、意図を察してくれたのか、もう誰も呪いのことは口にしない。
代わりといってはなんだけど、にこっと凄い笑顔のヴィクトルさんが口を開いた。
「あーたん、僕ら、あーたんに聞きたいことがあったんだ!」
「は、はい? なんでしょう?」
「僕ら」ってことはロマノフ先生やラーラさんもなんだろうか。
なにを聞かれるか、心当たりがなくて目を丸くしていると、ニコニコ笑う先生方の視線がやたら刺さる。
「あーたんのお部屋のクローゼットに隠してある、沢山の古龍の鱗とか牙とか色々。あれってなにかなー?」
ぎゃー!? いうの忘れてた!?
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